第8話『お母様のドレスとおっ、お父様!』

いつも通り家庭教師から公爵令嬢として必要な知識や教養を学んでいたある日、リンドブルク公爵邸に一台の馬車が入ってきた。


 リンドブルク公爵邸には厨房へ食材を卸す業者等の商人達や、フランシス様へ面会に来る部下や取引相手等の来客が絶えない。


 私がなぜ気になったのかと言うと、その馬車は普段来客達が使用する裏門ではなく珍しく正門から入ってきたからだ。


 門から裏玄関までの距離が近い裏門とは違って、正門は広大なリンドブルク公爵邸の庭園を越えて来なければならないため、社交パーティーやその他正式な手順を踏みやってくる来客くらいしか使わない。


 その正門からやってきた馬車が、送迎馬車を回すための広場をぐるりと花壇に沿って走ってくる。


「誰だろう?」


「グレタお嬢様、どうかなさいましたか?」


 茶器セットと今日のお菓子が載せられたカートを押しながら、パメラが部屋へと入ってくる。


「正門から、お客さんが来たから気になって見ていたの」


「あぁ、きっと王城からの使者ですね」


「ふーん、まぁ私には関係ないでしょう! パメラ!今日のお菓子は何かしら!」


「ふふふっ、本日はポメルのパイですよ」


「やった~! ポメル大好き!」


 ちなみにポメルとはさつまいもに似たリンゴだ。


 戸惑うけれど、そういう作物なのだと思えば問題ない。


 本来、貴族の令嬢と侍女などの使用人は同じテーブルにつくことができないらしいのだが、引き取られてきた当初に奴隷としての認識が強かったわたしは、テーブルに座るのが恐れ多くて床に座ろうとしてパメラに止められた。


 その上でひとりで自室のテーブルに座り食べる食事は豪華だけれど味気なくて、なかなか食事量が増えなかった。


 私を気遣ったパメラが、フランシス様やテオドール様と一緒でない食事に限ってパメラや他の侍女たちと一緒に食べられるように許可を取ってくれたのだ。


 パメラや侍女たちのお話を聞きながら食べる食事は格別で、とても楽しい。


 たまにハメを外しすぎてパメラに諭される侍女もいるけれど、私にとって早い段階でこのリンドブルク公爵邸に馴染むことができたのは彼女達がいたからだろう。


 その夜、こちらもすっかり恒例行事となったフランシス様とテオドール様との晩餐の席に赴くと、珍しく機嫌の悪そうなフランシス様が座っていた。


 片時も私の側を離れたがらないフランシス様の様子に見かねたテオドール様が晩餐だけは家族揃って取れるようにフランシス様のスケジュールを調整したらしい。


「おまたせして申し訳ございません」


「いや、私も今来たところだ」


 パメラが引いてくれた椅子に腰を降ろす。


 今日は何をして過ごしたのか等の他愛のない会話をしながら晩餐を進める。

  

「実は近々王城で行われる茶会への招待状がグレタへ届いた」   


「茶会ですか?」


「あぁ、王妃殿下主催の茶会で十二歳以上の未婚の子息令嬢を招待したものだ……」


「いわゆるお見合いの一種だ。 グラシアル王国には現在王子と王女が一人ずつ居るから二人の友人と婚約者候補を探すための茶会に呼ばれたんだよ」


 ふむ、確かに年齢だけは私も当てはまるので呼ばれたのは理解できる。


 しかし本人から言わせてもらえば、家庭教師やパメラに教わりながら貴族の立ち居振る舞いやマナーを学んではいるものの、完璧などほど遠い有様なのだ。


「あのぅ、欠席するわけには参りませんか? 私にはまだ貴族の社交は早いと思うのですが……」


「既に何度か……グレタの体調を理由に断っていたのだがな、とうとう痺れを切らしたのか王妃殿下と国王陛下の直筆で招待状を送ってこられたから今回は断れないんだよ」


 困った様子のテオドール様が答えてくれた。

 

「くそっ、あのクソジジイ……本当にろくな事をしないな……一度殺してやろうか」


 ふふふふふっと笑うフランシス様の眼光が鋭く光る。


「おやめください、あれはアレなりに役に立つのですから……それに養父上が直接手を下せばせっかく再会出来たグレタとまた引き離されることになりますよ?」


「それは嫌だ……」


 おっ、このお肉美味しいな。


「そういう訳でお茶会当日はリンドブルク公爵家総出で参加になるから、グレタはどの衣装で行くかパメラ達と相談してくれ」


「テオドール様も参加されるのですか?」


「あぁ俺も養子とはいえ一応独身令息に当たるからな……ちなみに養父上は大人達の狩猟大会に呼ばれているから当日は俺がグレタのエスコートをすることになった」


「はい、よろしくお願いいたします」


 今のところテオドール様とはいい関係を築けているような気がする。


 なるべく私が知っているグレタの性格……傲慢、我儘、傍若無人などと思われてしまうような行動を取らないように心掛けているけれど、ゲームシナリオへ繋がるように何らかの強制力が働かないとも限らない。


 こればっかりは私が奮闘した所で回避できるものなのだろうか?


 侍女たちの話を聞けば、養子としてリンドブルク公爵家に入ったテオドール様が私が現れるまでの十年間、フランシス様の後継者として沢山努力を積み重ねてきたのがわかる。


 そして出産時に妻を亡くし、自分が戦争へ出征中に留守を狙った何者かによって娘を失ったフランシス様は、とても酷い状態だったのだとパメラやフランシス様付きの執事や侍従たちが教えてくれた。


 そんなフランシス様をこれまで支えてくれたテオドール様を尊敬するならばまだしも、ゲームのグレタは一体何を考えてフランシス様暗殺やらテオドール様の冤罪やらやらかしたのだろうか。


「くぅ、グレタの社交界デビューのエスコートは絶対に私がしようと心に決めていたのに……他の男に取られるとは」


「いや、他の男って言われてもなぁ……」


 すっかり落ち込んでしまったフランシス様の恨めしそうな視線に、テオドール様が困った様子でこちらへと救難要請の視線をよこしてくる。


 了解です、テオドール様。


「フランシス様、あのぅマルガレータ……お母様のお召になっていたドレスはありますか?」


「全て取ってある」


 わーお、流石愛妻家。


「私マルガレータお母様がお召になっていたドレスと、同じ物を着てみたいのです! だって……御揃いのデザインのドレスを纏えれば……側でお母様が守ってくれている気がするから……」


「……わかったよ、新しく作ってもいいし、マルガレータのドレスを使っても構わない、マルガレータも娘が着てくれるなら本望だろう」


「ほっ、本当ですかっ!? ありがとうございますフランシス様!」


「……お父様……」


 マルガレータ様をお母様と呼んだことで、お父様を強調するように、拗ねながら言ってくるフランシス様の様子をみてテオドール様が顎でさっさと呼んでやれと示してくる。


 うぐっ、まだ恥ずかしいんだけど……


「フランシスお父様!」


「グレタぁーーー」


「うきゃぁぁあ!」


 がばりと椅子から立ち上がったフランシス様に抱き上げられて、嬉しさのあまりぐるぐると回りだしたフランシス様の腕から、テオドール様に救出されることになったのである。          

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