占いで測れない私たちの話

そばあきな

占いで測れない私たちの話


 ――最後の瞬間には、今一番会いたい人のことが頭に浮かぶらしい。



 そんな話を聞いたのは、小学校の休み時間のことだった。


 友達から聞いた時、いったいどんな根拠があってそんな話をしているんだ、と子供ながらに思ったものだ。

 おそらく、当時隣の席にいて私たちの会話を聞いていた彼も、同じことを考えていたのだろう。


 話し終えて満足した友達が、新たな話し相手を求めて立ち去った後、私と彼で顔を見合わせて「本当か?」とささやきあっていたのだから。


 迷信や占いなんて、信じていないつもりだった。

 それでも、今この瞬間に頭によぎったのが、私を慕ってくれて、今私を助けようと手を伸ばしてくれた後輩ではなく、今この場にいない彼だったことに、私はひどく動揺した。



 ★


 

 彼――魚住うおずみむつとはおそらく、根本的なところが似ていたのだろう。


 感情表現が苦手で、ほとんど表情に出ないところ。

 話す側よりも聞く側が好きで、輪の中心にいるよりも、一歩引いた場所にいる方が落ち着くところ。


 ――そして、迷信や占いを信じないところ。


 だから、小学生の時に流行っていた占いの類も、私たちは信じていなかったのだ。

 

 星座占いなら、結果は十二通り。

 血液型占いなら、たったの四通りしか結果は存在しない。

 その二つを組み合わせたなら、もう少し結果は増えるのだろうけれど、人の運勢が大きく分けてそれだけしかないなんて、昔からおかしいと思っていたのだ。


 小学生時代、私の友達の中で占いが流行っていて、よく尋ねられた時期があった。


「さよりちゃんは、何座?」

「いて座だよ」


 そう言うと、友達はすぐにいて座の運勢を教えてくれた。


 私の友達は占いを信じる子が多かったので、時々星座や血液型を聞かれ、結果を教えてくれることがあったけれど、私はずっと冗談半分に流していた。


 たまに、私と仲がいいように見えた彼の星座や血液型を聞いてくる子もいた。


 おそらく、私たちの相性でも見ようとしていたのだろう。

 ただ、彼女たちには申し訳ないことに、彼に「何座?」「何型?」と尋ねたことのない私は「分からない」と答えるしかなかった。


 私にとって誰かの星座や血液型は、誕生日を祝う際の目安か、万が一事故に遭った場合の輸血のために知っておいた方がいいくらいの情報でしかなかった。

 だから、彼の星座も血液型も当時は知らなかった。

 反対に、私も彼に星座や血液型を教えていないのだから、彼も興味がなかったのだろう。


 そんな私たちは、周りから見たらきっとドライと言える関係性だったけれど、私はそれが気に入っていた。

 根本的なところが似ていた彼も、同じ気持ちでいたのだろう。

 小学校で初めて同じクラスになってから、私と彼はなんとなく気が合って、一緒にいることも多かった。


 それは「友情」とも、周りが期待する「愛」や「恋」とも違っていた。


 ただ、その関係に合うぴったりな言葉を、今でも見つけられていないままだ。



 ★



「なんか、私とあなたをくっつけようとしている陣営がいるらしい」


 中学の頃、委員会に向かうまでの道のりで私がそう言うと、彼は心底興味なさそうに「はあ」と声をもらした。


「本人たちが付き合う気がないんだから、そっとしておいてほしいよな」

「本当に。好きな人がいたらどうするのだか」


 私がそう言うと、「いないことを前提に話すなよ」と言われたので、「でもいないじゃん」と反論する。


 実際いるなら私と歩いている場合ではないだろうに、彼はそれでも引くことはなかった。


「いる、って言ったらどうすんだよ」

「人を好きになれるんだって驚くけど」

「俺を無機物か何かだと思ってんのか?」


 実際無機物とそう変わらないだろう、と言うと「やかましいわ」と言われる。


 別に常日頃一緒にいるわけでもなかったけれど、私も彼も浮いた噂がないおかげで、「私の方が彼を好きなのに!」と見ず知らずの人に詰め寄られ、恋愛沙汰に巻き込まれてことがないのはありがたかった。


