微かなあなた(1)
もう一度本を開いて中の栞を取り出す。ほんのり暖かく、まるで誰かが手を触れているようだった。裏返すとそこには確かに返事をかけるだけの空白があった。ここまできたらやるしかない。言葉を栞に書き始めた時、あらゆる音が聞こえなくなった気がした。元々静かな場所だと言っても私以外いないような、不思議な感覚だった。
『あなたは二十年以上前に行方不明になった女の子であってる?もしそうなら答えて欲しい。他にも聞きたいことは色々あるけど、なぜ私に目をつけたのかも教えて。それとあなたのことも。』
書き終わると同時にジジジと電灯の音が聞こえてきた。返事が届くようにと願いながら栞を本に挟んで……どうすればいいんだろう。少しの間途方にくれたが、栞は本に挟んで使うものだ。私は一度本を閉じても一度開いてみた。……どうやら私の考えは正解してしまったようだ。
『仰るように、私は二十三年前に失踪したことになっています。あなたにメッセージを送ったのはこの本に気づいたからです。今まで誰も気づいてくれなかったのですが。私はこの高校の生徒で、今は幽霊としてこの図書室で暮らしています。』
なるほど、これは夢なのかもしれない。しかし今目の前の光景は否定の言葉も考えも一切許してくれそうにない。栞は新しい言葉を表に記してまた本の間から現れた。裏がまた空白になっていたということは、返事はまた書けるということなのか。その後同じ手順でやり取りを続けた。
彼女の話をまとめるとこうなるらしい。昔この図書室で気を失ってしまい気がつくと魂だけの状態で同じ場所にいた。話しかけようにも声が出ず、誰も自分に気がつかなかった。図書室からもまるで見えない壁に阻まれるかのように出れなかったため、仕方なく暮らしているとのこと。
二十年以上も誰とも関わらず一人でいる状況を、私は想像することができなかった。その辛さは普通の高校生の私には想像すらできないものだ。ずっとこの場所で……。よし。
『改めて自己紹介。私は一年の千葉祥子。まさか幽霊と知り合えるなんてびっくりだけどこれからよろしく。友達同士、固い敬語とかはいらないよ。何か力になれることがあったら教えてね。』
パタンと栞を挟んで彼女に言葉を送る。すぐに返事の言葉は返ってきた。
『ともだち……友達。とっても素敵です。私もまさか幽霊になってから友達ができるとは思いませんでした。ありがとうございます千葉さん。私も自己紹介をしたいのですが、実は名前が思い出せないのです……。』
そう伝えられてから名前について何も聞いていなかったことに気づいた。さっき見た記事を再確認すると、そこには名前だけがどこにも載っていなかった。
『思い出せないのは幽霊になったことと関係があったりする?ベタだけど名前を思い出したら成仏するみたいな。』
『確実にそうだとはいえませんが、自分の名前をを未練に思っているのは事実です。あなたの言うように思い出したらきっと……。』
私のやるべきことは決まった。
『それなら名前を思い出せるように手伝うよ。どんな手がかりでもいいから探してみる。それと流石に名無しだと私もやりづらいから、読んで欲しい名前はある?』
『そうですね……。かすみ、と読んでください。存在が揺らいでいる私に合っていると思います。』
『かすみ……わかった。でも私には確かにあなたがいるって感じられるよ。名前を思い出せるまでよろしくね。』
気がつけばすでに下校の時間が迫っていた。慌てて栞を挟んでから課題の本を借りて図書室を出る。続きはまた明日。これじゃ会話というよりも文通だな〜と思いながら校門をくぐる。
課題を終えてベッドに転がり込む。最近は現実離れしたことが立て続けに起きている。早めに寝ようとしたが、今も図書室に彼女はいるのだと思うとなかなか眠れない。指先にはまだ栞の微かな暖かさが残っていた。
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