第4話 王妃様の圧も強くて怖くて窮地に立たされる
通された場所がやばい事に王宮の奥の間で、許可のある者しか入れない区画の応接室だった!
しかも部屋には王妃様もいらっしゃった。聞いてないよー!
ガッチガチになりながらも、慣例通りの挨拶をなんとか述べ、促されて兄と二人ソファに腰かけるも、王妃様と第一王子の怖い微笑みに顔面蒼白だよ。
「ふふふ、まあそう固くならないで。もうじき、あなた方のお母様もおいでになるわ。揃ったらお話を始めましょう」
王妃様はいくつかある公爵家の出身で、美貌に頭脳を兼ね備えた国母である。王子たちと同じく、艶めく金髪に、透明感のあるサファイヤの瞳。その目が笑ってないのよ。
優しそうな声で、優しく話しかけられても、威圧感半端ないって。
息を吸うのに努力がいるとは初めて知ったよ。
手汗が尋常でなく、本日のワンピースドレスの淡いピンクのスカートを、ついぎゅっと握りしめる。この生地、汗の吸収が良くないわ。
「失礼します。ヴァルモア侯爵夫人をお連れ致しました」
この場合、母が救世主になるとは思えない。何しろ母も顔面蒼白だから。
それでも侯爵夫人として隙のない身のこなしで、優雅に礼をして見せるなんてさすがだな。
母が席に着くと、前置きを置かず王妃様が話始めたわ。
大抵、お茶とお菓子を食べながら雑談で場を温めてから本題に入るって、マナーの先生に教わったのに。
まあ、この席はお茶会ではないからか。
「それでは始めましょうか。
今日の『園遊会』の目的は、第二王子サーフェスの婚約者候補として相性を見る為に、似た年頃の令嬢を多くご招待したの。これには気づいているでしょう?」
あーやっぱり。母も「はい」と相槌を返す。
「侯爵家と伯爵家の十歳以上、十五歳以下のご令嬢全員に、それぞれの事情を度外視して、礼儀として招待状を送ったの。
内々に婚約が調っていたり、跡継ぎだったりするご令嬢もいるけれど、王家からの招待だから、
なんでかしら、含みがあるような気がするのは。
「ところで先日ね、第一王子ユーリウスの婚約者候補を数人選出したの。
王家としてはより能力に優れた令嬢を迎えたいと、神殿に協力を仰ぎ、魔力量が多く、複数の属性魔法が使える優秀な人物を常に把握しているの。
現在能力と血筋、家格を鑑みて、ユーリウスと年頃の合う令嬢を四人選んで打診したところ、既に快諾されているわ」
「左様でございましたか」
話の着地点が見えないので、返答は短くなっちゃうよね。
母がいるし、王妃様も母に向かって話しているので、わたしと兄は置物状態よ。
ただ、なんだかイヤーな予感がヒシヒシとするわぁ。
「本当なら、その四人で候補選出はお終いにするつもりだったのだけれど、新たに、とっても強力な魔力量を持つご令嬢の情報が神殿から上がって来て、少し年齢が離れているけれど、彼女も候補に入れてみてはどうかと審議に掛けられたの。
それで、とりあえず打診してみましょうかと親書を送ったのよ」
この話の流れ的に、まさか……
「打診した先はヴァルモア侯爵家よ」
「「「えっ?」」」
母と兄とわたし、初耳な内容に思わず声が出ちゃったわよ!
何よそれ、聞いてない!!
「ベアトリスさんとユーリウスは五歳年が離れているけれど、非常識なほどでもないでしょう? だけど侯爵からはお断りされてしまったのよ」
「「「ええ!?」」」
「その理由がね、『ベアトリスは体が弱く体調不調な為、領地にて静養させようと思っている。とても王子妃候補としてお役には立てない故に辞退申し上げます』なんですって!」
「「「はぁ!?」」」
寝耳に水ってまさにこれ。
開いた口が塞がらない。王族を前に大変不調法だけどさ。
しかしあの親父、何してくれちゃってんの!?
「それなら致し方がないわ、と思っていたのだけれど――今日の園遊会よ。
断られる前提で礼儀として招待状を送ったのに、参加の返事があったというじゃない。そして実際、ベアトリスさんはご家族と何事もなかったかのように参加していたわ。とても驚きましたのよ?
それでユーリウスに確認の為迎えに行ってもらった訳だけれど……ねぇ、ベアトリスさん、あなたはとても健康そうに見えるけれど、実は持病があるのかしら?」
王妃様の視線が! 視線がわたしに刺さってるぅ!
「母上、それは先ほど本人に確認済みです。健康だそうですよ」
「あらあら、じゃあ侯爵は何故あのような辞退の返事をしたのかしら」
それはこっちが訊きたいよ!
「もしかしたらだけど、ユーリウスじゃなく、サーフェス狙いだったのかしら?」
いやいや、とんでもないっス! 王子の婚約者なんて夢に見た事もないっス!
