閑話:カタリーナの場合

 

 それは青天の霹靂とも言える衝撃。


 伯爵家の娘で、年下で、自慢になる程の魔力もないのに、第一王子殿下の婚約者候補の打診が来たのよ!


 わたしの取り柄と言えば、庇護欲を誘う可愛らしさだけなのに。


 ベルボンヌ伯爵家だって、さして有力な家ではないわ。

 しいて言えば、お祖父様が侯爵で、お祖母様が隣国の王家の血を引く公爵家令嬢という血筋だけれど、まさかわたしが候補に選ばれるなんて、家族全員で呆然としてしまったの。


「ルル、いいか、粗相のないように、いつものように可愛らしく笑っておけよ? それで大抵何とかなる!」


「もう、お父様ったら」


「まあそうなんだけど、それだと馬鹿っぽく見られないか?」


「お兄様ったらヒドイ! 『あざとく・可愛く・無知』であるからこそ、波風が立たないのよぉ? それがわたしの処世術なんだもの」


「ルル、『あざとい』は要らないんじゃないかしら」


「あら、お母様、あざとくしていると同性には嫌われるけれど、異性はころっと行くのよ? 選別には都合が良いの」


「とはいえ、王子殿下相手にはやり過ぎないようにね」


「もちろん、その辺は空気を読むわ! 大体、わたしが選ばれる訳ないもの」


「でもなぁ、ルルは可愛いから分からないぞ?」


「お父様! 外見だけで王子妃が務まる訳ないでしょう? 立ち居振る舞いを厳しく教育され、諸外国の知識を詰め込み、公務に忙殺される、なんて生活嫌だわぁ。

 わたしは程々の爵位の、程々に見た目の良い、それなりに可愛がってくれる方と結婚したいの」


 あざとカワイイ演技に引っかからない、謙虚なタイプが良いわ!


「そうね、高望みしても分不相応ですもの。何事も程々が良いわ」


 お母様の言葉に、家族全員で頷く。


 我が家は本当にのほほんとゆるいの。

 外見こそ、そこそこ整っているけれど。


 お父様は特に重要な役職に就いていないし、領地も可もなく不可もない状態。

 派閥は中立派だけれど、どちらにも、というよりから中立派でいるようなもの。


 こんな伯爵家のわたしを、よくも王家は候補に選んだと思うわ。

 ああ、条件を絞り込んで行ったら、中立派で婚約者のいない伯爵家以上の令嬢がわたしだけになった……とかかしら。


 自分で想像して、ちょっとへこんでしまうわね。


 とにかく、王家からの打診という指名を断れる訳もなく、第一王子殿下の婚約者候補に名を連ねる事になったわ。


 そして、初顔合わせのお茶会で、わたしの存在意義を揺るがせる子が登場したのよ!


 追加で候補者になったというヴァルモア侯爵令嬢。

 皆の妹的存在でカワイイ系を狙っていたのに、わたしより年下の子が、しかも同じツインテールでやって来たのよ!

 色々台無しにされて、つい睨んじゃったわ。


 でもまぁ、今更方針転換出来ないし、予定通りに振舞うしかなさそう。

 ちょっと天真爛漫な世間知らずな感じで、この場の上位者の尻馬に乗っかるの。


 五人の候補者で言ったら筆頭侯爵家令嬢のアリーチェ様よね。

 高慢な態度が鼻につくけど、分かり易いタイプだわ。


 それで、あの子。

 十歳の子供らしく、この場をかき回して来るかと思ったけれど、会話に入らず大人しくニコニコ聞いているだけ。

 ユーリウス殿下に促されてやっと口を開いたら、人の話のオウム返しじゃなく、自分の意見もちゃんと言うのよね。


 あら? 十歳ってこんな物分かりが良かったかしら。

 我が身を振り返ると……うん、まあ、今とあまり変わらず、あざとく振舞っていたわぁ。ありね。


 お祖母様の格言に従い、知識を増やしても、それをひけらかさない。えーと何だったかしら?

 あっ、『能あるタカは爪を隠す』とか、『出る杭は打たれる』よ!


 お祖母様の“お国のことわざ”なんですって。

 ちょっと不思議な所があるお祖母様だけれど、出世したいなら「ゆるぎない信念と覚悟を持ちなさい」とも言っていたわ。


 ないわね!


 そんなお祖母様に育てられたお父様が出しゃばらないし、それに共感しているお母様も「分相応」を心掛けている。

 この両親に育てられたお兄様とわたしも、「出しゃばらない・ひけらかさない」を信条に、日々その他大勢に紛れているの。


 だってね、いざという時に教養が高いと知れる方がカッコいいもの。

 だからコツコツ勉強は怠らないのよ。


 なんとなくだけれど、あの子も似た感覚を持っているんじゃないかしら。

 態度は控えめに、でも周囲を観察しているのよね。

 個人的にちょっと話してみたいと思うけれど、もう少し様子見しましょう。


 なんて考えていたら、突然苦しくなって気が遠くなってしまったの。

 殿下が何やら試してみるような事を言っていたから、それなのかしら。


 気が付いたら医務室のベッドで、頭が痛んだ。触ってみたら少し腫れて痛かったわ。

 どうやら倒れた拍子にどこかにぶつけたみたい。


 ユーリウス殿下ったら、何をやったのかしら。


 皆は「麗しく穏やかな天才王子様」とか言うけれど、初対面で「これは関わっちゃいけない人だ」と直感したの。


 もう既に婚約者候補から降りたいわ。でも無理よねぇ。

 仕方がないから予定よりもう少し、“おバカさんで使えない令嬢”を演じておきましょう。


 どうせ選ばれる訳がないもの。






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 <作者より>

 候補者四人の閑話はこれで終わりです。

 蓋を開けてみれば、平気でライバルを蹴落とせるのはアリーチェだけって事に……

 文章に起こしてみると、頭で考えていたキャラが少し変わってしまったという事があるんですが、今回もそれでした。

 練れてないですね(汗

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