閑話:フェリシア王女、愚痴る。

 

 わたくしの弟は稀代の天才であると言われているわ。

 二歳年下の弟、ユーリウス・シオン・ゼクト。ガルディアス王国の第一王子。


 三歳にして他国の言葉を、私よりも早く修得し始め、魔法の基礎を理解しているのだもの、『天才』と言われても大げさではないのでしょう。


 神童だ、天才だと誉めそやされ、お母様にも特別可愛がられているのに、何故かそれを当たり前と思わずに受け流しているの。

 むしろ、「何を言ってるんだろう?」という顔をするのよ。

 驕り高ぶる事がないのは良い事だと、周囲は更に褒め称えたのは言うまでもないわね。


 シオンが五歳頃だったかしら。

 それまでも気の利かない側仕えを、お母様がクビにしたり、配置替えを行っていたのだけれど、ついに本人がクビを言い渡すようになってしまったの。


「そんな事も分からないなら、僕の側にいる必要はないよね?」


 王子に“必要ない”と言われたなら、それはクビ宣告に等しいでしょう。


「シオンが勝手にクビにして良いの?」


 シオンの周りは大人しかいないわ。

 私の側仕えには年頃の近い乳母の娘が侍女見習いとしていたけれど、シオンにはいなかったの。

 つまり、クビにしたのは大人の側仕えなのよ。


「クビ? 子供の僕の疑問にも答えられない大人は要らないって言っただけだよ?」


 不思議そうに首を傾げている様子は、天使の如く愛らしく、純粋無垢なように見えたものよ。

 シオンは解雇するつもりはなかったようだけれど、周囲が忖度した結果らしいわ。

 気の回し過ぎだと思うの。

 ただし、これは序の口だったのよ。


 教育係、侍従、従僕、身の回りの世話をする上級メイド。

 彼ら、彼女らは、短期間に入れ替わっていくの。

 配置換えならまだ良い方。実際解雇されてしまった人たちも多く、新たにシオンの側付きに配置替えされた人たちは、一様に蒼褪めるというわ。



 王宮内の使用人の管理を任されているお母様はシオンに甘い。

 何故か、という理由を探して思い当たったのは、“が、天才だったから”、ではないかしら。


 シオンを出産する時、とても難産だったそう。

 あわや死にかける程の苦難の末、誕生したのが誰もが讃える天才児。

 後世に名を遺すかもしれない天才が我が子。


 嬉しいものなんでしょう。第一子の私の存在を忘れる程。

 その気持ちは、結婚もしていない私にはまだ理解し難いわ。


 これは偶々知りえた事だけれど、三人目の妊娠をお母様はとても嫌がっていたそうなの。

 それはそうよね。二人目の時に死にかけたのであれば。

 お父様が何とか説得して、無事アンリが誕生する事となったわ。その時は安産だったそうだから、聞いた私はホッとしたものよ。


 でも、私が居て、シオンという王子も居る。何が不足だというのかしら。

 いえ、アンリが産まれなければ良かったという話ではないのよ? 単に王家には嫡子が既に二人いるのに、何故なのかしら、という疑問ね。


 恐らく、王子は二人いて欲しいという、昔からのこびりついた慣習のせいかもね。

 王女が王位に就ける、この時代でも。


 もし、二人目の王女誕生だったらどうしたのかしら。もう一人と強請っていたのかしら。

 命がけで出産するのは女性だというのに、男性諸氏は気軽に考えているように感じて不快に思ったわ。



 ああ、だいぶ話が逸れたわ。

 そんな経緯があって、お母様の関心は、私とアンリには薄いのよ。

 そして天才児であるシオンを特別視し、あの子の環境を快適に整える事を第一としているようなの。


 シオンの為としながら、貴族家出身の側仕えたちを解雇してしまうお母様に、苦情を申し立てた所で聞く耳を持たない。

 三人目を無理に産んでもらった負い目があるのか、お父様もあまりお母様に強く出られないようで、フォローに徹しているみたい。


 お父様とお母様は従兄妹同士。子供の頃から知った仲。性格だってよく知っているでしょうね。

 一度言い出したら聞かないんだと、洩らしたことがあるわ。


 けれどお父様、お母様の行動を寛容に見ているしわ寄せが私に来ているのよ!


 上級メイドや従僕は下級貴族家出身だけれど、実家の寄り親や親族が上級貴族だったりするの。

 不当解雇に、実家の貴族側から苦情が上がっても、お母様は聞く耳を持たず、お父様は頼りにならない。

 じゃあ誰に訴えれば……という事になるわね?

 頼れる上級貴族側から苦情を入れてもらうって話になるわね?


 一度、上級メイドの解雇騒動に介入したことがあったの。そこから、私なら何とかしてくれる、みたいな噂が広がったようだわ。

 複数の貴族の反感を買う事に、王家としては危機感を覚えるでしょう?

 だからつい口を挟んでしまったのだけれど、まさかそれがずっと続くとは思わなかったわ。


 私がお父様に苦情を申し立てた結果――。



『一時的に、王妃の王宮内人事の権限を凍結。

 以降、王女フェリシアに代行を命じる』



 ――と、拝命。


 いえ、そうじゃなくって、お父様!!

 と更に文句を言ったなら、


「例えば、女王となるならば、人心掌握も課題の一つ。そういうつもりで励んでみなさい」


 何故そうなるの!?


「……王位を望んだ事はありませんわ」


「しかし、シオンには不安があるのだろう?」


「確かに、このまま人の心も痛みも分からないまま、次期王位に就いて欲しくはありません。お母様がシオンを肯定してばかりいるから」


「シオンが図に乗っている、そういう風に見えるか?」


「いいえ全く。あれほど可愛がってくれるお母様の事も、冷めた目で見ていますわ。だからこそ心配なのです。

 お母様自身には、シオンに関して行き過ぎた対応だと自覚して頂きたいのですわ!」


「そうやって気遣いが出来るからこそ頼みたい。王家の長子として、弟たちの面倒を見てやって欲しい」


「では、お母様の事はお父様にお任せいたしますわ」


「ぐっ、それは」


「まだ学生である私が、臨時でも使用人の人事権を握るのですもの。大人のお父様には妻の行動を慎ませて下さいませ」


「イリス……」


「ええ、是非ともに! お願い申し上げます!」



 こんなやり取りで、仕方なく私は『第一王子の苦情係』をするはめになってしまったのよ!


 シオンに関わる件以外にも、大勢いる使用人たちの管理は想像以上に大変で、睡眠時間はどんどん削られるし、私の側仕えたちも疲労困憊。

 新たにサポート要員を増やしたけれど、時々お母様に混ぜっ返される度に、お父様に「手綱をしっかり握って下さいませ!」と苦情を言いに行ったり。


 最近で面白かった事と言えばアレね。

 シオンが婚約者候補たちに威圧を掛けた後の事情聴取で、第二騎士団長に、


「指向性を持たない威圧など、ただのだ」


 と言われ、珍しくぐうの音も出なかったシオンを見た時よ。ふふん!





 ※「イリス」はフェリシアのミドルネームです。






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 <作者より>

 本日も複数話投稿予定です。

 閑話は終わり、と言いながらもこの人の話をやっぱり入れておかないとねーと思い直しました。

 次回こそ本編に戻ります。

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