第13話 家令の言い分、執事長の悔恨
「それです」
「はい?」
「先月の初め頃、王家からのご親書が届いていたと、昨日の件があり初めて調べて分かったのでございます」
この邸に届いた手紙の類は、家令と執事長で仕分けをしているの。
普通の個人宛の手紙や招待状は、配達人から受け取るだけ。なんだけど、王家からの親書には必ず受け取りのサインが必要になる。
本当に大事な通達は使者が立てられ、当人に手渡されるし、下手するとその場で返信をしなければならなとかあるらしいよ。
今回の第一王子の婚約者候補の打診のお手紙は、そこまでのものじゃないから受け取りサインで終了したって事よね。
王妃様のお話しぶりから言っても、念のため聞いてみようかなーって感じのお手紙だったみたいだし。
それでも王家からのお手紙だから、最優先で当主へ渡されなければならないわけよ。
我が家の場合、クソ親父ではなく、おじいちゃんへ。
普段、常設型の転移魔法陣で手紙類は全部おじいちゃんに送っていたそうなの。だから今回もそうするべき所なんだけど……。
「郊外の別宅で雇われている執事がやって来ては、レイモンド様個人宛の手紙類を持って行くのですが、たまに仕分け前の物をそのまま持ち帰る事がありまして。
奥様や坊ちゃま宛のものまで持って行ってしまうので、こちらからわざわざ取り返しに行かねばならず、その度に散々苦情を申し立てるのですが、記憶力が乏しいのか何度か繰り返す始末。
先月初めもそうであったと、調べていく内に分かりました。
受け取りをした執事がすぐ気づくべき所を、間が悪い事が重なり不手際が続いてしまったのでございます。
これも全て、最終確認するべき私の落ち度でございます。申し訳ございません」
深々~とフォルグさんに頭を下げられた。
詳しく聞くと、その執事、時々ポカをやらかしてしまうそうだ。
先月の初めというのは母の誕生日があり、その祝いの園遊会の準備とかで忙しかった時期。
で、件の執事はその頃退職する予定で、最後の仕事の引継ぎとかで慌ただしく、受け取りした王家の親書をそのままに、呼ばれて席を外した所を別宅の執事がまとめて手紙を持ち帰ってしまったらしい。
本人がそれを思い出してくれればよかったんだけど、忙しさにうっかり忘れてしまったそうなのよ。
うっかりってあるわよねぇ。
だがしかし! それ絶対忘れちゃいけないヤツ! なんで忘れたまま退職してそのままなのよぉ!
ここの執事を退職した後、別の仕事にすぐ就いて、自分の事で精いっぱいで忘れ去ってしまってたんだってよぉ。
執事長が連絡を取ったら、「あっ!」って言ったって。「あ」じゃねぇよ!
うっかりさんは受け取った記録も残していなかったのが災いしたわよねぇ。
届いた手紙類は記録簿に記入しておくルールなのにねぇぇぇ。
つまりは、家令も執事長も王家の親書に気づかずに、寝耳に水だった訳だ。
昨日発覚したのによく調べたものよねぇ。まぁ顔がやつれているし、寝てないのかもしれない。
「教育不足、管理不手際。ヴァルモア家の臣としては慙愧に堪えぬ所業。事の後始末を終えた後、私は身を引かせて頂く所存にございます」
フォルグ・イズ・アストラ。グレイヘアのナイスミドル。
彼はヴァルモア侯爵家の分家筋の伯爵で、家は代々家令職を務めているんだって。
フォルグさんが辞めたら息子さんが跡を引き継ぐって事かな? 家令の補佐兼執事の一人として働いているよね。
「フォルグ、それは後で話し合おう」
おじいちゃんは引き止めたいようだ。
確かに、本来当主であるクソ親父がろくに居つかないこの別邸と、領地の城にいるおじいちゃんを橋渡しして仕事を回しているのがこの家令だもん。
伯爵である家令だからこそ、ある程度の裁量権が与えられてて、使用人たちも指示に従っている訳よねぇ。
クソ親父が当主になった時、ベテラン勢の家令と執事長と家政婦が、おじいちゃんに着いて行かずにこの別邸に残ったのは、ポンコツ当主の監視を兼ねて我が家が困らないようにする為だよね。
「はい。先走り、申し訳ございません」
また深々~とおじいちゃんに頭を下げたフォルグさん。
「でもフォルグさん、責任を、というのであれば、執事長こそではありませんの?」
仕事と使用人の総監督が家令だとすると、使用人の差配をして執事を束ねているのが執事長って所よね。
「そうでございますが、今回は執事長本人が打撃を受けておりまして。
件の執事、実は執事長の末っ子でございました」
あちゃあ。それはそれは……。
フォルグさんがおじいちゃんに許可を取り、執事長がこの応接室に呼ばれてやって来た。
うわぁ、ひっどい顔色ぉ。て驚いたのも束の間、執事長はおじいちゃんとわたしが見える位置に来ると、その場に平伏し額を床に付けた。つまり土下座。
「この度は拙の息子が大変な不始末を仕出かし、ご当家に多大なご迷惑をおかけいたしました。誠に、誠に申し訳ございません!!」
普段は能面のように無表情を貫いているのに、悔しいのやら悲しいのやら、とにかく感情が出まくりな蒼白な顔で謝罪した。
それに頷いて見せるおじいちゃんが、何故かわたしに視線を送ってよこした。
ああ、執事長は既におじいちゃんに対して謝罪しているのね。だから今回はわたしがこの謝罪を受け取るかどうかって……ことか!?
