第4話

「――なんで! 人間は生きることに執着する生き物さ。永遠を高望みして、オレに縋りついて、いつも「死にたくない」ってみっともなく泣き喚くのに、あなたはどうして初めからすべてをあきらめているんだ。訳が分からないよ。五年間も観察してきたけど、結局、あなたのことが全然分からない」


 うんうん、なるほどね。いままで散々一方的に執着されてきたのに、執着されなかったらされなかったで不満になる。私の価値観がズレているから、気に入らなくて、翔真くんは私に近づいてきたんだ。


「最初はそうだったけど、今は違う。オレはあなたのことを……っ」


……君がどういう存在なのか気づいていたよ。

 会うときは必ず夜で、時々すごい血の匂いがして、ちゃんとカギをかけているのに、君は瞬間移動したかのように現れる。

 ニンニクが大嫌いで、私の気を引くためかしら? 似合わないシルバーのアクセサリーをジャラジャラつけてきたと思ったら、つけていた部分の皮膚が腫れあがって煙が出ているし、君に出会ってから猫どころか、コウモリやネズミをよく見かけるようになった。


「遠回しだけど、わざわざコラボドリンクの中からソーマの雫を選んできたってことは、君は元々自分の正体を打ち明けるつもりだったのかしら?」


 見開かれた青い瞳に映る――死んだ魚の目をした女。女が得意げに笑うと、サメみたいなギザギザの歯が見えた。


 吸血鬼? 別に驚かないよ。

 人間の中には同じ人間だと思いたくない、変態や化け物たちがたくさんいる。

 鬼とか天使とか獣人とか、人外が存在した方が救いがあるじゃない。


「名前、結構ひねっているね」


 無理やり声に出すと、身体と気持ちが少し落ち着いた。

 

 吸血鬼の代名詞であるドラキュラ。


 ローマ字読みに変換するとDORAKYURAで、

 日本語風に組み替えて門倉(KADOKURA)

 そこに余った文字とソーマ(SOUMA)をかけ合わせた結果が

 

 門倉翔真(KADOKURA SYOUMA)


 ドラファンの影響で、中学時代はそこそこ神話をかじっていた。

 ソーマの雫の元ネタは、インド神話で神々の飲み物であるソーマ。

 その効果は不老不死の霊薬とされ、月の神としての神格を持っている。


 不老不死の霊薬だと、君は君自身を薬だとみなしているのかい?

 まったく、ちがうでしょう。


「…………」


 黙り込んだ翔真くんは、ヒレのように垂れた私の手を取って首を横に振った。


 君も気付いているんだ。

 自分は都合の良い薬ではなく、悪夢そのものの猛毒だということに。


 余った文字を名前に入れても、結局、Rの字が抜けてしまった。

 かわりにKが入って、ソーマにはYが混入している。

 欠陥だらけで中途半端な不老不死の霊薬。

 Yを逆さにしたら、なんだが人っぽいよね?


「あなたがどう思うとも、オレはあなたを救いたい。あなたに生きていて欲しいんだ」


 そして、あなたは自身の孤独を癒したいんでしょう。

 なにも望まない私だからこそ、あなたは安心できるから。


「まぁ、私も君のこと、嫌いじゃないよ」


 五年間ずっと、鏡に君が映らなかったのを訊かなかったのは、私も多分、寂しかったんだろうね。


「あぁっ。――さんっ!!!」


 私の言葉を了承と解釈したのだろうか。


 狂おしく、愛おしく、私の名を呼ぶ声が聞こえて、首筋に痛みが走った。

 ぴちゃぴちゃと水音を立てながら血を啜る音。皮膚を這う舌の感触とともに、身体の奥が火を灯したように熱くなる。

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