第10話 再婚したっていいじゃない、だってまだ三十路だもん
時間も遅いし、また改めて話し合いをしようと言って、叔父ワンコは後ろ髪を引かれるように帰って行った。
そしてまだおじいちゃんは戻ってこない。
そういう事もあり、今日は色々あって疲れたでしょうと、母に部屋へと追い立てられた。
母自身が、色々と気持ちの整理を付けたいのかもしれないわね。
十五年ぶりに聞いたかつての恋人の話に、揺れ動く女心~。
母は三十三歳。女ざかりだし、医療が発達しているこの国なら、まだ子供も産めるだろうし、それなら再婚だって大丈夫!
ただそうなると、わたし達とは別れて暮らす事になるよね。
わたしは前世、いい歳のおばちゃんだったから理解出来るけれど、思春期真っただ中の兄はどうかなぁ。
突然の両親の離婚に、もしかしたら母親が再婚する為に別の男の元へ走るかもしれない、なんて。
グレて、盗んだバイクで走り出すかもしれない。いや、バイクはないけれど。
とにかく怒涛の一日だったわぁ。
入浴して着替えるともう睡魔が訪れて、ふらふらとベッドへダイブした。
――日本の家族の夢を見た。
何という事もない日常だったけれど、それがとても幸福だったのだとしみじみとした夢で、起きたら涙で枕が濡れていたわ。
明らかに泣いた顔だと分かっちゃうのに、専属メイドは特に何も言わずに、心なしかいつもより優しく丁寧に朝の支度をしてくれた。
もしや、昨日の一件は皆に情報共有されてるのかしら。
いやいや、王妃様にお叱りを受けたとか、クソ親父と袂を別れたとか、そういうのじゃないんですぅ。前世の事を思い出していただけなんですぅ……なんて言えないわなぁ。
朝食には兄が顔を見せなかった。おや?
おじいちゃんもまだ戻ってないって。
まあ、おじいちゃんは領地に戻る必要もあるだろうしねぇ。急にこっちに来る事になったからさ。しばらく会えないかもしれない。
でもそうすると、母の事はどうなるんだろうと、ついじーっと母の顔を見つめてしまった。
「ベティ、どうしたの?」
「昨日お尋ねした件ですが、お祖父様がいらっしゃらないと話が進められないのでしょうか」
「昨日……」
こてんと首を傾げる憂い顔の美女。可愛さもプラスされて最強!
成人前後の娘時代しか知らない元婚約者のキリアン卿だって、この大人の色香を纏った美女にすぐ陥落するんじゃないかな!?
「お母様がこれからどうされるか、というお話です。叔父様がおっしゃっていたキリアン卿の件はともかく……いえ、でも、期間に余裕がある訳ではないようですし、ご本人たちに会う意思があるなら一度席を設けてもいいのではないでしょうか。お母様は謝罪もなさりたいのでしょう?」
呆気に取られた驚き顔も美しいわ。
ホントにこの美女のどこが不満だって言うのか、あのクソ……いや、ヤツの事はもういいや。
食後のお茶の香りも吹き飛んだかもしれないけど、是非答えて欲しいわ。
子供には言い難いかもしれないけどね。
母は目配せで使用人たちを下がらせ、わたしに手招きをして隣に座らせた。
「親の事で心配をかけてしまってごめんなさいね、ベティ。でもそう先走らないで欲しいの。離婚の件は成り行きで決まったけれど、その先の事はまだ漠然として、私も迷っているのよ。
本来であれば離婚と共にヴァルモア家と縁が切れてしまう私は、この家を出なければならないわ。でも、バルドとベティを置いて行くなんて……と、ここで考えが止まってしまうのよ」
そっかぁ。まぁそうだよねぇ。わたし達子供がもう少し大きくなっていたら違うかもしれないけど。
「叔父様は子連れで帰って来ても良いような話ぶりでしたよ?」
「そうね」
「お兄様は跡継ぎだから無理だとしても、わたしなら……あ、婚約者候補って、侯爵家令嬢だからという点も加味されている? でもどうせ補欠でしょうし、いっそ伯爵家に移ってしまえば更に条件が下回るかも……」
「ベティ、今更それは許されないと思うわ」
うっ。小声でぶつぶつ言ってたのに、しっかり聞かれてたわ。
「そうですよねー」
「さっきベティも言ってたように、今後の事はお義父様やお義母様を交えて相談する事になるでしょう。その結果、私が一人で実家に戻る事になっても、バルドとベティは私の子である事には変わりないわ。それだけは覚えていて欲しいの」
言葉を色々選んで話しているけれど、多分、母の中では一人で出て行くと決めているんだろうなぁ。
だったら尚更『砦ラウンダー』の存在が大事になってくるよね。
「もちろんです。たとえ離れ離れになろうとも、お母様はわたし達の母親である事に変わりありません! まぁ、父親の方は存在を記憶から抹消しますが」
「まぁ、ベティったら」
困った子ねぇ、というような眉尻を下げた苦笑を頂きました。
いいんですよぉ、あんなクズの事は!
