第7話 『私の日常!?』
リンドブルク公爵邸に引き取られてからはや半年、お嬢様生活にすっかり馴染んだ私がいます。
奴隷の重労働から解放され食生活も改善されたおかげもあり、最近ではいくらか身体に肉が付いてきたと思う。
ここ半年で私は色々と自分の運命を変えられないかと試行錯誤を繰り返した。
まず私は『グラシアル英雄伝』で自分が死んでしまう原因について覚えている内容を忘れないように紙か何かに書き出しておこうと考えた。
記憶は時間ともに忘れてしまう。
なるべく詳細に思い出せるうちに、ふとした時に確認出来るように書き出しておきたかった。
しかし思い出して欲しい……今世の私はこれまで奴隷生活を過ごしてきた。
平民ですら商人や役人などを仕事に必要な場合を除き、買い物で必要となる数字や精々二桁の簡単な加算減算くらいしか勉強しない。
肉体労働が主な奴隷が平民以上の勉強をしたことがあるのかと問われれば勿論ノー!
前世で使用していた日本語やローマ字ならまだしも、こちらの言葉で自分の名前どころか基本文字だって書けるわけがない。
だって習ったことも見たことすら無いものが出来たらおかしいでしょう?
そんな私がいきなり理由もなく紙とペンを下さいなんて言ったら驚かれたり気味悪がられるだけじゃない?
幸いパメラに案内されたリンドブルク公爵邸にはフランシス様やテオドール様、そして歴代の当主様方が集められた書物が納められている図書室があった。
それで私はまずパメラに頼み、読み書きが出来るように字を教えてもらうことにしたのだ。
図書室にある沢山の本を自分で読めるようになりたいと告げれば、パメラはフランシス様に相談してくれたようで家庭教師を雇ってもらえることになったのだ。
もともと奴隷として生きてきた私は、貴族どころか平民として生活していくための知識を持ち合わせていない。
愛玩奴隷や商家の奴隷として買い取られ御主人様が必要だと判断すれば、奴隷でも教育を受けることも可能だ。
しかしそれに該当しない奴隷に余計な知恵をつけられれば管理が難しくなる。
奴隷だった私が、今後リンドブルク公爵令嬢として生きていくのなら貴族としての知識やマナー等は必須になってくる。
しかも下級貴族としての立ち居振る舞いではなく、上級貴族としての立ち居振る舞いが求められるのだ。
十五歳になれば成人したと判断され、私は貴族社会に出ていかなければならない。
他の貴族のご令嬢方はもっと幼い頃から貴族としての常識や教養を学んできている。
なので私もなるべく早い段階で勉強を始める必要があったのも事実だ。
「グレタお嬢様、家庭教師の先生方がお決まりになるまでの間、私と基本文字を勉強致しましょう?」
そう申し出てくれたパメラに礼を告げて、私は勉強に使うための文具一式を手に入れる事に成功した。
こちらの世界の文字を練習する傍らで、ちゃっかり確保した羊皮紙に日本語で、思い出せる限りの『グラシアル英雄伝』の登場人物の名前やこれから起こるであろう天災や事件などを書き出していく。
そうして書き出してみて思った……あれ、私はどうしてフランシス様を殺してしまうんだろうか?
『グラシアル英雄伝』は私がフランシス様を殺したであろう日のリンドブルク公爵邸の火災から始まっているのだ。
その前の事前情報なんてゲームの内容にはほぼ出てこなくない!?
詰んだ……私に出来ることなんて最初から決まっていたのだ。
私に出来るのはただひとつ!
フランシス様とテオドール様と良好な関係を築き、リンドブルク公爵邸の火災とフランシス様暗殺事件を阻止する事。
とりあえずこれさえ回避できれば、テオドール様に殺される未来だけは回避出来るのではないだろうか?
そしてゲームの本編でテオドール様が率いる反乱軍によって討ち倒されるであろう現王家と、かかわり合いにならないことが大切だろう。
たとえ他の貴族よりも王家との関わり合いが強い上級貴族だとしても……だ。
「とりあえず、勉強頑張ろう……」
人生生まれ変わっても、勉強だけは逃れようがないのなら、せめて死亡フラグを回避……いいえ、木っ端微塵に吹き飛ばす位の覚悟を持って全力で事にあたるまでよ!
家庭教師がついてからは、高校受験前の追い込みかと言わんばかりに勉強に打ち込んでいった。
数学はご令嬢であれば、基本的に前世の小学生くらいまでの知識があれば支障がないようだ。
大陸共通語の他に隣国の言葉も学ばなければならなかったが、それには奴隷時代の経験が功を奏した。
奴隷の中には色々な国から売られてきた奴隷たちがいたので、彼らとコミュニケーションを取るために日常会話として自然と話せるようになっていたのだ。
その他にも王国史や経済学、神学やら何のためにあるのかわからない淑女学なる物まである。
可能な限りの勉強と食っちゃ寝、ついでにダンスやらマナーやら……気が付けば半年経過していた。
「グレタ!」
バターンと勢いよく部屋にやってきたフランシス様が、私の姿を確認するなり抱き着いてくるのも慣れましたー……
「フランシス様、おはようございます」
「おはようグレタ、なにか欲しい物や父様にしてほしいことはないかい!?」
「特にありませんわフランシス様」
最近の悩み事と言えば何かに付けて私を甘やかそうとお仕掛けてくるフランシス様だろうか。
ふと思ったのだけれど、もしかしてゲームのグレタは甘やかされた結果傍若無人に育って性格が悪くなり、立派な悪役令嬢に育ったんじゃなかろうか……
あり得るなぁ~、きっと死んだお母様に似た私を重ねているのもあるだろうし、離れて過ごした時間をフランシス様なりに埋めようと奮闘されているのだから。
隙きあれば、自分の事を父様と呼んでほしそうに自己主張してくるようになったが、私はいまだに父様と呼べないでいる。
いやね、呼んでほしいのは凄くすごーく伝わってくるんだけどさ……恥ずかしいから仕方がない。
そうしている間にいつものごとく、フランシス様を探しにテオドール様がやってくるのだ。
「養父上、いつまでさぼっておられるつもりですか?」
冷ややかなテオドール様の声が聞こえると、目に見えてフランシス様の身体がビクッと跳ねた。
「テ、テオドール……いやサボっているわけではないのだよ? 愛娘の進捗状況を確認に来ただけだからね」
しどろもどろに視線を彷徨わせながら言い訳をしている時点で有罪だと思いますよ?
「ハァ~、倍以上の敵軍にすら怯むことなく果敢に攻め入る英雄フランシスが、たかが書類を前にして逃亡劇を繰り広げるんですか?」
「たかが? あの執務室の書類の山をたかがと表現するのは不適切だと抗議させてもらう!」
そんな二人のやり取りもすっかり見慣れた今日この頃……それは突然やってきた。
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