第11話 母の恋の行方も気になるけどお偉いさんの事も気になるよ

 

「キリアン卿を拉致して来たっていうのは本当ですか!!」


 本日も突然現れた叔父ワンコ。

 いえね、訪問予定ではありましたがね、なんでいきなり登場するんだか。

 でも、おかげで母の金縛りが解けました。ありがとう。


「拉致ではないぞ! 同意を得て招いたんだ!」


 おじいちゃんはそう言うけれど、キリアン卿本人が「え?」ていう顔しているわよ?


「そ、そうでしたか。失礼しました。騎士団に連絡を入れたら、顧問のオズワルド卿に攫われたと焦っていたのでてっきり……でも、良かったです! 無事確保が出来て。わたしの方は面会を断られていましたから」


 “確保”て。叔父ワンコもそういう認識なのね。

 でもそうね、因縁のあるエルガド伯爵家から「会いたい」なんて言われても、そりゃあ警戒するよわよねー。

 やっぱりおじいちゃんのファインプレーだわ!


「では、ここはご両人たちだけでお話し合いをされてはいかがでしょう。私達わたくしたち邪魔者は消えますので」


「え?!」


「ベティ!?」


「ふむ、そうだな。では、エルガド伯爵、ベアトリス、行くぞ」


 おじいちゃんもノリノリですな。母とキリアン卿は、また固まっちゃったけど。


「お母様、わたくしはお母様の幸せを心より願っております。だから、キリアン卿と復縁されるおつもりがあるなら、全力で応援致します!」


「――ベティ! だから先走らないで!」


 という焦った母を敢えて無視し、トコトコとキリアン卿の近くまで行くと淑女の礼を取った。

 短く整えられたアッシュブラウンの髪に、ターコイズブルーの瞳のイケオジが、びっくり眼で見つめてきたわ。


「初めましてキリアン卿。エリザベスの娘、ベアトリス・ラナ・ヴァルモアでございます。この度は子爵位への陞爵、誠におめでとうございます」


「え、あ……これはご丁寧にありがとうございます。私はベイユール子爵を拝命致しました、キリアン・クルクスと申します」


 あれ、ミドルネームはないんだ。あ、そっか。下級貴族では付けないんだっけな。


 そういえば、おばあちゃんが子爵家出身でミドルネームがなく、結婚する時におじいちゃんから『ローズ』という名を贈られたんだってよ。いやぁなんかラブラブな感じのエピソードよねぇ。

『ローズ』の由来は、ストロベリーブロンドというか淡い薔薇色という髪色にあると察してます。

 小柄な可愛い系美人に似合ってると思うわ。ただ、“外見詐欺”とも言われているとか。


 それはともかく、呆然としていたキリアン卿は、こんな子供にも丁寧に騎士の礼を取ってくれたのよぉ。うん、いいね!


「キリアン卿、もし! よろしければ! 母の事をよろしくお願い致します」


 深々と頭を下げたわよ。純粋な子供の願いです。ほんと、ヨロシク!




 ***




「今日、バルドは登校したのか?」


 週明けの今日、日本で言えば月曜日。兄は貴族学院の初等科一年生で、魔導車で通学しているの。


「そうなんです。朝食に現れなくて。食べずにそのまま登校したと言うんです。楽天的だと思っていたんですけれど、結構ナイーブだったようですわ」


 おじいちゃんの質問にそう答えたら、片眉を跳ね上げて物申したいという顔でじろりと睨まれちゃった。なんでよ。


「おまえは割り切りが良過ぎるようだがな」


「あらあら、父に関してはずいぶん前から見限っておりましたわ。ご存じでしょう?」


「まあなぁ。七歳で家の事や親の事をあれこれと訊いてきた時から、普通の子供らしさはなかったからな」


 だってねぇ、全然情報がないからつい根掘り葉掘り聞いちゃったわよぉ。

 クソ親父にぶっちゃけ質問をしてみれば、不機嫌な「黙れ」の一言のみ。無表情だし、何考えているのかさっぱり分からない、宇宙人みたいな存在だったのよねー。

 で、蓋を開けてみたらポンコツなクズだったと。


「こほん。ところで、国王陛下と王妃殿下はお許しくださったのでしょうか」


 あからさまな話題転換に、またおじいちゃんの片眉が上がったわ。

 いや、だって、王家対策の為に昨日あれやこれやしてたんだから、結果を早く聞きたかったのに、思わぬ来客で話が逸れまくってしまったんじゃない。

 叔父ワンコもハッとして食い入るように見つめてるわよ。


 重要なお話なので、おじいちゃんは家令以外の使用人を下がらせて、お茶を一口飲んでから口を開いた。


「まず、昨日謁見希望の先触れを出して、翌朝一番にお会いして下さると返答を頂いて、今朝謁見を賜った。当主交代の申請は、その場で陛下に承認頂けたよ」


 はやっ。


「さすがオズワルド卿、かつての剣の師匠として優先されるのですね」


 聞きようによっちゃぁ嫌味だけど、ワンコが純粋な眼差しでニコニコ言うもんだから、全くそうは聞こえないわ。

 オズワルドスゲー! 尊敬するー! て感じかしらねぇ。


 ――ん? 剣の師匠?