 そして、それこそ無機物のように、誰かとそういう関係になりたいという欲も、全くといって存在しなかった。


 このまま生涯を終えるのもアリなんじゃないか、と思ったこともあった。


 ただ、そんな私にも春は存在していたらしい。



 ★



「映画館に、一緒に行きませんか」


 高校の部活の後輩だった。

 同い年の男子とは違う、少しあどけない顔立ち。

 部活で何度も顔を合わせていたはずなのに、いざ真正面から見てみると、こんな感じの顔だったっけと思ってしまった。


「………………ダメ、ですか?」


 その後輩のことは嫌いじゃなかった。

 そして、特に予定がないから断る理由もなかった。

 空いているからと承諾して、週末に二人で映画館を見に行くことになったのだ。



「というわけで、今週の土曜日に後輩と映画館に行くことになった」


 どうせならもう少し驚いてほしかった。

 そのつもりで、私も久々に声をかけたというのに。


 高校に入学してからは、文系と理系に分かれたことで彼と話す機会も減っていた。


 そんな折に話しかけたからだろうか。よほど私が声をかけてきた理由が思い当たらなかったらしく、彼は時々辺りを見渡したり、私が目を合わせようとすると顔を背けたりと、かなり挙動不審な動きをしていた。

 ただ、私の言葉を聞いてからは驚くほどいつも通りになり、落ち着きはらってしまった。

 彼は一欠片の興味も持ってない顔をして、一言だけ「そりゃよかったな」と呟いた。


「他に言うことはないの?」

「いや、俺が微塵も関係ない話にどう興味を示せって言うんだよ」


 そういえば、コイツはこういう男だったと思い出す。


「前日は早く寝ろよ」

「遠足の前の子供みたいなこと言うじゃん」

「あと、一応星座占いでも見ておけば。ソイツとの相性を見ておけよ」

「私が星座占いを信じてないのを分かってて言ってるじゃない。それに、あの子の星座知らないし」

「じゃあダメだな。自力で頑張れ」


 そう言って背中を叩く彼は、小中学生の頃と何も変わっていなかった。


 久しぶりの会話の応酬が懐かしく、そのまま昼休みが終わるまで彼と話していた。

 昼休みが終わって別れる時、彼が「そういえば」と口を開く。


「俺の星座だけどさ、魚座なんだよ。苗字と同じだから、一回聞けば忘れられないだろ? ま、一回も聞かれたことはなかったけどさ」


 そう笑っていた彼が、どこか寂しそうに見えたのは、私の気のせいだったのかもしれない。



 家に帰ったら、机の上に置いてあった地域で発行されている情報誌が目についた。なんとなく開いた占いコーナーで、自分の運勢を確認してみる。


 十二通りしかない結果の中で、私の星座は中間くらいの運勢だった。可もなく不可もなく、といった感じの内容が書かれている。

 一番下にはご丁寧にラッキースポットなんて欄もあり、私の星座の欄には「公園」と書いてあった。

 流しで見ていくと、他の星座の一つに「映画館」と書いてある。

 もしかして、この占いを見てわざわざ映画館を選んだのだろうか。


 あの後輩の誕生日を知らないので、星座も当然知らない。証明のしようもないけれど、映画館という場所を選んだ理由について少しだけ考えてしまった。


 なんとなく、魚座の欄を見てみる。

 そこには「運命の出会いがあるかも!」と語尾にハートマークを添えて書かれてあった。


 ――魚住に運命の出会い?


 先ほどまで話をしていた彼の様子を思い返してみたけれど、運命の出会いをしたようには見えなかった。


 やっぱりあてにならないな、と私は占いコーナーのページを閉じて部屋を出ていった。



 ★



 日付が変わった土曜日、私は例の後輩と待ち合わせをして映画館に入った。

 前に私が気になると言っていた映画は、予想よりも面白く、後輩もお気に召したようだった。

 映画館を出た後は、近くのファミレスに入ってお昼ご飯を摂ることにした。土曜日の昼ということもあって、席はほとんど埋まっていたけれど、私と後輩は運よく座ることができたのだ。


