第18話『元凶はお前だ』フランシス視点
国王陛下に促されテーブルに着くと直ぐに私の分の紅茶が侍女によって用意される。
……感覚的に嫌な感じはしないから飲んでも問題ないだろう。
「そんなに警戒せずとも毒など入ってはおらんよ」
私は陛下の飲んでいるカップに毒を入れてやりたいと常々思っておりましたがね。
「お戯れを」
この前テーブルいっぱいに多種多様な毒入り紅茶を並べていたくせにいまさら何を言い出すつもりなのか。
「今日来てもらったのは他でもない、子どもたちの婚約の話だ」
どうせそんなことだろうと思っていた、この王はリンドブルク公爵家の未来予知の力を欲している。
婚約などと綺麗事を言っているが、早い話婚約と言う名の人質を欲しているだけなのだ。
「その話は先日お断りさせていただいたはずですが?」
「あぁ、グレタ嬢については実に残念だが今のところは、まぁいい……」
今も未来もやっと手元に帰ってきた愛娘をどこの馬の骨かもわからない害虫(男)に嫁になどやるわけがない。
「はい、そのまま諦めてくださることを切に願うばかりです」
「ちなみに小公爵もまだ婚約者がいないのではなかったか?」
ちっ、狙いはテオドールか……
確かにテオドールは後継ぎとして、申し分ない程に立派に成長した。
本人はあまり表に出ることを好まないが社交界に出れば、一見その野性味溢れる風貌からご令嬢に嫌厭されそうなものだが、テオドールと面識を得たいご令嬢が後をたたない。
たしかグレタは『ぎゃっぷもえ』というものなのだと力説していたが、私はその『ぎゃっぷもえ』なる単語が存在するなどグレタから聞いて初めて知った。
なんでも自分がはじめに思っていた印象と中身が違う人物だったり、普段の姿と違う一面を見せられた時に、自分の認識とのずれを感じ、その差にときめきを感じることを『ぎゃっぷもえ』と言うらしい。
グレタについている侍女たちもグレタと一緒に『ぎゃっぷもえ』だと仲良く騒いでいたので、私が知らないだけで有名な言葉なのかもしれない。
「えぇ、リンドブルク公爵家は急ぎ婚約者を探さねばならないほど他の貴族との婚姻による同盟を現在希望しておりませんし、本人も望んでおりませんので、政略結婚は必要ございません」
そう、自分が助けた形となったがリンドブルク公爵家の血を引くグレタが見つかったことで、テオドールが精神的に不安定になっていることは知っている。
グレタを邸宅へ連れ帰ったあの日から、テオドールはまるで不安を打ち消そうとするかのように以前に増して鍛錬に力を入れるようになったのだ。
元々生家であるブリュッセル伯爵家で、父親のブリュッセル伯爵が外で作ってきた私生児だと迫害されていた時期もあり、テオドールは人の心の機微に敏感だ。
グレタが戻ってきたことで、グレタこそがリンドブルク公爵家の正当な跡取りだと言っている者達が居ることも知っていた。
もちろんこれまでのテオドールの努力を知っているリンドブルク公爵邸に居る者たちではない……
グレタにリンドブルク公爵家を継がせ、その婿に収まりリンドブルク公爵家の財産を我がものとしたい恥知らずが一定数居るのだ。
しかも先日の茶会でグレタの力が証明される現場をテオドールは見ていたのだ。
どんなに努力してもテオドールが得る事が出来ないリンドブルク公爵の血の証明……
だがグレタが帰ってきても、私は今更テオドールを放逐するつもりはない。
もちろん本人が、公爵家を継ぎたくないと言うのならば無理強いするつもりはない。
どちらにしてもテオドールは私の息子だ。
他の誰よりもテオドールがどれほどの覚悟を持ってリンドブルク小公爵の重圧を受け入れてきたのか知っている。
私はテオドールにリンドブルク公爵家を受け継ぎ、グレタを連れてリンドブルク公爵領にある別邸でのんびり楽しく過ごすのも悪くないと思っている。
そうか、リンドブルク公爵の地位にこだわる必要もないのか、このいけ好かない国王陛下の顔を見る必要もないのならそれも悪くないかと考えて、踏みとどまる。
この国王陛下を苦労してきたテオドールに押し付けるのは出来ないなと……
「まぁよい、グレタ嬢にしても小公爵にしても本人が、婚約を望むのならば公爵とて無碍に反対は出来ぬだろうからな」
ニヤリと笑う国王陛下を……国王を思いっきり殴り付けてやりたいと思うのはわたしだけだろうか?
「お話は以上でしょうか? では私はこれで退席させいただきたいのですが」
「まぁ待てそう急ぐ必要はあるまい? アレを」
国王はそばに控えていた自分の侍従に指示を出すとテーブルの上にそっと置いた。
木箱に収められているようだが中身が何かは見えない。
「賊が入り込んだ王妃のお茶会で回収したものだ」
従者が木箱の蓋を開けるとそこには見覚えのない小瓶が入っていた。
封が開いているわけではないのに、害があるものだとなんとなくわかる。
「お茶会で王子へお茶を運ぶ予定だった侍女の近くに落ちていたそうだ」
「その侍女から事情聴取はできたのですか?」
「いや既に息がなかった、頸椎が折られていたようだから即死だろう……」
グレタの話で、アルノルフ殿下のテーブルへ茶菓子を運んできた侍女は、服装こそ侍女のものだったが男性だったと言っていた。
「その後暗殺者の消息は掴めていないのですか?」
「あぁ、会場の警備をしていた騎士達が追走したが外壁を飛び越えられて追うことが出来なかったらしい」
城壁は足場となるような場所が小さく、少しでも踏み外せば地面へ一直線に転落し命を落としかねない。
そのような場所を何事もなかったように越えていく程の実力者が、わざわざ王妃殿下主催の茶会なんて警備が厳重な場所での暗殺を選んだ理由はなんだ?
もし私が確実に国王陛下やアルノルフ殿下の命を暗殺するのなら目撃者が多い茶会など狙わない、不寝番さえ倒せばいい深夜を狙うだろう。
日々鍛錬を怠らないアルノルフ殿下といえど、できる抵抗などたかが知れている。
まぁ見えるところにいる護衛だけが殿下を守っているわけではないだろうがな。
「それは仕方がありませんね、城壁を軽々と越えていくほどの実力者が相手では私でも追跡は難しいでしょう」
「英雄であるそなたを凌ぐものなど、そうそういるまいよ」
こちらへニコニコと微笑む陛下の顔に紅茶をぶち撒けてやりたくなる。
「そうそう今日はアルノルフがリンドブルク公爵邸に訪問しているようだからよろしくな」
……いまなんと言った?
「申し訳ございません、最近歳のせいか耳が遠いようなのです、どなたが我が家へいらしているとおっしゃいましたかな?」
「儂よりも若いくせに何を言う、王太子がリンドブルク公爵邸に訪問しているようだと言ったのだ」
「私共はそのような先触れを頂いていなかったと記憶しておりますが、でなければテオドールを邸宅へ残してきましたものを」
「儂もつい先程聞いて頭を抱えておったのだ、あの行動力は誰に似たのやら……」
こんなことを言っているが、私とテオドールがリンドブルク公爵邸を留守にしている時を狙ったに決まっている。
「どなたに似たのでしょうね?」
可能な限り早くグレタの所へ帰ろうと決心し、ゆったりと紅茶を飲み干した。
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