なんて言葉に出来ないまま、ただただ首を左右に振った。
母の顔を窺うと、白すぎて儚く消えそうだ。
逆隣の兄を振り返ると、青白い顔のまま首を振っている。知らなかったよね?
「お、畏れながら、王妃様。誠に情けない事ではありますが、先ほどのお話、わたくし共は初耳にございます」
「まあまあ、そうなの?
侯爵はずいぶん詰めが甘いお方のようね」
本当に!
そうしたい事情があるなら、こちらに根回ししろってぇの!!
もしかして……あの親父、ポンコツ?
無表情で無口だから、冷たい以外どういう性格なのか分からなかったけど、こんなすぐばれる嘘を王族に対して使うだなんて、頭悪いんじゃない!?
家令や執事は、今日の園遊会にわたしたちが出席するのを知っているのに、父に知らせなかった? 連絡が行き違っているとか? 分からん。
ここにいない人間の事をあれこれ考えた所で、この窮地を救ってはくれないしなぁ。
「王族に対し虚偽の申告をするとは、ヴァルモア侯爵は大人物のようだな? 通常であれば反逆者として捕えなければならない案件だ」
第一王子が容赦ない!
「も、申し訳ございません! 夫が何を考えてそのような事をしでかしたのか、滅多に顔を会わせないわたくしどもには分からないのでございます!」
母がソファから滑り降り、床に額づいた。
ハッとして、わたしと兄も続いて床に平伏した。
ポンコツ親父の連座で処罰とか、ホント、止めてぇぇぇ!!
「あらぁ、やはりそうなのね?
療養するはずのご令嬢が、園遊会に参加の返事をする時点でおかしいとは思っていたのよ。
まぁまぁ、そんな床に座っていないで、ソファにお座りなさいな」
王妃様に促されたけれど、すぐに立ち上がる事はせず、顔だけ上げた。
知らないから許される――なんて事はあり得ないんじゃない? 王族に対する不敬も加算される?
どうすればいいのよこれ!
強張ったまま床に正座するわたし達を眺め、王妃様は小さく溜息を吐いた。
「侯爵の思惑はまだ不明だけれど、
その代わり、ベアトリスさんにはユーリウスの婚約者候補になってもらうわ」
拒否権なしってやつですね!?
いやいや、それで不問にしてもらえるなら喜んで!!
「謹んでお受けいたします」
わたしが答えて平伏すると、母と兄も揃って頭を下げた。
その後、
何を書いているのか知らないけど、たぶん二度目はないって念を押す内容じゃないかしらぁ。あはははー。
とりあえず、首の皮一枚繋がってる状態よね。
ああ、目茶苦茶気が重い。
***
<第一王子視点>
「先ほどは伝えなかったけれど、ヴァルモア侯爵には庶子の娘がいるのよねぇ。その娘を嫡子のベアトリスの代わりに候補にしたい、なんて正気を疑ってしまうわね」
母からはヴァルモア侯爵からの返信を読ませてもらっている。
嫡子のベアトリスは病弱ゆえに候補を辞退するが、代わりにもう一人の娘・マリアンナではどうかという追伸が書かれていた。
準男爵の娘、つまり平民の内縁の妻が産んだ娘もまた平民だ。我が国の法律では、貴族と平民は婚姻出来ない。高位貴族の当主が知らぬはずもないのだが。
もしかしたら、その庶子の娘と特別養子縁組(継承権を含む養子)をして侯爵家令嬢に仕立て上げるつもりか?
「庶子の娘はベアトリスと同じく十歳で、あちらが数か月先に生まれているようね。それでも魔力量が多いとか、希少な固有魔法や属性魔法が使えるならまだしも、どちらもベアトリスとは比べ物にならないわ」
神殿の情報では、マリアンナという庶子は、魔力量が五十六、属性は「水」「土」「闇」。
平民で属性が三つあるのは優秀な方だが、いかんせん魔力量が足りない。
十代の内は体の成長と訓練とで魔力量を増やせはするが、それでも平均で二~三程度だという。
対してベアトリスは既に魔力量が七十九ある。そして何より全属性に適性があるという。だが残念だ。
「それでもねぇ。当主が無能では、例えシオンの妃となっても後ろ盾になれないわ。惜しいけれど、ベアトリスは万が一の補欠という認識でいなさいね」
魔力だけで言えば、婚約者候補の中でダントツに優秀なのだ。
しかし、五歳も年下の子供であり、あの侯爵が当主である限り、ベアトリスを選ぶ事はない。
まだ立太子されてはいないが、特に問題が起らない限り、いずれわたしが王太子となる予定だ。
王太子妃の父親が、無能のヴァルモア侯爵だなど許されない。
「承知していますよ、母上」
ああ、そうだな。わたしの婚約者が決定して、アンリの婚約者がまだ未定なら、そちらへスライドさせるのも手かもしれない。
なにしろ学友の妹だからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。