第3話 『娘って私!?』
「!? マルガレータっ!」
「えっ?」
まるで、重さなど感じていないように抱き上げられて驚いた私の身体を、まるで宝物を扱うように優しく、けれどしっかりと抱き締める。
これまでこうして誰かに抱き締められたことなどなかった。
ふいに与えられた服越しに伝わってくる温かさに涙が浮かぶ。
そしてしきりに私の首元……首輪で半分隠れた変わった形のアザがある場所を確認し、グッと唾を飲み込むと私の首元に額を押し付けるようにして、声を殺し涙を流し始め更に力強く抱き締められる。
これまでは労働中に意識を失い倒れたとしても冷水を掛けられて、自力で歩くこと強要されてきたのだから……
突然抱き上げられたことに驚いたのは、どうやら私だけではなかったらしい。
「そちらは当店の所有物で、すでに他の方の購入が決まっております、お放しいただけますでしょうか?」
そう言って奴隷商人様がこちらへと距離を詰める。
「いや、それはできない」
フランシスの言葉に奴隷商人様と世話焼き奴隷達が殺気立つ。
私とフランシスを守るように、先程私を助けてくれた青年……テオドールが立ちふさがった。
「この子は……私の娘だ……」
娘? 一体誰のことを言っているの?
私には助けてくれる親なんていない、ここにいると言うことは親に必要とされず捨てられて、売られてきたのだと奴隷商人様は言っていたのに……
「良く、生きていてくれた……ずっと、捜していたんだ」
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「フランシス・リンドブルクだ」
私を抱き上げたままのフランシスが名乗るなり、奴隷商人様が慌てた様子で地面に膝を着く。
「ご無礼をお許しください英雄リンドブルク公爵閣下」
「許す、そなたに確認しなければならないことがあるからな」
「それからこれは私の息子だ」
フランシスがテオドールを示しながら言う。
余り似ていない気がするし私から見ると兄弟でも通る位の年齢差に見えるけれど、私が考えているよりもフランシス……フランシス様はご高齢なのかな?
「リンドブルク小公爵閣下、ご無礼をお許しください」
「あぁ」
奴隷商人様に短い返事をしたテオドール……様が半歩後ろに下がってフランシス様へ場所を譲った。
「先程も言ったがこの娘は私が戦争へ赴いていた際に攫われた娘だ……ずっと、ずっと捜していたのだがやっと見つけることが出来た……奴隷商人この子を引き取ろう」
「えっと……それは……」
「おいっ! 客をいつまで待たせるつもりだ!」
フランシス様の言葉に奴隷商人様が言い淀んでいると、奴隷商人様の後ろから先程奴隷部屋で会った貴族が怒りを顕にしてこちらへ向かってやってくる。
彼の後ろには既に身支度を済まされたのだろう、買い取り用の清潔な衣服に身を包み新しい所有の首輪を付けた二人が立っている。
「その奴隷は儂が買った奴隷だ! その手を離せ!」
「奴隷商人……金額は言い値の3倍で構わない、この無礼者への違約金もこちらで用意する」
「お買い上げありがとうございます旦那様……しかし申し訳ございませんこちらのお客様のは当店のお得意様なのです。 お客様同士でご相談いただけますと幸いでございます」
フランシス様の提案に奴隷商人様は笑顔で頷き、私の所有権の話し合いを二人の貴族へと譲り渡した。
奴隷商人様からすれば相手がどちらになろうとも売れれば良いのだから。
「ふざけるな! その娘は私が買い取ったのだっ!」
「奴隷売買は所有者を証明する首輪の付け替えによって完了する、幸いこの娘はまだ奴隷売買が完了していないからな。 奴隷商人……支払いを済ませたい、商館へ案内を」
「はい旦那様」
「儂は認めておらんぞ! この盗人め!その娘を寄越せ!」
両手が塞がったままのフランシス様へ変態貴族が殴りかかる。
殴られる!
反射的に身体を丸めて防御態勢を取った事で、フランシス様が私の突然の行動にいくらかバランスを崩した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「大丈夫だ、私が守る」
なおも殴り掛かり続ける変態貴族の猛攻を余裕でいなしながら、フランシス様が宥めるように私の背中を優しく撫でた。
「テオドール、この子を預かっていてくれ、すぐに済ませる」
「わかりました」
素早く私の身体をテオドール様へ優しく受け渡す。
「大丈夫だ、よく見ていなさい……父上はああ見えてこの国で最強の男だ」
テオドール様の低い声が優しく耳に入ってくる。
「くそっ、なぜ……攻撃が……当たらない! 逃げるな若造!」
「皆さんそう言いますが、こう見えてももう若くないんですがねっ!」
運動不足か、はたまた緩みきった体格のせいかすでに息が上がってまともに話せていない変態貴族へフランシス様が放った殴打が、その腹部へ食い込むと、フランシス様の倍以上重さがありそうな変態貴族が奴隷商館を囲む壁へと吹き飛んだ。
「わかったか? フランシス様を怒らせては行けないぞ?」
しみじみと実感がこもりまくったテオドールの言葉に、私は必死に顔を立てに振った。
「ふぅ~、さぁ契約だ! 奴隷商人よ」
「どっ、どうぞこちらへ」
ニコニコと上機嫌なフランシス様の様子に顔を引き攣らせながら、奴隷商人様が案内をしていく。
「あの……」
「うん?」
「助けてくれてありがとう」
テオドール様にお礼を告げれば大きな手が頭上に来た。
一瞬身体が怯んだけれど、テオドール様は殊更ゆっくりと大きな手を私の頭に乗せると優しく撫でてくれる。
「自分よりも弱いものを守っただけだ」
「ふたりとも早くおいで」
フランシス様に呼ばれて、私はテオドール様に抱かれながら奴隷商館へ入っていった。
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