「それよりもキリアン卿の件です。お会いになりませんの?」
昨日もそうだけど、母はこの話題に弱い。途端に目を逸らし、俯いてしまったわ。
女子って付き合ってる彼氏でも、嫌になって嫌いになって別れると決めた時には、もうミジンコほどの情もなくなってるような感じだよねー。割り切りが早いっていうかさ。
でも、母からはそんな負の感情が見えない。むしろ、ずっと心に大事にしまっていた、大切な思い出みたいな感じかしら。
「彼との事はもう終わってしまったのよ。しかも私の裏切りによって」
「お母様ではなく、エルガド伯爵のせいですよね。あ、前伯爵でした」
「それでも……会わせる顔がないわ!」
ああー、母が泣きそう。
「キリアン卿がどのように思っているか、まだ分かりませんよ。直接会うのが躊躇われるなら、この際お手紙を書いてみるのはいかがでしょうか。今までは一応夫のある身でしたが、もう離婚したんですし、気兼ねは要らないですよね?」
とかなんとか、励ましてるのか慰めているのか分からない状態で、少し落ち着きを取り戻した後、
「……手紙を、書いてみるわ」
とほんのちょっと前向きになったのにさぁ。
昼になって戻ってきたおじいちゃんが、今旬な話題の人物、キリアン卿を連れて来ちゃったのよね!
おじいちゃんの行動力があり過ぎてちょっと引いてます。
***
「いやー、本当に偶然なんだよ」
「元々のご予定ではない、というならば、どのようなおつもりでお招きしたのでしょうか」
母の心構えが出来ていないのに、いきなりご本人登場って。ほら、固まってしまっているわよ。
「国王陛下に当主交代の申請をして、王妃殿下にも謝罪の為の謁見をした後、帰ろうとしたらたまたま会ったんだ。ただ、面識はほぼなかったから、ちょっと強引に誘った訳だがな。何しろすぐに王都を発つと言うんでなぁ。その前にエリザベスに会わせてやりたくて」
「え、ちょっと何を言ってるのかしら? 面識がないのにお誘いしたのですか!?」
「直接顔を会わせた事がなかったんだ。だが、存在は知っている。何しろヴァルモア家の縁談のせいで、エリザベスと無理やり別れさせられたご仁だからなぁ。
あれはもう、こっちの手続きが済んだ後でエルガド伯爵の仕打ちを知ったんだ。という言い訳をした所で時間は戻らんがな」
「ええ、全くですね」
「ベティ、冷たいではないか」
「元々どうして婚約者のいたお母様に縁談を申し込まれたのか、そこから疑問でしたの」
「その時は正式な婚約を結んでいなかったんだ。内諾の段階だと聞いていたし、こちらは条件の良い令嬢が捕まらなくて焦ってもいた。
エリザベスには元々目を付けていたんだ。魔力量は高いし、固有魔法が身体強化だ。これは武門のウチ向きだと思ったんだが、内々に婚約をしていると聞いて一度は諦めたんだ。その後、他の令嬢の家々から断られ続け、最後にダメで元々とエルガド伯爵家に打診したら、あっさりと快諾されてしまったんだよ。円満に解消したので問題ないと言ってな。
何が円満だ! キリアン卿の後見を買って出たモーガン伯爵もかなり怒っていたが、もう引き返せない状況だった。
本当に、エリザベスにもキリアン卿にも悪い事をしてしまった。申し訳なかった」
と、おじいちゃんは母と、自分の後ろにいるキリアン卿だという騎士様にも頭を下げた。
ただ、二人ともお互いを見つめたまま、まだ固まってるんだけどねぇ。これ、どうしたもんかな。
「今回、ようやく離婚が決まって、エリザベスは我が家から解放される。そこにちょうどかつての婚約者がいたんだ。しかも卿は独身だと聞いていたしな。これはぜひ会ってもらって、積年の思いをぶつけあうのも良し、復縁するのも良し。俺が責任をもって見届けようと思って連れて来たんだ」
キリアン卿はまさしく今日、陞爵の件で王宮に出向いていたんだって。
『砦ラウンダー』として、長年国境を守り、魔獣を討伐して来た功績を持って、男爵から子爵位へと、更に領地を賜ったそうだ。
最初の騎士爵から男爵へ、そして子爵と順調に出世してる有望株なんだから、たくさん縁談とかあったんじゃないかなぁ。それなのに独身のまま、砦と結婚してるような生活。
もしかしたら、母に思いを残しているんじゃないかって思うわよねー。
用事が済んだから、勤務地の砦にそのまま戻る予定でいた所を、おじいちゃんに問答無用で拉致されてきたって訳か。
うん、ギリギリだったね! これはおじいちゃんを褒めてあげる所かしら。
まあそれはともかく、なんで応接室で立ったまま会話しているかって言うと、当事者たちが固まっちゃったからなのよねー。
母の前にはわたしが立ち塞がり、おじいちゃんの後ろにキリアン卿が控えている立ち位置。
このままじゃあ埒が明かないわよ。
――と思っていたら、ようやく、キリアン卿の石化が融けた。
「……え? あの、エリザベス、様が、離婚!?」
「そうだ。昨日付でな」
そこ、大事な事なのに説明してなかったんかい!
キリアン卿はおじいちゃんよりは身長が低いけれど、実戦に携わる騎士らしく、すごくがっちりしている、ちょっと優し気な目元のイケオジ。
そのイケオジが目を真ん丸にして母を見つめているのよー。
きゃー。何かが始まらないかしらぁ。
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