第5話 ポンコツ親父はクズ野郎でもあった

 

「父上はなんて事をしてくれたんだ!」


 あれからすぐにわたしたちは王宮を後にした。

 その帰りの魔導車の中で、兄は頭を抱えている。

 ええ本当にそうよねぇ。家に帰ったら家令と執事を小一時間ほど問い詰めたい。


「もしかしたら、旦那様は庶子の娘を代わりにしたいと思っているのではないかしら」


 ぎょっとして母を振り返る。

 小さく呟くような母の声は、狭い車内だからはっきりと聞き取れてしまったわ。

 わたしは父方の祖父から聞いて知ってるけど、今まで母が、父には別の家族があるんだ――て話した事なかったじゃない。ここでぶっちゃけるの!?


「え? 母上、庶子って……どういうことですか!?」


 あーあ、兄は全く知らなかったみたいねぇ。微妙なお年頃の少年に、こういう生々しい話をしてどう受け取るかなぁ。


「バルド、ベティ、あなた達も知っておかなければなりません。

 あなた達の父親には、わたくしの他に“内縁の妻”がいるのです。その妻との間に三人の子供を設けています。

 バルドより一歳年上の長男、ベティより数か月早く生まれた長女、今年五歳になる次男という庶子三人です」


「そんな……」


 うんうん、ショックだよね、お兄ちゃん。口を金魚のようにぱくぱくさせているけど、言葉が続かないみたい。

 わたしも最初聞いた時、唖然としたわぁ。


「旦那様は週に三日だけ、私達が暮らす本宅に戻って来ますが、その他は内縁の妻がいる郊外の別宅で生活しているのです。どちらに重きを置いているのか、それで分かりますね?」


 この世界? 国? の一週間は十日間。その内の三日だけ本妻のいる本宅にやって来て、残りは“本物の家族”の元へと帰る生活を送っているんだってさ!

 はー、晩餐の時以外顔を見ないと思ったら、本当に三日しかいなかったんだ。

 その晩餐を共にするのも、おじいちゃんに命令されたからだってわたしは知っている。

 なんだか本妻側が日陰者のようじゃない? クソが! いや、クズか?


「そんな……」


 そんな、しか言えなくなったお兄ちゃん。

 与えられた情報と渦巻く感情のせめぎ合いって所かなぁ。


 あのクソ親父、母とは没交渉。わたしに至っては完全無視。そんな中、兄は唯一僅かながらも交流を持っていたもんねぇ。少しは父を慕う気持ちがあったのかも。

 わたしは既に見限っているけどね!

 あっちが無視するなら、わたしだって無視するさ! それで全然困らないっていうのもどうかと思うけど。


「私達はお父様にとって何なのでしょうね」


「侯爵家当主としての義務の証、という所かしら」


 貴族の義務だけで成立する家族かぁ。

 話す母の声は平坦で、感情を抑えているように感じるなぁ。


「どうして!? “正妻”の母上がいるのに、何故“内縁の妻”がいるんです!? おかしいでしょう!」


 おかしいよねー。わたしもそう思うー。

 声を荒げた兄に、母は苦しそうに眉根を寄せている。そりゃー心穏やかではいられないわぁ。


「私が嫁いだ時には既に内縁の方がいたのです。しかも妊娠していました」


「はぁ!?」


「内縁の方は、準男爵の娘だそうです。つまり、本人は平民。正妻に迎える事は出来なかったから“内縁”扱いにしたというの」


 そこまで話した母が、急にくつくつと笑い出した。

 ええ!? えーと大丈夫?


「“真実の愛”で結ばれているのですって!

 内縁の妻の存在を知った私に、『お前を愛することはない』と旦那様は宣言したのよ!」


 うわっ、出たよ!

 ラノベでよく読んだ、『真実の愛』系と、『お前を愛する事はない』系か!

 それにしても、ホントにそれ言うヤツがいたんだなぁ。って父親かよっ!

 ポンコツ親父はクズ野郎でもあったんだな!


 ドン引きしているわたしの目の前で、母は両手で顔を覆ってしまった。

 あああ、精神的にきてるみたいだねぇ。

 クズな夫に振り回される辛さ、よく分かるよ。


 日本人だった時はすぐに離婚したけどさ、あのクズ元夫には離婚した後も煩わされたんだ。

 もう赤の他人だっていうのに、「金貸してくれ」だとか、実家にまで押し掛けて来て、しかも妊婦の彼女連れで「助けて欲しい」とか、厚顔無恥にもほどがあるだろ!!

 あーもう、あのクズを思い出すと今でもハラワタが煮えくり返るのよ!


