第3話


 次のユリシアたちの授業は歴史で、向かうのは資料館だった。歴史学は必修科目ではあるものの、次の時間に歴史学を入れた生徒はユリシアたちの他にどれほど居るのかは分からない。この学園のやり方は、学びたいことを学びたいだけ自由な時間に、である。当然ながら必須時間は設けてあるから勉強不足になることはないし、それを過ぎても学びたいことがあるのならばどこまでも学べる仕組みである。つまり、専攻科目の時間だけは決められているが、ある程度は自由な生活が約束されているのだ。

 けれどもアグドラはユリシアと同じ科目を選ぶ。やはりユリシアと居るとうまくターゲットを油断させられるのだろう。

「ねえねえ、隣いい?」

 資料館に着き、二人はいつものように一番後ろの隅っこに陣取っていた。教室は全体的に埋まっている。おそらくユリシアの隣しかなかったのだろう。

 ユリシアは「大丈夫だよ」と言いながら振りあおぎ、一瞬動きを止めた。

 そこに居たのがターゲットの一人だったからだ。

「どうぞ」

「ありがとう。きみ可愛いね。名前なんていうの?」

「ユリシア・ユーフェミリアだよ。あなたは?」

「僕はクラン・ストレイグ。そっちのきみは?」

「……アグドラ・シウォンだ」

 クランは、ユリシアの奥に座るアグドラを見て柔らかな笑みを浮かべる。

「ごめんね、二人の邪魔をしたかったわけじゃないんだけど」

「邪魔って?」

「……ああ、なるほど。アグドラの片想いかな?」

「ふざけるな、誰がこんな女」

「そうそう。シウォンくんとはいいお友達」

 さらりとした金髪が印象的だった。そこからのぞく青い目がユリシアをまっすぐに見つめる。

 クラン・ストレイグは宰相の息子である。落ち着いていて穏やかでとんでもなく美形だが、とんでもなく女好きなため常に誰かが泣いている。クランには双子の弟、ウィシュアが居たはずだが……そこまでユリシアが考えたところで、クランの背後の席に少年がやってきた。

「置いていくなよクラン。探しただろ」

「ウィシュアが迷子になってただけじゃないか。これ、僕の弟ね」

「弟って……双子なんだから関係ない。てか、誰?」

「今お友達になった、ユリシアとアグドラ」

 ウィシュアは無愛想に軽く頭を下げる。

「ごめんねユリシア。ウィシュアは人見知りだからちょっと態度が悪く思えるかもしれないけど、悪い子じゃないんだよ」

「そうなんだ。気にしてないよ。ね、シウォンくん」

 アグドラは興味もないのか、すでに話を聞いていなかった。

 アグドラのターゲットはどうやらこの二人ではないようだ。この二人もそこそこ重要人物ではあるが、やはり、王太子やその婚約者が狙いなのか。

「クランとウィシュアは専攻何にするの?」

「僕は魔術師学で、ウィシュアは騎士学かな」

「じゃあウィシュアは私と同じだ。よろしくね、ウィシュア」

「……ユリシア、騎士学にしたの?」

 女ながらにそれを選択していることに驚いたのか、クランが何度も目を瞬く。

「そうだよ。でもシウォンくんは怪我が怖いからって薬草学」

「おい、勝手なこと言うな」

 アグドラの嫌そうな顔を最後に会話は終わった。教師が入ってきたからである。歴史の教師は偏屈なことで有名なため、ただでさえ真面目な生徒たちが殊更真剣に取り組んでいた。

 ユリシアは一応真面目に授業を受けている。卒業をする予定はないが、怪しまれてはすべてが終わりだ。

 アグドラはやけに真剣にノートをとっていた。退屈そうな様子でもない。ユリシアと同じ立場であるのにご苦労なことだなと、ユリシアは彼の勤勉さに少し呆れた。そして反対隣を見れば、クランも真剣に授業を受けている。こちらはどこか楽しそうだった。

(……歴史好き?)

 ユリシアが事前にもらった情報には載っていなかったが、歴史の話を持ちかければすぐに仲良くなれるかもしれない。

(ひとまず仲良くなって、家に遊びに行くことができれば結構重要な情報とかもらえそう)

 ひとまず宰相の息子の双子には接触ができた。今後の騎士学ではウィシュアと仲を深め、同じく騎士学を専攻したと噂の王太子にも近づいて様子を見よう。彼には婚約者が居るために、婚約者とも仲良くなっておいたほうが良いだろう。自然と距離を詰め、自然と取り入る。焦ってはダメだ。焦りは行動を杜撰にしてしまう。


 授業を終え、アグドラと共に教室に戻る。クランとウィシュアとは、また話そうと手を振って別れた。

 残念なことに、同じクラスにはターゲットが一人もいない。ユリシアにとってはホームルームがもっとも退屈で、だからこそアグドラと戯れるしかやることがなかった。アグドラは迷惑そうにしていたが、ユリシアには良い暇つぶしである。

「そういえば、さっきの」

「さっき?」

 教壇に立つ教師が、一年間の行事日程を説明していた。アグドラはずっと真面目に聞いていたのだが、突然くるりと振り返る。後ろからユリシアにちょっかいをかけられるのが嫌になったのかと思いきや、どうやら何かを話したいらしい。

「……あいつ。クラン・ストレイグ。気をつけろよ。あいつは生粋の女好きで有名だからな」

「モテそうな見た目してたもんね」

「……おまえみたいな慣れてなさそうな女が標的にされて泣きを見るんだからな」

 やや睨むような目で、ユリシアに忠告をする。

 アグドラは少々情に厚すぎる。いちいち心を動かしていては、いざというときに正常な判断ができない。

 彼は密偵には向いていない。最初に思ったことをまたしても思い、そんな彼がこの学園に放り込まれたことに、やはり最初のように同情した。

「シウォンくんがそう言うなら気をつけるよ」

 ユリシアは笑いながら言ったのだが、アグドラはどう思ったのか、むすっとしたまま「そうしろ」と不機嫌そうに言っただけだった。

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