第16話『悲しき別れ』フランシス視点

グレタがリンドブルク邸にてアルノルフ殿下の対応をしているころ、王城では国王との謁見が行われていた。


「フランシス・リンドブルク公爵がお越しになりました」


「うむ、入れ」 


 先導する近衛騎士に案内され、私フランシス・リンドブルクは国王陛下の執務室へと足を踏み入れた。

  

 私は正直、眼の前で優雅に紅茶を飲むこのグラシアル王国の国王……ヴァーノン・グラシアル陛下を……恨んでいる。


 表面的には忠誠を誓う振りをしているが、この王は私がどれほどの苦しみと悲しみを背負って今日まで生きてきたのか想像だにしていないだろう。

 

 亡き妻、マルガレータと初めて会ったのは彼女が十五歳のデビュタントの時だった。


 デビュタント用の真っ白なドレスに身を包み、父親のエスコートを受けて舞踏会の会場へと頬を僅かに桃色に染めたマルガレータの初々しい姿に一目で私は恋に落ちた。


 直ぐに当時まだ健在だった私の両親を説得し、彼女へ次々と押し寄せる縁談という熾烈な戦いを制して婚約者の地位を獲得した私は、そのニ年後ダロンド侯爵家からマルガレータを妻としてリンドバーゲン公爵家へ迎えることができた。

 

 愛する妻と過ごす幸せな日々は、隣国が我が国へ攻め込んできたことで強制終了となってしまった。


 まだ爵位を継いでおらず、それなりに実力もあった私は、将軍として隣国と争っている前線へ駆り出されることになったのだ。


 隣国との国境に位置するブリュッセル伯爵領の領主カルヴィン・ブリュッセル伯爵には三人の男児がおり、子供たちの剣術を見てやってほしいと伯爵に懇願され三人の子息の剣術を見る事になったのだ。

 

 そこで出会ったのがテオドールだった。


 テオドールは父親が浮気で外の女性に産ませた私生児だったことで、ブリュッセル伯爵家から私生児だと虐げられて過ごしていた。


 一進一退を繰り返す戦争で荒んで疲弊していく自分を支えてくれたのは、自分の境遇を悲観せず真っ直ぐすぎる程に努力を続けるテオドールだった。

 

 他の二人の子息は、はじめこそ勢いが良かったものの、基礎訓練に耐えきれず直ぐに逃げ出してしまった中、テオドールは自主的に軍へと顔を出すようになったのだ。


 他の騎士達や傭兵たちに交ざって毎日欠かさず、弱音も吐かずに鍛錬するテオドールが騎士達や傭兵たちに可愛がられるようになったのも当然だろう。


 そんなある日、王都から届いた妻からの手紙に私の子供を授かったと連絡が来たのだ。


 あまりの嬉しさに、当時五歳だったテオドールを持ち上げてぐるんぐるんと振り回してしまったのはいい思い出だろう。


 どうやら夫の出征中に妊娠が判明したため、王都では私の子供ではないのではないかと言う心無い噂が囁かれているようだが、マルガレータはそんなことをするような女性ではない。


 妻から届く手紙には私を心配する言葉と自分の近況などが書いてある。

 

 自分についての悪い噂が耳に入っているだろうし、心無い言葉の数々に傷付いている筈なのに手紙には、弱音が一切書いていないのだ。


 きっと前向きな彼女のことだから、皆に心配を掛けぬように気丈に振る舞っているだろう。


 リンドブルク公爵邸へ帰りたい、初産で不安だろう妻を支えたかった……


 妻から届いた最後の手紙に添えられていたのは、リンドブルク公爵からの訃報だった。

 

 隣国との争いは激化しており参戦している将軍のひとりだった私は、妻の出産どころか死を看取ることすらできなかったのだ。


「戦況は気にするな、お前はちゃんと妻を弔ってやれ」 


 訃報を聞いて使い物にならなくなった私は、ともに出兵し総指揮の任についていたゲラルト将軍より妻を弔って来るようにと戦場から追い出されるようにしてリンドブルク公爵邸へと戻ってきた。


 マルガレータは女児を出産後、出血が治まらず数日後に死亡したことを出産に立ち会った医師から告げられた……


 マルガレータの葬儀はギリギリまで私の帰宅を待つつもりだったらしく、腐敗を防ぐために涼しい冷暗室に安置されていた。


 白い箱に寝かされたマルガレータの出産は苛烈を極めたのだろう、化粧が施されているものの窶れてしまっている。


 既に亡くなってから日にちも立っているため、遺体を抱き締めることも叶わず、急かされるように喪主として葬儀を執り行わざるを得なかった。

 

「フランシス様……奥様が、おのこしになられたフランシス様のご息女でございます……奥様は、奥様は旦那様に抱いていただくのだと、頑張って産んだことを褒めてもらうのだと笑っておられました」


 そう言いながらパメラが、差し出したのは産まれて間もない小さな赤子だった……


 金色の髪と碧眼は私の色を受け継いでおり、その首元には小さな小さな公爵家の証である薄紅色の薔薇の花を思わせる痣がある。


 この子は間違いなく……私と……マルガレータの血を引くリンドブルク公爵家の娘だ。


 首も座っておらず、力加減を間違えば殺めてしまいそうなほどに小さな身体を恐る恐るパメラから引き継ぐ。


「どうか、旦那様……お嬢様にお前を付けてくださいませ、そして奥……お母様とお別れをさせてあげてくださいませ」


 私は娘を連れたまま、マルガレータの棺の側による。


 それまでよく寝ていたのに、まるで別れるのが嫌だと思う私の心を感じ取ったのかと思うほど火をつけたように勢いよく泣き始めた。


「お前も悲しいのか……グレタ……」


 マルガレータが残してくれた私達の愛の結晶をギュッと抱きしめる。


「マルガレータ、必ず娘を守る……だから安らかに眠ってくれ……」

 

 妻の葬儀を終えて、娘を父であるリンドブルク公爵夫妻へ任せて、葬儀の翌日に戦地へと戻った私を待っていたのは、私を葬儀へと送り出してくれた戦友の死だった……  


 なぜ、なぜ、なぜなんだ!?


 この世界に神がいると言うのならば、なぜこのような試練を課すのだろうか。


 一進一退を繰り返し二年……多くの仲間を失いながら、戦い続け戦争終結目前の私に一通の知らせが届いた。


 夜半、リンドブルク公爵邸に賊が侵入しリンドブルク公爵夫妻と娘の乳母と当直だった使用人や門番など死傷者多数でており、娘が安否不明だという報せだった……

 

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