第12話 おじいちゃん側の事情を語る
「俺達夫婦の子供は二人。レイモンドには姉が居た」
初っ端から初耳なんですけどー!!
びっくりしたけど、話の腰は折らずにおいたわ。
「ラウレシアという名の娘で、今は出奔して行方不明だ」
はいぃぃぃ!?
「ラウレシアとレイモンドを甘やかして育てた覚えはない。通常貴族が身に着ける教養・作法・勉学、それに剣術も教え込んだ。
ラウレシアは剣術にも才能を発揮したんだが、知っての通りレイモンドは才能がなかった。その段階で、後継者にはラウレシアを、と考えていた。
しかも妻の固有魔法をラウレシアが継承していたから余計にな。
レイモンドには当主代行や代官など補佐をしてもらうか、本人が希望すれば王宮の文官への道も示していた」
また一つ溜息を吐いて、おじいちゃんはぬるくなったお茶を飲み干した。
そこですかさず、ティーポットを懐から取り出す家令。
いやいやいや、ちょっと待ってぇ!? 湯気の立つ、熱々の紅茶が注がれてるぅ!?
わたしだけがびっくりしているみたいなんで、ここは口を噤んでおいたわよ。
どうなってるのよ、家令の懐! てゆーか、給仕は家令の仕事じゃないんだけどね? 今は仕方がないって事よね。
「ラウレシアが準成人を迎えた頃、縁談が複数舞い込んだんだが難癖をつけては嫌がって、見合いをさせても相手に失礼な態度を取り続け、まとまるものもまとまらん状態だった。
貴族家の義務だのヴァルモア家の将来とか諭していたら、ある日置手紙一枚で家出してしまったんだ。専属の従僕と一緒にな!」
「駆け落ち!?」
ついに我慢出来なくて口を挟んじゃったわ、ごめんて。
おじいちゃんは、ごほんと一つ咳払いをした。
「そうだ、駆け落ちだ。貴族学院には病気療養の為と休学届を出して、手を尽くして探し出したが、見つけては逃げられ、どんどん拠点を変え、隣国に出国してしまいおった。
それでも捜索を続けていたんだがなぁ、これまた逃げられ、二年も経つと諦めが着いた……というより、諦めるしかないと妥協したんだ。
期限も過ぎて貴族学院には退学届けを出した。これでもう、戻ってきた所でまともな貴族扱いはされなくなってしまったよ」
ああ、貴族学院に入学するのは貴族の義務の一つ。そして卒業してこそ、晴れて貴族の一員となれるんだって。
途中退学した場合、理由の是非に関わらず一人前とされないってさぁ、厳しいよねぇ。
しかしそんなにその従僕の彼が好きだったのかぁ。と思ったら何やら違うみたいだわ。
「貴族の血統主義の婚姻を否定し、身分制度を否定し、自由がないと嘆いていた。貴族家の娘があるまじき言葉を声高に叫ぶのを叱り、謹慎させたりもしたが、返って意固地になったようだった。そして終いには、平民の従僕と共に出奔……どこで間違ったんだろうなぁ」
あらあらあら、なんだか民主主義の風を吹かせて来たんじゃないのぉ?
まさか、ラウレシアさんって前世地球の人!?
――と驚いていたら、おじいちゃんに何やら意味ありげに一瞥された。
「後は残されたレイモンドをなんとか後継者として相応しくしようと、更に教育に力を入れた。
ところが、レイモンドまで準男爵の娘と
姉が平民と添い遂げたんだから自分も許されるはずだと言い出した。更に妊娠までさせて、放置する訳にはいかんだろう!?
仕方なく“内縁の妻”として迎える事を許した。レイモンドには何故正妻に出来ないのかと食って掛かられたが、平民を貴族の正式な妻には出来ないと、あの時も散々諭したんだがなぁ」
ああ、おじいちゃんが遠い目をし出したわぁ。
「この時既に二十歳だ。正式な婚姻を結ぶための貴族令嬢を探したんだが、貴族学院在学中にレイモンドが平民と恋仲になっている事は周知の事実で、更にその娘を内縁の妻として迎えた事も知られていた。
そうなると年頃の令嬢のいる家からはそっぽを向かれてなぁ。次から次へと打診しては、片っ端から断られてしまったよ。そしてエルガド伯爵家への縁談申し込みになった訳だ。
有無を言わさずヴァルモア家に連れて来られたエリザベスに、頭を下げて懇願した。二人子供を産んでくれたなら、後は自由にしてくれて構わないと契約書にもした。
貴族家の義務をよく理解しているエリザベスは、本当によくやってくれた。その分、かなり我慢を強いてしまったがな」
おじいちゃんの眉間のシワが深い。
「姉は帰る場所がなかったんです。あの両親ですからね、エルガド家の不利になる様な真似はするなと、何があっても帰って来るなと無慈悲に追い立てました。僕は当時まだ十三歳で、何の力もありませんでした」
叔父ワンコは内情を話してしょぼーんとした。
「いや、焦るあまり、エルガド家の、エリザベス周辺の調査を怠った俺の責任だ。……だがな、前当主夫妻の面の皮の厚さには恐れ入ったよ。
モーガン伯も顔に泥を塗られたと、当時は怒り心頭だった。今でも顔を会わせると、ちくりと嫌味が出る」
おじいちゃんも肩を落としてしまった。
そしてしばしの沈黙の後、グイっとお茶を飲み、再び口を開く。
空になったカップに紅茶のお代わりを注ぐ家令。湯気が出ているよ? まだ熱々なの!? 時間停止機能付きなの!?
