愛憎一本っ! 一番搾りっ!!!

たってぃ/増森海晶

愛憎一本っ! 一番搾りっ!!!


「だからね、友情もお金と同じなのよ。身の丈にあった付き合いが大切なのよ」


 そう、持論を語る妻の笑顔は輝いている。

 男は青ざめて、自分が取り返しのつかないことをしてしまったと後悔した。


 テーブルには、妻が買ってきたのだろうを2リットル軽く超える大型のフードプロセッサー、全裸にされてイスに拘束された友人、そして1リットルのビールジョッキが二つ。


 なんだか、イヤな予感がする。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 数時間前。


「はぁ」


 男は仕事の帰り道でため息をつく。

 昨晩、妻とケンカをした。

 ケンカの原因は、親友を助けるために、自ら連帯保証人になろうとしたからだ。

 両親の借金で苦労した妻は激怒して叫ぶ。


「私は両親のせいで、めたくもない苦汁くじゅうを舐めた! あなたも私を苦しめるのかっ!!!」


 そんなつもりはない。考えすぎだ。感情的にならないでくれ。アイツが逃げるわけない。失礼だ。落ち着け。大切な友達なんだ。と、宥めれば宥めるほど妻は激怒して、今朝からは口をかずに、お互いに仕事に行ってしまった。

 

 きっかけはお見合いだったが、男の方が妻の頼もしさに惚れこんで、頼み込む形で結婚したのがつい先月。

 学生時代から苦労している分、妻は現実において常にシビアな考えで、着実で堅実な仕事ぶりが評価されている。ぶっちゃけ、男よりも年収が上であり、離婚したとしても、妻に対してなんのダメージもないのだ。


 別れるなんてイヤダ。

 新婚なのに、このまま捨てられるのはイヤだ。

 自分の気持ちを誤解したまま、離婚になるなんてイヤダ。


 イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。


 出口のないループする思考。

 それを打ち消したのは、スマートフォンの着信音だった。

 メールの送り主は妻からであり、送れらて来た文面に男の顔が安堵で緩む。


【緊急指令!】

 離婚されたくないのなら、二つの指令を出すので必ず実行すること。


 指令.1

 近所のHeySeyヘイセイマートで以下の物を各1で買ってくるように。


コンビーフ

レンコン

からあげ

落花生

もも缶

ようかん

ロールケーキ

ししとう

くさや


PS.

指令.2は、家に帰ってから指令を下す。

例のお友達も待っているよ。


「あ……あぁ」


 メールを見た男は、情けない声をあげて喜んだ。

 どうやら妻は男の友人を招待して、話し合いの席を設けようとしているらしい。

 その証拠に、買い物リストの頭一文字かしらいちもじを縦読みにすれば。


――【これからもよろしく】


 と、なるのだ。


 男は喜びと期待で胸を弾ませて、急いで買い物をすませて家に帰った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 数時間後。


「会社の帰りに、あなたの友人に襲われたの。無理やり弱みを握って、私とあなたを都合よく操りたかったのだろうけど、逆に返り討ちにしてやったわ」


 笑っていない笑顔で、友人の髪を掴んで男の方へと無理矢理顔をあげさせる妻。友人の顔は見るも無残に腫れあがって、よだれが垂れる口からは何本も歯が抜けているのが見えた。この様子だと、抵抗する意思も気力も起きないレベルまで痛めつけられたらしい。


 男の妻は総合格闘技の経験者だ。

 だが格闘関係の資格ライセンスは取らない。資格をとった同性の友人たちが、襲ってくる男を返り討ちにした結果、過剰防衛とみなされて逮捕されたらしいのだ。身を守るために護身術を取得しても、資格を取ったら一気に割が合わなくなる。


 能ある鷹は爪を隠す。

 それは妻にぴったりの言葉だ。


 知らない人間が見たら、彼女が格闘技をしていると言っても、大したことないと高をくくる。それは、男の友人も例にもれなかった。


「あの、指令.2は?」


 恐る恐る尋ねる男に対して、妻はにっこりと「ちょっと、待っててね~♪」と言った。食材の包装を破り、フードプロセッサーに入れられていく食材たち。

 

 コンビーフと、レンコン(泥付き)と、からあげと、落花生(殻付き)と、もも缶のもも(缶詰の汁も全部)と、ようかん(業務用)と、ロールケーキ(業務用)と、ししとう(冷凍パック)と、くさやを。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……。


「あら、思ったより少ないわね」

「「…………」」


――どん!

 と、二人の前に置かれるビールジョッキ。


「指令.2は、この特性スペシャルドリンク【これからもよろしく☆ エターナルエディション】を、二人で協力して飲み干すことよ。まさか、泥付きや殻付きを買ってくるなんて思わなかったんだけどね」

「……だって、特に指定されていなかったし。殻付きの方が美味しいから。泥付きの方は、そっちの方が新鮮だと思ったからで」

「だからって、冷凍パックや業務用をなんでわざわざ買ってきたの? 冷蔵庫の空きスペースぐらい、普段から把握して欲しいわ」

「だって、青果せいかコーナーにししとうがなかったし、君は甘い物が好きだから、たくさんあった方がいいと思って」

「……もう、あなたに買い物は頼まないわ。それで、どうなの? 飲むの? 飲まないの?」


 長々と続く言い訳をぶった切り、妻は笑顔で圧をかける。

 1リットルのビールジョッキに、なみなみと注がれる茶色のドロドロとした液体。

 ハバネロやシュールストレミングのような劇物が入っておらず、がんばればなんとか飲み干せそうな絶妙さ。

 からあげとコンビーフのせいで水面にギトギトとした油と、食材の破片(主に落花生の殻)が浮かび、くさやとももの匂いの不協和音。冷凍パックのししとうと、業務用のようかんとロールケーキのせいで、ちょっとぐちょっとしたスムージーにも見えなくはないが、茶色の液体に垣間見える、泥だった黒い名残りのインパクトに男はその場で嘔吐おうとした。


「私はね、学生時代に親のせいでいらない苦汁を舐めたの。だから、これから私に、いらない苦労を強いるあなたたちには、あらかじめ100%の苦汁を飲ませたいわけ。わかる?」


 男と友人は絶句してお互いを見る。


 いまこの瞬間に

 確かな絆が芽生えた気がして

 盃を交わすように

 視線を交わして

 言葉の要らない、言葉を交わした。


――【これからもよろしく】

 と。


「それじゃあ、いくわよ! 二人の美しい友情を、私に見せてねっ!!!」

「「いやだああああああああああああっ!!!」」


 二人分の絶叫が、夜の町に響き渡った。


【了】

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