第19話『英雄との出会い』テオドール視点

フランシス・リンドブルク公爵に養子に来ないかと聞かれたあの日のことは今でも鮮明に覚えている。


 リンドブルク公爵家に養子に入り、名前がテオドール・リンドブルクと変わる前、俺は父親が浮気で外の女性に産ませた私生児だった。


 元の家族であるブリュッセル伯爵家からは私生児だと言われ、虐げられて過ごしていた。


 そんな俺のブリュッセル伯爵家での立ち位置など有ってないようなもので、まぁブリュッセル伯爵夫人の実子である兄上達に教育だと言う名目で憂さ晴らしに叩きのめされる日々だった。


 古くから他国との国境を接しているブリュッセル伯爵家が治めている領地に隣国が攻め込んできた事で俺の日常は激変した。

 

 将軍として戦地となった隣国との国境があるブリュッセル伯爵領へ他の二将軍と共に兵を率いて当時まだ小公爵だったフランシス・リンドブルク公爵が来たのだ。


 我が国には五人の将軍がグラシアル王国を守っており国の中心にある王都を王弟殿下が、そして東西南北を他の四人の将軍が守護を固めている。


 立派な体躯の軍馬に跨がって領地にあるブリュッセル伯爵家にやってきた、壮年の筋骨隆々の雄々しい将軍に混じる金髪碧眼の青年の異質さは今でも鮮明に覚えている。


 将軍なんて地位についているとは思えない上品ですらりとした体格、争いごととは無縁であるようにすら感じられる優しげなフランシス様は他の二将軍と比べてあまりにも異質だった。


 金糸のような前髪をオールバックに撫でつけて、やや垂れ気味の瞳には透明度の高い碧い宝石が嵌っているのではないかと思うほどだ。


 ブリュッセル伯爵家の使用人たちの噂では年齢は他の四将軍たちよりもかなり若くまだ二十八歳らしい。


 若くして将軍に抜擢される程の実力があるフランシス様はブリュッセル伯爵家の……俺の腹違いの兄達も含め、将来騎士を目指す少年たちの憧れだった。


 三将軍を歓待するめに、ブリュッセル伯爵は晩餐の席を設けると少々……いやかなり機嫌が良かったのだろう、フランシス様へ名案を思いついたと言わんばかりに声をかける。


「リンドブルク将軍、もしよろしければなのですが、我が家の息子達に御指南頂けませんでしょうか?」 

 

 その言葉に室内の空気が一瞬凍り付いたのだが、酒の回ったブリュッセル伯爵も、憧れの将軍からは指南を受けられるかもしれないと浮足立つ異母兄弟達は気が付いていないようだった。


 彼らは遊びやバカンスのためにブリュッセル伯爵領へやってきているわけではないのだから……


 フランシス様は意向を聞くためにブリュッセル伯爵から視線を離して、今回の総指揮を任されているゲラルト将軍へ発言を任せた。

 

「いいんじゃないか、ここから前線に移動するまでの間、兵達の練兵に混ぜてやればいいんじゃないか? 兵士達の練兵にすら付いてこられないようでは騎士など夢のまた夢だからな」


「わかりました、ブリュッセル伯爵、明日の早朝から兵士達の練兵を行う予定ですので、参加を希望する子どもたちをブリュッセル伯爵邸へ集めておいてください」


「おぉ! ありがとうございます!」


「やったぁ!」


「ゲラルト将軍、我が家の息子達もよろしいでしょうか?」


「あぁ構わないが、出征前の練兵は戦場で生き残るための訓練になるから苛烈を極める、明日参加して無理だと判断したなら、士気を落とす要因となるものをその翌日には参加させるわけには行かないので理解してほしい」