「疲れたか? ベアトリス」
「いえ、大丈夫です。続けて下さい」
つい、家令の懐に視線を送ってしまってたわ。
「そういう経緯で後継者になったレイモンドは、元々の資質なんだろうが、いくら教育を重ねてもぱっとしなくてなぁ。
それに教えた事を妙に自分に都合よく覚える癖があって、何度矯正しても思い込みの方が強くてどうにもならんという事がしばしばあった。
ただ、俺自身も元々跡継ぎではなく、兄が戦死したから繰り上がっただけでもまあ何とか当主を務められていたから、あいつも当主の座に就ければ責任感が出てくるんじゃないか……などと甘い考えを持ってしまったのが失敗だったよ。
内縁の妻を認めたのは、妊娠の事もあったが、反対すればレイモンドも出奔するかもしれないと恐れたからだ」
元々の性格なら仕方がないのか? いやいや、本人の真剣度合の差じゃないかしらね。
そう頑張らなくても、父親が自分を見捨てる訳がないって、甘えがあったんじゃない?
「それらを含めていずれ当主に就いてもらう為の条件を出した。
まず第一に、能力の高い貴族令嬢を正妻として迎え、真摯に向き合う事。
第二に、嫡子は二人設ける事。
第三に、正妻と子供たちと親睦を深める為に、最低でも週に三日は食事を共にする事。この三つだ。
エリザベスに真摯に向き合っていない段階で条件は満たしていないが、それでも二人子供を設けてくれた。
後は子供たちが無事成長し、後継者として育ってくれればレイモンドが大して仕事が出来なくても、俺が補助すればいいと思っていた。
だから、ベアトリスが誕生した後、当主の座を渡したんだ。
だがな、本当にあれほど仕事が出来ないとは想像だにしていなかった! ただただ当主の名をサインするしか出来ないなどと!」
あー、あのポンコツじゃあ、内容も確かめずにサインだけしてたんじゃない?
そう思ったら案の定――
「試しに書類の中に『絶縁状』を混ぜてみたんだが、ものの見事にサインしてあったな。はっ!
突き付けてやれば、勘違いしていただの見逃してしまっただの、言い訳にもならない方便を使いおって。
それでも、もう少し、もう少しだけ様子を見ようと、エリザベスの不遇も、バルドとベティの気持ちも脇に追いやってずるずると来てしまった。
本当にすまなかったな、ベティ」
深々と頭を下げたおじいちゃん。
血を分けた息子の事だから、何とか出来ないかって情を掛けるのは親心よねぇ。でもさぁ。
「私は期待するのを早々と諦めていたので別に良いのです。ただ、お兄様が……一生懸命気を引こうと話しかけていたのが不憫でしたわ」
『今日はこんな事がありました』
『友人の家では家族で旅行に行ったそうです、僕たちも出かけませんか』
『僕はこんなことを考えたんです、父上はどう思いますか』
そんな風にたくさん話しかけた所で、あのクズの返答は『ああ』・『そうか』の二種類しかなかったのよ!
さすがに段々とお兄ちゃんの笑顔も消えていって、最近はコンパクトに業務報告風になってたわね。
うう、前世の息子が同じような目に遭ったらって想像すると泣けてくるわぁ。
わたしも見かねて、もう話しかけるのは止めていいのでは、と言ってみた事があったのよ。
だけどお兄ちゃんは、「そうしたら父上が空気になってしまうだろう」って言ったのよ!
あんなに素っ気なくされているのに、それでも父親を気遣うなんてイイ子!!
そういう出来事を話して聞かせたら、おじいちゃんもワンコもぐっと息を呑んで涙目になっていたわ。
そうでしょうそうでしょう、いい子だけに不憫なのよぉ。
ハンカチをさりげなくおじいちゃんに渡しているそこの家令フォルグ! 知ってるよねぇぇぇ!
ああ、そういえば確かめたい事があったわね。
「ところでフォルグさん、一つ、お尋ねしてよろしいですか?」
急に矛先を向けられて、一瞬だけ動きが止まった家令。ホントに一瞬だけですぐこちらに目線を向けたわ。
「何なりと、お嬢様」
「王家からの親書が届いていた事を、あなたや執事長は知らなかったのかしら?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。