第2話

 彼らが見たものは品種改良を重ねまくって、もはや牛の原型をとどめていない、頭部に二本の角を生やした異形いぎょうの怪物たちであり、家畜の牛たちを精肉工場へ出荷しているという悪夢の光景だった。


 しかも出荷を主導している異形の牛たちの中には、屋敷を襲撃した鬼たち(※遺伝子組み換え牛)の姿があり、テロの首謀者は彦星だと確定。

 行方を追うために、襲撃犯の牛へ事情聴取したところ、織姫がテロリストたちを手引して、彦星と共に逃亡したことが発覚した。


 結論:このテロは、織姫と彦星の復讐を兼ねた駆け落ち大作戦です。

 どんなチートコードを使ったのか分かりませんが、織姫が天の川を渡った場合、捜索はかなり広範囲になるでしょう。

 

「なにそれ」


 報告書を読んで、天帝は疲れたように呟いた。

 産業を担う二柱ふたはしらの神が姿を消した。

 しかし、最新技術の導入により、織姫と彦星が居なくても、天界は揺るがなくなっていた。


 織姫の残した3Dプリンターは、学習機能がついているから毎月の新作が発表され、彦星の方は襲撃事件テロに加わった牛たちは殺処分されたものの、残された牛たちが自ら牛の王国を築きあげて、出来損ないの同胞を市場に流通させている。しかもとても美味しくて、一定のファンがついているから始末に負えない。


「もう、好きにさせろ。どうせ、一時的な反抗だ。飽きたら帰ってくるだろう。二人して土下座して謝ったら、寛大な心で許してやろうではないか」

 

 天帝、それフラグです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「どうやら、うまくいったようだな」

「えぇ。では、下界へ参りましょうか」


 天帝を出し抜いた織姫と彦星は、世界の果てでパラシュートを背負う。

 パラシュートに使われている繊維素材は、もちろん下界に降下しても破けない上に、ステルス機能を備えた織姫ブランドだ。

 二人の視線の先にあるのは、滝のように流れ落ちる天の川の水と、切り立った崖の向こう側に見える地上の星。


「成功するとは思いませんでした」


 まず天帝の屋敷で騒ぎを起こし、織姫は一時的に姿を消す。

 駆け落ちの可能性を視野に入れた父は、捜索する兵たちにはずだ。

 変装した織姫は兵たちに紛れて権限をもらい、天の川を渡ることが出来るようになった。

 兵士たちが訪れる前に合流を果たした二人は、泳ぎに特化した水牛(※遺伝子操作済み)に乗り、天の川の下流である世界の果てまで逃走。

 そこから下界に降下こうかして、ただの人間として暮らす手筈となっている。

 日本が不景気でよかった。闇バイトを経由して、戸籍が金で買えるのだから。


「すごいわ。流れ落ちた天の川は、下界の空気に触れると雲になるのね」


 この世の神秘と星のまぶしさに目を細めて、織姫は感慨深げにつぶやいた。天帝の意思が働いている天の川を突破しなければ、彦星と合流して逃げることは叶わない。


 まさか自分が、ここまで大胆なことを成し遂げるなんて思わなった。

 織姫は脱力したようにため息をついた。

 この計画の要は、天帝が二人の行動に気づいたときに水泡に帰してしまう。しかも、織姫の方は父親と同居して屋敷内が職場なのだ。

 バレる可能性は織姫の方が高く、いつかバレるのではないかと神経をとがらせていた日々ともこれでお別れとなる。


「織姫、大丈夫か? 少し休もうか」


 降下準備の手を止めて、顔を俯かせる恋人に彦星は声をかけた。

 彼のそんな優しさに、いつも泣きたいような、縋りつきたいような気持ちになり、際限なく求めて甘えて甘やかされる。


「お父様は結局、私のことを見てくれませんでした」


 返事の代りに出た言葉に、織姫は自分が情けなくなって首を横に振った。

 天帝である父は、実子の背信に気づくこともなく、兵士に変装した娘の姿を見ても気づくことはなかった。

 駆け落ちを成功させるためであったが、計画が順調に進むごとに、父親に対する失望と諦めが胸を穿っていく。


「後悔しているのか?」

「少し」

「……そうか、ごめんな。こんなことに巻き込んじまって」

「いいえ。知らないままだったら、ずっと苦しいのが分かっていましたから。ですけど、あなたは怖くないのですか? 人間界はすでに千年以上もときが流れているんですよ」

「うん。まぁ、なんとかなるだろうよ。神界で、このままなにも変わらずに、腐っていくよりずっといい」


 飄々と笑う彦星を見て、織姫は胸が締め付けられそうになった。

 腐っていくという表現は、変化とは無縁の神族が決して使わない言葉だ。

 人間は成長する、変化する、環境に適用して、時には現状を打破するために反撃に打って出る――そう、彼はずっとずっと人間だったのだ。

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