「お母様は……ずいぶん辛い目に遭われてきたのですね」


 怒りを押し込めたせいか、ちょっと声が震えたわ。それがこの場合良い方に働いた。

 衝撃的な内容に、悲しんでいると思われたみたい。

 実はもう知ってましたーとはこの場で言い難いもんね。


「……ごめんなさい、ベティ、バルド。こんな話を聞かせてしまって」


 母の実家は伯爵家で、ヴァルモア家より格下になるから当てには出来ない上に、嫁ぎ先では夫には見向きもされないなんて、すんごく心細かったと思うのよ。


 実際、一度わたしから伯爵家に連絡を取ったことがあるのよね。

 あの父親じゃあ、わたし達ってかなり立場が弱くなると思ってさ、母方の実家にも状況を説明して、運が良ければなにがしかの力になってくれないかなぁってね。

 会った事がないし、期待はしてなかったよ。

 でもまさか孫が連絡してきたっていうのに、本人たちと話も出来ないなんて思わないじゃない!

 わたしと話したのは執事で、慇懃無礼に「わたくし共ではお力になれません、との事です」という短い伝言を伝えられて終わったわ。


 ム カ つ く !!


 対して、ヴァルモア家の祖父母は、わたし達を気遣い、後ろ盾になると言ってくれたのよ!

 何しろヴァルモア侯爵家の実権のほとんどは、引退したはずの前当主がまだ持っていたっていう実情。

 クソ親父がポンコツだって分かってたからなのかしら。


 侯爵位を継承させるにあたって、おじいちゃんが出した条件は、妻のエリザベスを尊重し、最低でも週に三日は晩餐を共にする事、二人は子供を設ける事、なんだってさ。

 おじいちゃんの思惑とは裏腹に、クソ親父は最低の最低ラインギリギリを守っているに過ぎないわね。“妻の尊重”、どこ行った?


 なんで爵位を譲ったんだろう。おじいちゃんのままの方が確実に良かったと思うんだけどなぁ。


「ごめんなさいね。こんな事まで話すつもりはなかったの」


 少しの間を置いて、母は溜息を吐いてから両手を降ろした。涙で潤んだ目尻が赤い。

 もしかして、「おまえを愛する事はない」とかいうくだり?

 ははは、うん、ちょっと赤裸々だったね。


 いっそのこと、図太く「亭主元気で留守がいい」位に思えれば楽になるだろうにさぁ。

 母の場合は簡単に離婚出来ないみたいだし、だったらこっちも自由に振舞ってもいいんじゃない? って思うんだ。


 だから以前、「心の恋人を作ってみてはいかがでしょう」と提案したのよねぇ。

 “心の恋人”って、つまり『推し』を見つけて後援課金したらって事よ。

 生活に潤いとハリが出ると思ったのよぉ。ちょっと理解されなかったけど!

 でも、母は芸術家のパトロンになっているから、それが『推し』になるのかしらね?


 ちょっと思考が明後日の方向に向かい始めたので、頭を左右に振り車窓に目を向ける。

 おや? 貴族街の街並みとは違っているのにやっと気づいた。


「お母様、道が違います」


「いいえ、合っているわ」


「どちらに向かっているのですか?」


「王妃様の親書をいけないの。事が事だけに、邸に戻って旦那様が戻るのを待つ訳にはいかないわ」


 ソウデスネ、急ぎの案件ですもんね。

 えっ、でもちょっと待って? もしかしなくても郊外にあるという、父の愛の巣に向かっているの!?


「まさか……母上?」


 楽天的な兄も、さすがにビビり始めたね。


「現実を直視する事も必要だわ」


 もしかして、母はブチ切れていた!?




 ***




 到着するまでの間、わたしは祖父に魔導通信機で連絡を入れました。

 祖父直通で音声しか繋がらない小型機(スマホくらいの大きさ)だけど、七歳の誕生日にプレゼントされて以来、ちょくちょくこちらの様子を知らせているのよ。

 ふふふ、わたし、実家の情報を漏洩するスパイなのだ!

 替わりにおじいちゃんからも色々教えてもらってるけどね。


 今回の、第一王子の婚約者候補辞退の案件は、早急に何らかの対処をしなければ、ヴァルモア家として非常にまずい事になるんじゃないかって思ったわ。

 王妃様は寛容にも「今回は見逃す」と言ってくれたけれど、それを鵜呑みにして父任せにしたら、更に悪化しそうだもん。


 通信機で繋がった祖父に、出来るだけ詳しく、知っている事実のみを説明したら――


『はぁぁぁぁぁ――――――』


 盛大な溜息が聞こえてきた。

 ああ、まぁねぇ、そうなるよねぇ。


『…………あいつはもう駄目だな』


 ぼそりと、低ーい呟きが聞こえたぞ、おじいちゃん。


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