私、整形しました。
本橋梅太
第1話整形をするということ
整形をした。
私の二十六年の人生でもっとも大きな出費だ。
入院してから一週間。四十五度に背もたれたが起き上がったベッド。一度で大工事した私の顔は包帯でぐるぐるに巻かれている。おかげで視界を遮られた私はずっと暗闇の中にいた。
誰かが私の前に立った気配がした。
「小泉さん、今日で退院です」
術後の影響で上手く発声ができない私はこくりと頷く。
「ひとまず包帯を取りましょう」
言って私のオペをしてくれた先生がするするとゆっくり包帯を解いていく。
目元の包帯が解かれていくにつれて、私の目に視力が戻ってくる。久しぶりの光で、瞳孔がぐわんぐわんとピントを合わせようと大忙しだ。
全て解き終わると、看護婦さんが鏡を取り出し、私に見せた。
手術前よりも酷い私の顔。
「これはダウンタイムと言って、術後の腫れが退くまでの数週間はこの状態が続きます」と先生が説明をしてくれた。整形をしようと決心した十八歳の時から、隙あらばネットで情報収集していた私はすぐに話を飲み込んだ。
「絶対に可愛くなってるからね」そう言ってくれた先生の言葉は羽毛のように優しく温かいものだった。
*
ダウンタイムが終わり、社会復帰をしようと職探しを始めた。
今まで書類審査ではじかれていた私は、整形をしてから簡単に採用がもらえるようになっていた。建築会社の営業事務、アパレルショップの店員、テーマパークの受付、この三社全て、面接らしい面接もなく簡単に採用となった。日本はどこまでいってもルッキズムなんだなと改めて痛感させられる。
「前職は派遣で不動産会社の事務をしておりました」
「ふーん、そうなのね。あなたお酒はどれくらい飲める?」
「気にしたことがないので正確にはわかりませんが、前職の飲み会では三次会まで行ってイエーガーをストレートで飲み続けても記憶がありました」
「なかなか強いわね。よし、じゃあさっそく明日からうちに来なさい」
夜会巻で派手目な白の着物を着た女性とそんなやり取りをした。
ベロア調のL字ソファがたくさん置かれた半地下。ベルガモットの香りが漂い、大きなシャンデリアが装飾された煌びやかな店内だ。そこで私は四社目の採用を貰った。
どうせ綺麗になったのだ。それを活かせる場所で働きたいと思い、私は新地でホステスになることにした。
*
家に帰った私はバラエティ番組を観ながら度数9%のチューハイを飲んだ。
社会人になってから様々なストレスを抱えるようになり、いつの間にかこいつ無しでは眠れない体になっていた。ほんと未成年の時はどうやって眠っていたのだろうか。
テレビでは『学生時代の黒歴史』というテーマでトークが展開されている。
去年、漫才の賞レースで見事優勝をした期待の若手芸人、モケモケたぬきのボケ担当木村さん。
『俺のは黒歴史っていうか、消したい過去なんすけどね———』
『おうおう、なんや?』
ひな壇の左下に座る木村さんが話し始めると、MCの嶋田信之助が相槌を打つ。
『いやー、俺中学高校っていじめられてたんすよ』
『ほうほう、なんでや?』
『ほら、俺って便器みたいな顔してるでしょ?』
『どんな顔やねん!』
会場には笑いが起きた。私もそれを観ながらクスッと笑う。
『なんていうか汚い的な? 皆さん気付いてないかもっすけど俺ってクソブスなんすわ』
『国民全員知ってるでそれ!』
すごいな。自分がブスであることを武器にしている。そんなことを思いながら二本目に手を伸ばした。
『そんでね、学校に行ったら机に彫刻刀でブスって彫られてたり、顔面ガチャガチャマンってあだ名つけられたり、まぁ地獄だったんすよ』
『いや、笑われへん!』
笑っていいのかどうか、判断ができなかった会場を見兼ねて、嶋田さんはすかさずツッコミを入れる。すると会場はどっと湧いた。
似た境遇だった私は笑えなかった。学生時代、廊下を歩いていると後ろ指を差された。「ブス」「ごみ」「変な顔」「福笑い」そんな悪意のある言葉を投げかけられるためだけに学校へ行っている気分だった。私の心に深く突き刺さった言葉の針は、釣り針のような返しが付いていて、引き抜ことができない。苦しかった。
孫にも衣装理論で、可愛い服を買ってみたり、当時流行りだった髪型にもしてみた。それでも効果はない。可愛い服を着たブス、流行りの髪型をしたブス、それ以上でも以下でもない。過不足なく、ブスはどこまで行ってもブスなのだ。
そんな私でも十八歳の時に一度だけ恋をしたことがある。相手は当時アルバイトをしていた和食屋さんの先輩。彼は四個上のマッシュ風のパーマヘアが良く似合う大学生の田中先輩だ。当時の私には田中先輩がとても大人に見えて、憧れを抱いていた。
仕事ができて、先輩後輩からも慕われている。そして、何よりも私に優しくしてくれた。
先輩が内定先のインターンのため、バイトを辞めることになった日、私は思い切って告白をしてみた。そこまで絡んだこともないので、振られることは前提だった。それでもこの初恋を伝えたかったのだ。