 注文した料理を待つ間、後輩と少しだけ話をした。

 会話の節々で、私を慕ってくれているのが感じ取れた。

 おそらく今後一緒にいても、楽しい時間を過ごせることだろう。


 しかし、私はどこか引っかかる部分があった。

 それは、先ほどの映画のせいでも、目の前の後輩のせいでもない。

 私の中でちらつく、過去に交わした小学生時代からの友人の姿のせいだった。



 そのせいだろうか。

 ファミレスを出た私は、後輩の横にいるというのに、ずっと上の空だった。

 気付いたら、周りが逆方向に逃げていく中で私だけがそのまま進行方向を歩いていたらしい。

 激しいクラクション音と、甲高い悲鳴。

 交差点を渡ろうとしていた私の先に、車が迫っていた。


「先輩!」

 振り返ったら私がいなくて驚いたのだろう、離れた場所から後輩が必死に手を伸ばす。

 それなのに、私が思い出したのは、目の前の後輩のことではなかった。



 ――最後の瞬間には、今一番会いたい人のことが頭に浮かぶらしい。



 そんな話を聞いたのは、小学校の休み時間のことだった。

 友達から聞いた時、いったいどんな根拠があってそんな話をしているんだ、と子供ながらに思ったものだ。


 迷信や占いなんて、信じていないつもりだった。


 それでも、今この瞬間に頭によぎったのが、私を慕ってくれて、今私を助けようと手を伸ばしてくれた後輩ではなく、今この場にいない彼だったことに、私はひどく動揺した。



 彼――魚住睦との思い出が頭を駆け巡る。


 小学生の時の、占いに対して「本当か?」とささやきあっていたこと。

 中学生の時の、二人で委員会までの道を歩きながら話をしたこと。

 高校受験の時には、一緒に図書館に行って勉強をした。

 休憩だと言って席を立ったのを見送った後、こっそり彼の好きな銘柄の缶ジュースを鞄から出してサプライズをしたこともあった。

 互いに表情が分かりづらいくせに、何となく驚きながら嬉しそうにしているのが分かるのだ。


 その全部が今、私の中をかすめて消えていく。



「……ああ」

 最後の瞬間には、今一番会いたい人が頭に浮かぶらしい。

 どうやらその言葉は、本当だったらしい。



 唐突に走馬灯が途切れて、ハッと意識が戻る。


 間一髪、後輩の腕に引き寄せられて、勢いよく歩道に戻ってきたからのようだった。

 後輩が引っ張ってくれていなければ、私は今頃車にひかれてしまい、この場にはいなかったことだろう。


 腰が抜けてしまったようで、その場にへたり込んでしまう。

 荒い息を整えるように一度大きく深呼吸をした後輩が、私の顔をして安心したような表情を向ける。


「先輩、本当に驚きましたよ。振り返ったら逃げずにそのまま車の方に向かっていたんですから……」


「無事でよかったです」と微笑んだ後輩を見て、申し訳ない気持ちにかられた。


 最後の瞬間に会いたい人は、目の前の後輩ではなく、別の人だった。

 そのことに気付いておきながら、知らないふりをしてこれからも付き合いを続けていくのは、後輩に不誠実だと思った。


 その場を離れて落ち着ける場所に来てから、私は後輩に今の心情を伝えた。


「あのさ………………」

 悩みながら話した私の言葉を、後輩は真面目な顔で聞いてくれた。


「教えてくれてありがとうございます」

 それではまた部活で、と別れる時まで、後輩はいい人だった。


 どうしてこの後輩じゃなくて彼なんだ、とは思ったが、気付いてしまったのだから仕方ない。



 次はちゃんと向き合おうと、私は帰路についていった。



 ★



 週末が明け、学校内で彼と鉢合わせた際に「そういえば」と彼に映画の感想を聞かれた。

「かなり良かった」と伝えると「じゃあ俺も行こうかな」と彼が呟く。

 私と彼は根本的なところも似ているが、その他にも食べ物や本の好みも似通っている。

 私が「良い」と言ったので、自分にも刺さると思ったのだろう。


 その会話の途中で、さりげなくを意識して彼に血液型を聞いてみたら「輸血の予定でもあるのか?」なんて言われた。

 本当に思考回路が同じすぎる、と思いながら「万が一のこともあるかもしれないからね」といつもの調子で口にする。


「まあ、人生何があるから分からないからな」

 そう言って教えてくれた血液型をしっかり記憶して、尋ねっぱなしもあれだからと、一応私の血液型を教えておいた。


「これで輸血の心配もなくなるな」

「そうだね。もし事故現場に居合わせたら救急隊に血液型を教えておいてあげるよ」


 まあ救急隊に伝える以外で使うけどね、と思いながら、曲がり角で彼と別れる。

 後で手ごろなサイトで血液型占いを確認してみようと一人頷いて私は教室に戻っていった。



 迷信や占いは、今でも信じていないつもりだ。

 信じていないけれど、指針の一つにするくらいならいいかなと思う。

 どうせ彼は、今でも迷信や占いを信じていないのだから、もし私が占いを参考にしても、彼には分からないだろうから。



 占いに対して、私と彼で顔を見合わせて「本当か?」とささやきあっていた日のことを思い出す。


 小学生時代、星座占いや血液型占いで誰かとの距離を測ろうとしていた彼女たちの気持ちが、少しだけ分かったような気がした。

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