第17話『愛娘』フランシス視点
兵士達の命を預かる将軍として戦場に残る責任に、板挟みになりながら寝ずに馬を駆りリンドブルク公爵邸に戻ると、そこで私を待っていたのは……変わり果てた我が家だった。
『おかえりなさい、貴方は私の英雄よ』
愛しい妻の声が聞こえる……
『貴方は自分のすべきことをしなさい、グレタは私達が守るから』
胸元を貫かれて死んだ母の……リンドブルク公爵夫人の声が聞こえる……
『お前は……私の誇りだフランシス』
最後まで抵抗したのだろう、無惨に痛め付けられた父の……リンドブルク公爵の遺体が語りかけてくるようだった……
本来ならば棺へ安置されるべき遺体の数々はリンドブルク公爵邸の大広間へと集められ、カーペットの上に並べられ白いシーツが遺体を覆い隠している。
一枚、また一枚とシーツを捲り顔を確認していく。
犠牲となった者達の遺体と生前の思い出が押し寄せてくる。
確認した結果、犠牲者の大半は私が幼かった頃からこの邸に勤めてくれていた忠臣達だった。
「フランシス様!」
頭や腕、胴体に包帯を巻いた者達が私の姿を見つけて走り寄ってくる。
「パメラ、無事で良かった!」
その中に亡き妻の乳母であったパメラの姿を見つけて走り寄る。
「申し訳ございませんでした……お嬢様を必ずお守りするとのお約束、果たすことができませんでした……」
パメラから話を聞くと、夜半に集団で邸に押し入った賊は当直の警備兵を殺害し、リンドブルク公爵夫妻を殺害したらしい。
パメラは夜勤の侍女にグレタを任せて、公爵邸の外にある自宅へと帰宅していた為に難を逃れたようだ。
娘の遺体が無い以上必ず生きているはずだと信じて犠牲者を弔った。
高位貴族である公爵邸への襲撃事件への調査を国王陛下へと請願し、すぐにでも娘の捜索を始めた。
無事に戦争が終結したもの……陛下から受け取った手紙には、戦後は処理へと対応に苦慮しており、リンドブルク公爵家へ人を派遣する余裕がないとの返答だったのだ。
戦争の英雄? 国の誉れ? グラシアルの守護神?
人々から色々な二つ名で呼ばれても、結局私は誰のために……何のために戦争に参戦していたのだろうか……
国を守るため?
違う……
国王陛下への忠誠?
違う、ちがう!
俺が守りたかったのは国でも、王家でも民でもない!!
自分の妻を、自分の娘を、自分の両親や自分に仕えてくれている皆を守りたかったのだ。
自分の大切な者達を守るために戦争へも従軍した。
大切な者守るために、見知らぬ相手を死へ追いやった。
その結果、私の大切な者は全てこの両手から滑り落ちてしまったのだ。
救国の英雄だといって国王陛下が私へ下賜された勲章を、直ぐに毟り取って陛下の顔面に投げつけてやりたい衝動にかられながら戦勝会を乗り越える。
妻を喪い、最近に両親を喪ったばかりの私に自らの娘を後妻にと勧めてくる貴族達の醜悪さに吐き気がする。
口煩い姑もおらず、バツイチで子持ちだったが、目障りな前妻との子供が居なくなった私は、格好の獲物だろうしな。
それから私は必死にグレタを探し続けた、リンドブルク公爵家の血筋に流れる異能が役に立ってくれないかと、こんな時に使えない能力などいらないと思いながら思い当たる場所を探し回った。
娘を捜索したがついに見つけることが出来ずに二年が経過した頃、国王陛下にお呼び出しを受けた。
陛下の妹を後妻としてリンドブルク公爵邸に迎えろと言うのだ……
散々亡き妻を虐め、辱めていたあの女を妻にするなど決して許せることではなかった私は、陛下の命令を全力で拒否した。
はじめは命令を拒否した私に不敬罪だなんだと騒いでいた陛下だったが、自身も王女にいびられてきた王妃殿下が私の味方をしてくれたことも幸いした。
マルガレータ以外を妻に迎えるつもりがなかった私は、ひとまず跡取りが不在なのを理由にした見合いが煩わしくなりブリュッセル伯爵家へ多額の支援金を支払いテオドールをリンドブルク公爵家の養子にするべく引き取ることにしたのだ。
はじめこそ戸惑いを隠せない様子のテオドールだったが、公爵家の後継ぎとしてふさわしい人物になれるようにと、努力を重ね今では剣術、学術共に申し分ない実力者に育った。
