第9話『母の肖像画とお月様』
フランシス様……フランシスお父様に振り回されテオドール様に救出された翌日、私はパメラ達と一緒にマルガレータお母様のドレスや宝飾品が保管されている衣装部屋へやってきた。
色とりどりのドレスや靴、キラキラと輝く髪飾りやアクセサリーが整理され、綺麗に陳列され部屋を埋め尽くしている。
「うわー、これ全てマルガレータお母様のドレスですか?」
「そうですよ、マルガレータ様は豪華なドレスよりも動きやすいシンプルなドレスをお好みだったのですが、旦那様がマルガレータ様が止めるまもなく次々購入なさいました」
うん、なんとなくわかる気がする。
本当は……新しいドレスは必要ない、この家に引き取られてから半年……気がつくと見たことがないドレスが増えているのだから困った物である。
そして無駄遣いをテオドール様に見つかっては怒られている……言っておきますが私がおねだりしているわけでは無いですからねテオドール様。
「さて、どれにいたしましょう?」
「少し見てもいいですか?」
「えぇ、お気に召したものがあればお声をかけてくださいませ」
「はい!」
ここからは完全に探索気分だ。
大人用ドレスは年齢よりも小柄な私の身長よりも大きいため、前が見えず迷宮に迷い込んだみたいに感じる。
ワクワクしながらドレスの迷路を進んで行く。
このドレスの向こう側にはいったい何があるのだろう……
シンプルな物からレースやフリルがふんだんに使われたもの、凝った刺繍が施された物から無数の宝石が散りばめられたドレスまで、本当に沢山のドレスがある。
そのドレス達を抜けた先で私が見つけてのは、壁に大きなカーテンが架けられた物と幼い子供用の服だった。
「子供服?」
それも一枚や二枚なんてもんじゃない、一歳くらいの幼児が着る大きさの物から順に少しずつ、まるで成長過程を辿るように少しずつ大きくなっていくドレス。
「グレタお嬢様? あぁこれはすべてお嬢様がいつお戻りになってもいいように旦那様が用意していらっしゃったものでございますね」
大人用のドレス迷路の影から現れたパメラが小さなドレスについて教えてくれた。
どうやら私が居なくなってからもフランシスお父様は私のドレスを用意し続けたそうだ。
着てあげることが出来なかったドレスの数々が嬉しくて、その枚数がずっと私が生きていると諦めずに探し続けてくれた証明のような気がして嬉しかった。
不意に浮かんできた涙が流れないように目元に力を入れて、先程気になったもう一つについてもパメラに聞いてみる。
「ねぇパメラ? このカーテンはなぁに? 窓では無さそうだし」
「あぁ、これですね」
私が指し示したカーテンをパメラは何事もなかったかのように左右に開いた。
そこに写っていたのは緩いウェーブを描く茶色い髪に、紫水晶をはめ込んだような美しい紫色の瞳の女性が描かれている。
愛おしいと言わんばかりの表情を浮かべてこちらへと笑いかけるその腕の中には、女性と似た容姿の……金髪碧眼の幼女が嬉しいと言わんばかりに笑っている。
「こちらはマルガレータ奥様とグレタお嬢様を描いたものです……旦那様が描かれたのですよ」
その言葉にパメラを見上げる。
「奥様が生きていれば、娘を愛おしんだ筈だと仰ってお嬢様が一歳になられたときに旦那様が描かれたのです。 実際には奥様はお嬢様をご出産された際にお亡くなりになってしまわれましたから」
ボコボコとした質感から使われているのは油絵の具だろうか、無意識に絵に手を伸ばして慌てて引っ込める。
「お触りになっても大丈夫でございますよ、こちらは完全に絵の具が乾いておりますから」
パメラの言葉に生唾を飲み込んでおずおずと母の肖像画に手を伸ばした。
「私の……お母様……」
口に出したらもう駄目だった、次から次へと涙が溢れて止めようとしても止まらなくなってしまった。
侍女たちが用意してくれた椅子に座ってわんわんと泣き続ける。
