第5話『思い出すんだ!私!』
さて、自分の新しい名前が英雄伝の悪役令嬢グレタだと判明したことで、とりあえず美味しい食事をヤケ食いしたわけだが……
粗食で生きてきた私は豪華な食事に消化不良を起こして、その後見事に寝込んだ。
フランシス様は、慌ててリンドブルク公爵家のお抱え医師を連れてきてくれたようで、私は与えられた部屋のベッドで横たわりながら、現在診察をうけている。
消化不良と発熱、咳、厳しい奴隷生活から解放された事で、どうやら張り詰めていた体力と精神力が限界を迎えたらしい。
私が寝込んでいる間、フランシス様は私の寝台の隣にテーブルを持ち込んで私の看病をしながら自分の仕事をこなしている。
テーブルの上に積み上げられた書類をペラリ、ペラリとめくる音や、カツカツと静かに聞こえるペンの走る音が私はひとりではないのだと感じられて嬉しい。
「無事にお熱が下がって安心いたしましたよグレタお嬢様」
「ありがとうございますパメラ」
三日ほど寝込んだあと熱も下がり往診に来てくれた医師から、動いても良いとお墨付きが出た。
久しぶりに寝間着以外の服を着せてもらったけれど、やはり裾の長いスカートが足に纏わりついて派手に絨毯の上に転倒してしまった。
うん、まずはこの衣装で問題なく動くところから始めないといけないかな。
「パメラ、お屋敷の中、散歩してもいいですか?」
「えぇ、問題ございません。 ご一緒に参りましょうか?」
「はい!」
三日間寝込んでいた間、朦朧とする意識の中で私は前世の人生を振り返っていた。
両親を早くに亡くし、引き取ってくれるような親戚も居なかった私は、奨学金制度を利用して高校を卒業するまでの間を孤児院で過ごした。
孤児院には似たような境遇の子供達も複数いたし、十八歳まで育ててくれた孤児院の先生方には頭が上がらない。
高校に通いながらバイトで小さな部屋を借りるための独立資金を貯めた。
社会人になってからは派遣社員として働きながら、ほそぼそと生活する日々。
ささやかな趣味といえば、同じ派遣社員だった女性に勧められて、初めて中古で購入したロールプレイングゲームだった。
ロールプレイングゲーム『グラシアル英雄伝』
主人公テオドールが仲間を集めて腐敗した王侯貴族を打倒し、心優しいヒロインのエステル王女と結ばれ救国の英雄として国王になる、そんなありきたりなストーリーだ。
しかしそれまでゲームなんて縁がなかった私は『グラシアル英雄伝』にものの見事にのめり込んだ。
ヒロインは美しく、民を思いやる姿は聖女のようだったし、登場人物達は皆個性豊かで面白い。
隠し要素や隠れキャラ、決まったキャラを仲間にすると仲間にできなくなるキャラもいた。
また二週目、三週目でなければ仲間にできないキャラクターも存在する。
そんなやり込み系のゲームは、私の心をガッシリと鷲掴みにしたのだ。
そしてゲームに夢中になりすぎて、寝食を疎かにしながら仕事を続けた結果……階段で意識を失い命を落とした。
享年二十四歳……我ながら残念すぎる。
こちらの世界で百三番として奴隷生活をしてきた十二年は、とても辛い人生だった。
けれど、そんな奴隷人生は記憶が蘇った今は、どこか他人事のように感じる。
前世の自分を思い出したせいだろうか、前世の人格が強くなった気がする。
リンドブルク公爵邸は、高位貴族の屋敷に相応しい巨大な邸宅だ。
コの字形の邸宅の正面には中央に花壇を回るように送迎馬車が通り抜けできる広場があるし、邸宅を囲むように森と噴水のある美しい庭園、そしてリンドブルク公爵に仕える騎士達の宿舎と賓客用の別邸、訓練場がある。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園を抜けて訓練場へ足を踏み入れると、明るい髪色の数人の騎士達に混じって黒髪が見える。
どうやらテオドール様は私に気が付いたようで、持っていた刃引きの長剣を近くに居た騎士に手渡すと、こちらへ駆け寄ってきてくれた。
「もう体調は良いのか?」
「はい、あのときは助けていただいたのにきちんとお礼を言えなくて……ありがとうございました!」
大きな声でお礼を告げて深々と頭を下げる。
「無事で良かった……」
下げた頭をくしゃくしゃと優しくかき混ぜるようにして撫でられる。