予想外なのは口うるさくなってしまったことだろうか……まぁ私が精神的に不安定で荒れていたせいもあるが……
グレタを発見したあの日……前日の夜に予知夢を見た。
リンドブルク公爵家に脈々で受け継がれてきた力の一端だが、私は自分で予知夢を制御することはできない。
予知夢を制御出来ていれば、大切な家族を喪う事態は防げたはずだ。
グレタを発見したあの日、私は夜中に目が覚めた。
なぜか居ても立っても居られない不思議な焦燥感に襲われて早朝から王都の見廻りに出ていたのだ。
いつもとは様子が違う私をみたテオドールが、急ぎ身支度を済ませて私に同行すると言って所同行した。
しかし何も手がかりが掴めず半ば諦めかけていたその時、子供の悲鳴を聞き取ったテオドールが猛然と走り出したのだ。
自分が兄弟たちに虐げられてきた影響だろうか、弱いものが虐げられるのが許せないのだと言う。
直ぐにテオドールの背中を追いかけると、複数の大人達がひとりの子供を取り囲んでいたのだ。
身なりからして奴隷商人一行と逃亡奴隷の子供だろうか。
「なんの騒ぎだ……」
テオドールが振り上げられた世話焼き奴隷の腕を握り捻り上げているところだった。
どれほど強く力を込めたのか、世話焼き奴隷の手からポトリと持っていた鞭が地面へと落ちる。
「我々は逃げた奴隷を追いかけてきただけでございます騎士様」
「いくら奴隷とはいえこんな子供へ暴力を振るうのは感心しないな」
「暴力? 人聞きが悪いですね、教育の一貫ですよ」
「教育だと?」
「えぇそこの娘……百三番は先程お客様にお買い上げ頂いておりこれからご主人さまの為に身体を清める予定だったところを逃げ出したのです」
奴隷の子供は、哀れだが彼らをどう扱うかは持ち主である奴隷商人の領分で、私達が不用意に踏み込んでいい事ではない。
正義感が強く困っている人に手を差し伸べるのはテオドールの美徳でもあるが、今回の件に関しては残念ながら奴隷商人が正しい。
だから私は場を治めるためにもテオドールへ声をかけることにした。
「テオドールそこに居るのか?」
「フランシス様、申し訳ございません、子供が追われていたためつい……」
「困った子だねテオドールは奴隷は奴隷商人の所有物だからね、主人でない我々は基本的に手を出してはいけない……」
「助けてください!」
そう言って奴隷の少女が私へ縋り付いてくる。
「掃除も洗濯も力仕事だって何でもします! 犬の餌になるのは嫌なのです! お願いします!」
私は少女の顔を見て息を飲んだ、薄汚れて居るが金色の髪に、碧い瞳……色は違うけれど、目鼻立ちが亡くなったマルガレータとよく似ていたのだ。
「!? マルガレータっ!」
「えっ?」
私は咄嗟に奴隷の少女を抱き上げると、少女の首元を確認する。
首輪で半分隠れてしまっているが間違いなくリンドブルク公爵家に代々受け継がれているアザを見つけて唾を飲み込む。
見つけた……やっと、やっと見つけることができた……
嬉しさのあまり涙が止まらなくなってしまった、少女の首元に額を押し付け更に力強く抱き締める。
二度と手放してたまるものか、まさか奴隷になっていたとは……
「そちらは当店の所有物で、すでに他の方の購入が決まっております、お放しいただけますでしょうか?」
そう言って奴隷商人がこちらへ近づいてくる。
「いや、それはできない」
殺気立つ奴隷商人達と私達の間にテオドールが立ち塞がった。
「この子は……私の娘だ……」
そう、マルガレータが遺してくれた私の大切な一人娘……
「良く、生きていてくれた……ずっと、捜していたんだ」
そこからは娘を引き取るためにありとあらゆる無理をした。
途中で娘を買ったと言い張る貴族らしい男を物理的に排除した気がするが、グレタが見つかった事に比べれば些末なことだ。
やっと見つけた愛娘だ、これまで奴隷として苦労ばかりしてきたのだろう。
これまで持て余してきたこの愛情を余すことなく注ぎ込み多少甘やかしても……きっとマルガレータは見逃してくれるだろう。
今度こそ絶対に幸せにして見せる!
そう思っていたのに、王家が早々にグレタに目をつけるとは思っていなかったのだ……
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