「あら大変、あなた達リネン室からタオルを持ってきて頂戴」
慌ただしく出ていく侍女たちが戻ってくるより早く、慌てた様子のフランシス様が衣装部屋へ駆け込んできた。
「おっ、お父様!」
フランシス様の姿を見つけて、私は勢いよくフランシス様の……お父様の逞しい首元に両手を伸ばして抱き着いた。
「どうした?」
ヒョイっとその腕に抱き上げられて、幼子をあやすようにポンポンと優しく背中を叩かれる。
どうしたと聞かれてもなんと答えていいのかわからないくらい心の中がぐちゃぐちゃで、私は両目がパンパンに腫れるくらい……お父様の服をハンカチ替わりに濡らすという大失敗をしてしまった。
「さて、私のお姫様は落ち着いたかな?」
「ごめんなさいお仕事の邪魔をして……」
「気にするな、なんなら他の絵も見るかい?」
「他にもあるの?」
「あぁ私の趣味だからな」
規則的に背中を叩かれるせいか、はたまた泣きつかれて寝てしまったらしく気が付けば自分のベッドで目が覚めた。
「うわ~、顔がパンパンだ……お腹と腰が少し痛いなぁ」
腫れ上がったせいで開きづらい両目をパチパチと瞬きする。
「あら起きられたのですね、こちらをどうぞ?」
目覚めた私に気が付いた侍女のひとりが私に濡れたタオルを渡してくれる。
「ありがとうリズ、パメラは?」
リズは私につけられた侍女の中のひとりでパメラの娘らしい。
「パメラ侍女長は現在リンドブルク公爵家の経営する衣装店から派遣されてきた針子たちと、お茶会のための衣装の打ち合わせ中です」
「衣装決まったの?」
「エスコートなさるテオドール様の衣装と合わせて何着か候補は決まりましたので、あとはお嬢様に選んでいただきたいそうですよ」
「はーい、なら着替えてパメラのところに行きましょう」
「お手伝いいたしますね」
誰かの手を借りて着替えをするにもすっかり慣れてきたなぁと思いながら、いつの間に着替えたのかわからない夜着を脱ぎ、背中にボタンが沢山ある普段着用のドレスの着付けを手伝って貰う。
リズの案内で向かったのは昨日大泣きした衣装室の隣だった。
「おはようございますグレタお嬢様」
『おはようございますお嬢様!』
部屋に入るとパメラの挨拶に続き他の侍女たちや見慣れない女性たちがこちらへと挨拶をしてきた。
「皆さんおはよう、今日もよろしくお願いいたしますね」
そこからが……大変だった。
先程苦労して着付けたドレスを脱いで全身くまなくサイズを測られる。
公爵邸に引き取られてから十分すぎるくらい食事も間食まで用意されるようになったからか身長も伸びたし、胸も少しだけ成長した。
「あら、グレタお嬢様……もしかしてどこかお怪我でも?」
私の測定をしてくれていた針子さんの一人が心配そうにこちらを見上げる。
「え、 怪我なんてしてな……!?」
針子さんの言葉に下を向けば、足の内側を紅い雫が伝い落ちる。
「パメラー!」
つい驚いてパメラの背中に抱き着いた。
「あらあら、計測は終わったのですか? あらまぁ」
どうやら私の様子に気が付いたのか、パメラに抱き締められた。
「おめでとうございますグレタお嬢様、これでお嬢様も立派なレディの仲間入りですね」
それからはとても早かった。
足元にタオルを敷かれて、その上で素早く残りの計測を済ませる。
リズが自室の浴槽にお湯を貯めてくれていたので、汚れた衣服と下着を交換し、何重にも布を重ねた物と油紙を間に挟んで下着をつけた。
パメラの話ではやはり月経が来たらしい。
どうやら私の吉報はきちんと父様に伝わったらしく、喜んだ父様にまた抱き上げられて回されかけた所を、パメラに救出された。
「グレタお嬢様はもう立派なレディです旦那様!」
ものの見事にパメラの怒りの雷が父様へ直撃した。
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