 …………


 翌早朝、ブリュッセル伯爵家の屋敷には俺も含めて十二名の子供達が集まっていた。


 期待に胸を膨らませ、迎えに来たフランシス様の後ろを皆でついて行く。


「なんでお前が参加してんだよ?」


 そう言って俺の足を蹴りつけて転ばせたのは、次男の兄とその取り巻きの男児だった。


「……父上の許可はいただきました」


「んなこと聞いてるんじゃねぇよ」


 ニヤニヤといやな笑いを浮かべながら、俺を囲んで小突きながら歩く兄の様子を見ていたフランシス様は、くるりと方向を変えてこちらへ戻ってくると次男の後ろに立ち、腕を伸ばして次男の背中の服をガシッと掴んだ。


「なっなんだっ!? 放せよ!」


 そのまま俺から引き剝がすと、ブリュッセル伯爵家から子供達の保護者として同行してきた執事に引き渡す。


「君に練兵へ参加する資格はない」


「そんな! なぜですか!?」 


 はっきりと告げられたフランシス様の声に、次男が納得がいかないとばかりに睨みつける。


「自分よりも弱いものを守るのが騎士だ、複数で一人を迫害するような者は練兵の邪魔になる、すまないがこの子供とそれに追従していた子供達に練兵へ参加する資格はないと判断した」


 その言葉に俺を囲んでいた次男の取り巻きの子供達が青褪める。


 彼らはきっと親たちからフランシス様に気に入られるようにと言い含められていたに違いない。


「他の子供達はついてくるように」


「まっ、待ってください! そいつは私生児なんですよ!」


 声を荒らげて執事の腕の中で暴れる次男の言葉に、フランシス様の碧い瞳が凍りついたような眼差しを向けている。

 

「騎士になればそれぞれに騎士爵が陛下より与えられる、私生児も嫡子も平民も関係ない……いくぞ」


 なおも喚き散らす次男と取り巻きを置いて、長男とその取り巻き達が後に続き、俺は最後尾を着いていく。


 ブリュッセル伯爵家の屋敷がある街を抜けて街を取り囲む外壁を出ると、臨時の練兵場として設営された天幕が多数広がっていた。


 兵士達の食事の煮炊きをする人、集められた軍馬の世話をする人、武器の手入れを行う人や練兵へ参加するために、俺達と同じ方向へ向う人の群れに圧倒される。


 どうやら既に兵達には俺達が練兵に加わる事が説明されており、そのまま最前列で兵士達へ話をしていたゲラルト将軍の元へと連れて行かれる。


 フランシス様は小声で何かをゲラルト将軍へ伝えると、そのままゲラルト将軍へ長兄とその取り巻きを引き渡した。


 フランシス様は俺の手を引きその場を離れると、ぐいっと抱えあげて走り出した。


「ジョバンニ! 急患だ!」


「んぁフランシス様、どうしました?」


「預かっていた子供が、転んだ……」


「落ち着いてください、子供はよく転ぶもんなんです、どれ診察しますからその子を下におろしてください」


 従軍医のジョバンニ先生に診てもらったが、とりあえず転倒したことによる怪我は、膝と掌の擦り傷だけ……まぁ転倒した傷口は……である。     


「……君、この打撲は誰にやられたのかな?」


「……」


 無言で自分のズボンをギュッと掴む。


「答えない……いや答えられない相手ってところですか」


 ジョバンニ先生はバリバリと頭を掻きむしると、視線をフランシス様へ向ける。


「この少年は確か今日の練兵に参加希望でしたよね、打撲もありますし練兵はやめておいたほうがいいのではないですか?」


 ジョバンニ先生の言葉に俺は絶望で青くなりかける。

 

 このような機会はもう二度とないかもしれない……そうなれば俺はこのままブリュッセル伯爵家で虐げられ続ける未来しか無いのではないか。


「いやだ! 絶対に参加します! お願い致します、参加させてください!」


 俺はフランシス様の足にしがみつくようにして必死に懇願した。


「はぁ……仕方ない……絶対に無理はしないこと、約束できるか?」


「はい! ありがとうございますフランシス様!」


 フランシス様のお許しが出たことの嬉しさに、俺はその場で飛び回り喜んだ。       


        

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