044.古の巫女

 建国以来続いているという古き一族には神に仕えし巫女がおり、彼女が願えば干ばつ時は雨が降り、長雨時は晴れ、洪水はおさまるという。天候を操ることが可能な古の一族の巫女は、森の奥深くに隠れ住み、決して公の場に姿を見せることはなかった。

 

 私はこの国の王太子として、国民のために雨を降らせて欲しいと古の一族の隠れ里までやってきた。

 なんとか里長への面会が叶い、巫女への取り次ぎを依頼した。


「巫女様にお願いしたい!

 南部地方はもう半年も雨が降らず、作物は実らず人々は飢えと渇きに苦しんでいるのだ!

 どうか、雨乞いをお願いしたく……!

 私に叶えられることであれば、なんでも対価を差し上げますので!」


「そうは言っても、儀式を行えるかどうかは巫女様の体調次第じゃ」


「えっ……巫女様はお加減が悪いのですか?!」


 そのような状況で無理をしていただく訳にもいかぬと、がっくりと項垂れたその時、里長の後ろの御簾の向こうで物音や話し声がした。


「巫女様!おひとりで起き上がってはなりませぬ!」

「心配はいりませんよ。本日は体調が良いですからね。

 それよりも王子。

 なんでも、とおっしゃられましたが、例えばわたくしを王子の妃に、という願いでも叶えてくれると…?」


「もちろんです!

 二言はございません!」


 目の端に映る里長が驚愕の表情でこちらを見ている。

 何故だ!?


「わたくしはすでに余命いくばくもございません。

 それでもよろしいのですか?」


 ああ、里長はこれを懸念していたのだろうか。

 病に冒された巫女を妃に出来るのか、と。

 もはや一人で床から離れることすら出来ぬ娘であるのに、と。


「残りの人生を私と共に過ごすことを選んでいただけるなど光栄の極みでございます!」


 古の一族は皆見目麗しい容貌をしている。

 ちょうど私に婚約者もいないことだし問題ないだろう。


「殿下……

 巫女を妃にするなどと、正気でいらっしゃいますか?」


 里長が目を見開いて確認してきたが、私は本気だ。


「殿下が本気であればこれ以上お止めしませんが……

 出来れば一目見てからの方がよろしいかと」


「容姿で人を判断したりはせぬ!」


 巫女が醜い容貌であったとしても、恩人の望みを叶えるに決まっている。


 わたしの発言が決め手となったのか、早速雨乞いの儀式の準備が始められた。

 巫女は儀式の正装に着替え、頭をすっぽり覆うベールを被っていた。

 付き添い人に片手を預けながら舞台へ歩みを進めるその背は、想像よりもかなり小さい。

 まさか成人もしていない幼子であったのだろうか。だから里長は止めたのか?

 いや、なら尚更、余命いくばくもない幼子の望みを叶えなければ!


「巫女様。儀式の準備、整いましてございます」


 巫女の付き添いが声をかけると、巫女は正装の裾をふわりと翻し、舞台で軽やかに舞い始めた。


 なんと見事な舞であろうか。

 このように素晴らしい舞だからこそ、神も巫女の望みを叶えてくれるのであろう。


 ゆっくりでありながら、休む間もない舞が終わる頃、空は暗くなり、ポツリポツリと冷たい雨が降ってきていた。

 これが神と巫女の御業か。

 空を見上げて感動していた私の耳に、巫女を呼ぶ切羽詰まった叫び声が聞こえてきたので、舞台に目をやると、巫女がその場にうずくまっていた。

 まさか無理をしたせいで体調が悪化したのか!?


 慌てて巫女の元へ駆け寄り、雨に濡れたその体を抱え上げた。

 付き添い人の指示のもと、温められた部屋へと巫女を運んだ。

 長椅子にそっと巫女を下ろすと、彼女は小さな小さな声で言葉を発した。


「殿方に抱き上げられるのは初めてのことでございます。

 恥ずかしい……」


 配慮が足りなかったか。


「王子様に抱き上げられるなんて、想像もしていませんでした」


 そう彼女が言った時、頭を覆っていたベールが落ちた。





 ……




「女性に聞くのは大変失礼ですが……おいくつでいらっしゃいますか?」

「今年で92歳になります……きゃっ恥ずかしい」


 頬を染めた老婆が巫女様、なのか。

 容姿で対応を変えるつもりはないが、年齢では変えさせて欲しい。

 余命いくばくもないというのは寿命ということか。

 一人で床から起き上がれないのは老化しているからか。


 衝撃で言葉を失った私の耳に、さらに衝撃的な言葉が飛び込んできた。


「巫女様。サバを読むのも大概にしてくださいませ。

 今年で117歳でしょう」


 私と100歳差、か……

 随分歳上の妻だな……

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