「お祖父様は国王陛下に指南されておいでだったのですか?」


「昔な。まだ騎士団に所属していた頃の話だ。

 それでだな、王妃殿下は陛下と臨場されておいでだったので、その場でレイモンドの非礼を詫び、ヴァルモア家より除籍した事をお伝えした。エリザベスとの離婚も陛下に承認頂いた」


 ほっと一安心ってことろかなぁ。

 貴族の婚姻・離婚は、国王陛下の承認が必要なのよねー。その後、各書類は神殿に納められて保管されるそうよ。


「王妃様の反応はいかがでしたか?」


 普通なら王家に虚偽を報告した家の娘を、第一王子の婚約者候補から降ろすと思うんだけどなー。なんでか命令で候補になっちゃった。


「ああ……あー、レイモンドは向かない当主という重責に精神を病んでしまい、愚かな妄想に取り付かれてしまったと理由を述べたら、妙に納得されてしまってな。謝罪を受け取って頂けたよ。ただ……」


 なんだか言い難そうなおじいちゃんの、次の言葉を息を呑んで待つ。こういう時の話って良い事ないよね。


「改めて、国王陛下より、ベアトリスを第一王子の婚約者候補として指名された」


「おお、おめでとうございます! さすが姉上の娘!」


「おめでたくありませんよ!!」


 ワンコが純粋に祝福するから、つい反射的に怒鳴ってしまったわぁ。あああ。

 びっくりして目を瞠るワンコ。


「何故だい? 確かに第一王子殿下とは年が離れているけれど、婚約者候補に挙がるなんて、通常なら家を上げてのお祝いになると思うよ。しかも国王陛下からの指名だなんて誉だよ?」


「ごめんなさい、叔父様。でも、普通なら候補を降ろされる所ですよね!? マイナス評価から始まるんですよ!?

 しかも、あの第一王子殿下、とっても怖いんですもの。次にお会いする時どんな顔をすればいいのか分かりません!」


 王妃様からの内々の命令でも戦々恐々だったのに、王様から指名って、命令じゃん! 絶対断れないヤツ!!


「そうなのかい? ユーリウス殿下は人当たりが良いと聞いているけれどねぇ」


「こちらに責められる理由があったので仕方がないとはいえ、初対面で威圧を掛けられました。もう立っているだけで精いっぱいだったんですぅ」


 王妃様とのダブルコンボだったわよぉ!


「あー、それな、そこも評価していたぞ。ユーリウス殿下は賢者クラスの魔力量があるせいで、ちょっと魔力を放出すると、当てられた人がバタバタ倒れるそうなんだ。それを十歳のベアトリスが、わざと掛けた威圧に耐えたってな」


「初対面でぇ、幼気いたいけな少女にする事じゃないと思うんですぅ」


 涙目でじとっとおじいちゃんを見上げると、気まずそうに目を逸らされた。


「まぁ、試されたんだろう。それが理由の一つ。後は、俺が当主に返り咲いたという事で、ヴァルモア家が婚約者候補の後ろ盾として盤石だと判断されたんだ」


 おじいちゃんの信用度が高い!

 確かにおじいちゃんがいる間はいいけれど、あのポンコツじゃあ、この家門の未来は風前の灯火だったもんね。


「王家の覚えめでたいのは何よりですけどぉ、何故お祖父様はあの父に当主の座を譲ってしまわれたんでしょうか!? 昨日のお話を聞く限り、仕事もしていなかったそうじゃないですか! 十年ですよ!?」


「ううむ、それを言われるとなぁ」


 おじいちゃんは頬を指でポリポリ掻いて目を伏せた。相当言い難い話らしいわね。


「家の恥になる事だからここだけの話にして欲しいのだが」


 おじいちゃんが、ちらりとワンコを見る。


「誓約魔法を致しましょうか」


 躊躇わずそう言いだしたワンコに、少し考えてからおじいちゃんは頷いた。


「そうしてもらえるか。ベアトリスの件もあるからな」


 わたしの事ってなんでしょうかねぇ。

 こてんと首を傾げていると、おじいちゃんから溜め息吐かれたわ。なんでよ。


 おじいちゃんがすっと手を脇に差し出すと、その手に家令が契約書を載せた。

 は? どっから取り出したの!? ペンまで添えて。


 我が家の家令や執事、懐から色んなモノを取り出すのよねぇ? もしかして、そこに空間収納があるのか!? よ〇元ポケットなのか!?


 なんて妙な所に驚いている間に、叔父ワンコは誓約魔法にさらさらとサインしていましたとさ。


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