この執事長もただの使用人ではなく、家臣の一人で子爵。
セルバンティス・ヨランド。おじいちゃんよりちょっと年下。
普段は隙なく白髪混じりの栗色の髪をオールバックにしているんだけど、少し乱れてしまっている。灰色の瞳も光がないわ。
「セルバンさん、謝罪は受け取ります。どうか顔を上げて下さい。もしやあなたも辞職するつもりですの?」
当該の執事は既に退職しているけれど、後付けで『懲戒解雇』に変更してもらうべき案件かもね。こちらに『懲戒』ってあるのかしら。
それに、執事長にして父親であるセルバンさんも責任を問われるのは当然で、辞職もやむなし……なんだけどさぁ、家令も執事長も一緒に辞められたら、残された人たちが大変じゃない?
「旦那様には既に辞職願いを申し出ております。いえ、解雇が相当でございます。
また、すでに退職した我が愚息に関しても、『退職』ではなく『解雇』に変更申請いたします。
私は引継ぎが出来次第、身を引かせて頂きたくお願い申し上げます」
セルバンさんの上の息子さんと娘さんは執事職に就いていない。ヴァルモア家の文官として働いているんだってよ。
末っ子次男だけが、父親の跡を継ぐべく執事見習いになったという。でも見習いが取れたのに、時々ポカをやる。どうも向いてないかったみたい。それで兄や姉のように文官に転職したそうだ。
「確かにそれが適当かと思いますわ。でもね、急にいなくなられるととても困ってしまうの。引継ぎだってすぐには無理でしょう? 任せられる人材の目星は付いていて? 育成にも時間がかかると思うわ。数か月単位? もしくは数年単位かしら。
お祖父様はどのようにお考えですか?」
ぐふっ、という息を吐き出す音がした。出所を見ると叔父ワンコの肩がふるふるしているわ。もしや笑いを堪えているの? 遠回しに執事長を引き留めているのが分かってしまったかしら。
おじいちゃんはどうかな? と視線を戻すと、眉尻を下げた困った顔を向けられていたわ。
「ベアトリスの気持ちは分かった。だが、けじめは着けなけらばならん。年単位で引継ぎはない。長くて半年。その後、領地への転勤を命じる。本邸の執事長の補佐に就いてもらう」
青白い顔を上げて目を瞠るセルバンさんは、首を横に振った。
「ですがそれでは示しがつきませぬ」
「家令と執事長に次々辞められては家の醜聞となる。おまえたちは使用人ではなく家臣だ。勝手に辞めるなよ?
だが、おまえの末っ子は見逃せない。ケジメを着けさせろ」
最後は睨むように凄んで見せるおじいちゃん。
セルバンさんはジワリと目に涙を滲ませ、また平伏した。
「過分なご配慮、ありがとう存じます!」
う~んと? つまり当主命令で末っ子次男を『解雇』にするんじゃなくて、セルバンさんに父親として文官も辞めさせろって事かな?
自主退職扱いにするんだろうな。ただ、その後はもうヴァルモア家では働けないだろう。
今回の最悪のやらかしはクソ親父ではあるけれど、もし、末っ子執事が仕事をちゃんとしていれば防げた案件だ。さすがにこれは庇えない。
家令のフォルグさんは、わたし達の冷めたお茶を入れ替え、ティーポットを置いてから、執事長のセルバンさんを伴って退室して行った。
いい加減、お茶はもう入ってないんじゃ……と思って好奇心に駆られ蓋を取ってみたら、なんと! なみなみと紅茶が入っていたのよ! どうなってるの!? と不思議がっていたら、また叔父ワンコに笑われたわぁ。
「それは魔導具のティーポットだ。いつでも熱いお茶が減ることなく満たされている」
へぇぇ、凄いな異世界!
教えてくれたおじいちゃんは、さすがにもうお腹たぽたぽみたいで、お茶には口を付けなかったわ。
「さて、ベアトリス。ここで一つ確認しておきたいことがある」
改まってなんだろう。
少しだけ首を傾げておじいちゃんを見つめると、ニヤリと笑う。
「おまえは『神の恩寵』持ちだな?」
「えっ!?」
叔父ワンコ、ぎょっとしてこっち見るの止めて。
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<作者より>
明けましておめでとうございます……とは言い難い元日の地震災害。
まだろくな支援も得られていない状況のようで、お見舞い申し上げます。
こちら、新年初の更新です。
引き続き説明回でした。
次のお話ではベアトリスが転生者だとバレちゃった件と、お母さんがどうなってるか、まで書けたらいいなーという段階です。
どうぞ今年もよろしくお願い致します。
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