この優しい人に将来殺される程に憎まれるようなことを、ゲームのグレタはしちゃったんだろうな……
ゲーム『グラシアル英雄伝』は炎に巻かれたリンドブルク公爵邸から始まる。
王城へ出仕していたテオドールは、城からの帰り道で火の手が上がったリンドブルク公爵邸に気がついて駆け付けるのだ。
使用人達が次々と逃げ出してくる中、テオドール様の師匠兼養父であるフランシス様の姿がなくて、皆が止めるのも聞かずに邸宅へ飛び込んでいくのだ。
逃げ遅れた使用人達を救出しながら邸宅を進み、執務室で血を流して倒れているフランシス様を発見する。
「あの子を責めないでくれ、テオドール……あの子は……グレタは騙されているだけなのだ……」
この言葉を残してフランシス様は死亡、なんとか邸宅から脱出したテオドール様は、リンドブルク公爵殺害の容疑で王家から指名手配されてしまうのだ。
細かい設定やイベントは省くが、テオドール様は逃亡劇を続けながら仲間を集めていく。
国王から逃げてきたエステル王女と共に、次々とやってくる難題を解決しながら情報を集めていく。
そして仲間と共に圧政に苦しむ民を救うべく、国王を倒し、地下に幽閉されていたグレタを処刑したあと、エステル王女と結ばれ救国の英雄王となるというストーリー。
うん、王道ファンタジー……だけどそれが良いのだから仕方ないね。
「どうした? ぼぉっとして」
どうやら考えに耽ってしまったせいで、テオドール様を目の前にしてフリーズしてしまったみたいです。
「いえ、皆さんあんなに大きな剣を軽々と振り回しているので、つい見入ってしまいました」
ガキン、ギャリっと金属同士を打ち合わせる音が、距離があるにも関わらずここまで聞こえてくる。
「日々鍛錬をしているからな」
「長剣と採掘用のツルハシだとどちらが重いですか!?」
「うーん、どうだろう……俺はツルハシを振り回したことがないからな……長剣持ってみるか?」
「いいんですか!?」
しばし考えたあとテオドール様からの申し出に目を輝かせる。
銃刀法違反の刑罰があった前世では、まず長剣なんて触ることはない。
ツルハシや農業用の鍬や鎌などはショッピングセンターなどで触ることが出来たけれど、長剣は無い。
場所によっては刀のレプリカを置いている場所があったけれど、貧乏社員であった私はそれらに触るために旅行に行くなど夢のまた夢だった。
「テオドール様、グレタ様に長剣をもたせるのは危なくございませんか?」
私を心配したのだろうパメラから待ったがかかる。
「刃は潰してあるがそれなりに重さがあるしな……ドレスでは危ない、か?」
パメラの言葉にテオドール様が考え込み始めてしまった。
このままでは長剣を持たせて貰えない!?
「パメラー、こう見えても私は予備のツルハシを何本も抱えて運んだりしてましたから力には自身があるんですよ!」
ドレス姿で腕の筋肉を強調するように見せるものの、パメラは首を横に振る。
「先程もドレスで転ばれたではございませんか」
「そっ、それは裾が長いしッ、あと布が多すぎておもいんだもの」
「だものではございませんよ、とにかくいけません!」
「そんなぁ~」
ここ数日でいくらか打ち解けたパメラだが、なかなかに頑固なのだ。
「ふふふっ、あはははは」
そんな私達のやり取りを見ていたテオドール様が、もう我慢ができないとばかりに吹き出し笑い始めた。
笑いだしたテオドール様はいつものどこか怖いような雰囲気が霧散している。
「おっ、おい……あのテオドール様が笑ってるぞ」
「げっ、本当か……明日は嵐になるんじゃないか?」
ざわざわと騒ぎ出した騎士達をテオドール様が、ひと睨みすると皆わざとらしく散っていく。
「くそっ、あいつら覚えとけよ」
舌打ちして見せるテオドール様の気安い反応に目を奪われる。
「テオドール様は騎士の皆さんに慕われていらっしゃるのですね」
私の言葉にテオドール様が目を見開いた。
「そんなことはありませんよ? あいつらは自分は俺よりも歳上だと思って、隙きあれば直ぐにこちらをああしてからかってくるんだ」
大げさに肩を竦めて見せて入るけど、その耳が微かに赤いのは私の見間違いだろうか。
「グレタ?」
背後から名前を呼ばれ振りかえった。
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