「先輩、好きです」
「……えーっと、ごめん」
想定通りの答えだ。悲しさもなにもない。
その日の夜、お風呂から上がるとスマホにはすごい量の通知が来ていた。
バイトだけのグループLINEだ。
〈小泉さん、田中先輩に告ったのウケる〉
〈さすがに思い上がりすぎ〉
〈ブスなんだから告白すんなよ〉
どうやら一晩で噂は広まったらしい。
すると田中先輩もトークを送ってきた。
〈俺もう辞めるからぶっちゃけるけど、ブスとか無理だからwそれに読モの彼女いるからwお疲れww〉
私を傷つけるためだけの言葉の羅列。寒気がした。読モの彼女か……。さぞかし可愛いんでしょうね。人よりも少し可愛く生まれただけで、周りに愛される。あんまりだ。
当時のことを思い出して吐き気がした。トイレに駆け込み、便器に顔を突っ込む。
さっき飲んだお酒や、今日食べたものが便器の中で泡にまみれている。
吐瀉物を吐き出すように、過去もリセットができればいいのに。いくら整形で綺麗になっても、ブスだった過去は私の後ろを着いて回る。
*
私は源氏名を
このお店には本当に様々な人がやってくる。
会社を経営しているおじさん、芸能関係者、有名漫画家、いろんな人のこれまでを聞きながらお酒を飲むのが楽しかった。
「琳寧ちゃん、三番テーブルにヘルプ入ってあげて」
「わかりました」
私はオーナーママに指示をされて、三番テーブルに移動をする。
「初めまして、琳寧と申します」
そう言って胸元をアピールしながらキラキラした名刺を渡した。
「はいよ」
言って椅子に座っていた男は引っ張るようにして、私から受け取る。
3ピースのベージュのスーツ、マッシュ風の重た目なパーマヘア。
驚くことに田中先輩だった。
「琳寧ちゃん? 超可愛いじゃん! とりあえず酌してよ」
大股を広げて背もたれに腕を回して座っている田中先輩は私にそう言った。
どうやら彼は後輩と来ているようで、田中先輩の向かいには何代目だよとツッコミたくなるほど派手に刈り上げられた髪型の男が座っている。
私が田中先輩のグラスに鍛高譚を注いでいると、刈り上げが話し始めた。
「田中さん! 琳寧ちゃんにもあの話してやってくださいよ! あのテッパンのやつ!」
「おー、いいぜ! そんじゃテッパンのエピソードトーク、もう一回話すわ!」
もう一回か。つまり私が来る前に既に披露してるのか。他の女の子ごめん。私のせいでまた聞かされちゃうね。
「これは俺が大学生の頃の話なんだけどよ」
始まりました。田中先輩のきっとすべらない話。私は「うんうん」と頷いて笑顔で聞いた。
「和食屋でバイトしてたんだけどさ、大学四回の時にここの会社……あ、集学館の内定貰ったんだよ」
やんわりと自慢を挟む。ていうかすごいな集学館って。超大手の出版社だ。
「そんでインターンがあるからバイトを辞めることになったんだけどな、そしたら全然喋ったことないバ先の女に告られちまってよー」
察した。これは私が告白をした時の話だ。
「彼女いるからごめんって断ったんだよ。そしたらそいつ、『ヤダヤダ! 田中先輩が付き合ってくれないと私死んでやるー!』ってヘラっちまってさ」
事実無根だ。私は付き合えないことをわかっていたから、すぐに引き下がった。
「だから言ってやったんだよ! お前みたいなブスは死んじまえってな」
もうやめて。決していい思い出ではなかったけど、私の初恋だったんだ。
「その後にバイトだけのグループLINEでみんなにそのこと報告したら、超炎上したんだよ!」
「やべーっす! 田中先輩、マジテッパンっす!」
やめて。
「つーかブスって可哀想だよな!」
やめてやめて。
「なんでっすか?」
「そりゃあお前、誰にも相手されないんだからよ!」
やめてやめてやめてやめて。
「超辛辣! マジウケるっす先輩!」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて。
「「がははは!」」
耐えきれなかった私は席から立ち上がった。
「どうしたん? 琳寧ちゃん」
「すみません。少しお手洗いに」
「あーね、わかったわかった。生理ね! 朝までガードできるの着けておいで!」
言って「「がははは!」」と下品に笑う田中先輩と刈り上げ。
私はスタスタと歩き、トイレには行かず裏口から外に出た。
ビルとビルの間の狭い通路。繁華街ならではのいろいろなものが混ざった臭いが夜に溶けている。
「くそ……!」
その場にしゃがみ込んで、奥歯を強く噛んだ。骨切り手術で顎に埋めたチタンプレートがミチっと音を立てた。
私は両手で顔を覆った。溢れ出る二十六年の悲しみは、指の隙間からこぼれていく。
今の自分を作るのは過去だ。
過去を消さない限り、顔をいじったって何も変わらない。
私、整形しました。 本橋梅太 @jikyu880
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