シン・織姫と彦星

たってぃ/増森海晶

第1話

 この世で一番偉い神様――天帝てんていは激怒した。

 娘である織姫と娘婿むすめむこの彦星が、仕事を怠けるようになったからだ。


 織姫こと天棚機姫神あめたなばたひめは、繊維産業を担う女神であり、神々の衣服を織る重責を担っている。

 そして婿殿むこどのこと彦星は、元々どこにでもいる牛飼いの一般人だったのだが、真面目な人柄が評価されて、娘に釣り合うようにと、神格と職務を与えられた逆玉シンデレラボーイだ。


 天帝がこの二柱ふたはしらの結婚を主導したのは、休みなく働き続ける娘の身を案じたことが発端であり、結婚相手である牛飼いの彦星もブラック企業も真っ青のワーカホリック。

 働き者の二柱をくっつけて互いを想いやる気持ち――すなわち【愛】を知ることが出来れば、自然と自愛じあいの精神が生まれて、仕事に対する姿勢も落ち着いてくると、そう信じていた。


「ダ~リン☆」

「マイハニ~♪」


 だが現実は、周囲を顧みないゲロアマバカップルの誕生である。

 お互いの目をハートマークにして、毎日ラブライフ状態の二人は、仕事そっちのけてデート! デート! デート!

 仕事漬けの毎日だった反動から、ハメを外しまくって、デートのあとはめちゃくちゃオセッセ……(ゲフッ)


 仕事?

 ナニソレおいしいの? 


 仕事至上主義ではなくなった彦星&織姫ラブ&ピースは、中指立ててはっちゃける。

 だが、それがいけなかった。一応このバカップルは、産業を担う神様だ。

 必要最低限の仕事しかしなくなった結果、天界の繊維業界と精肉業界は大打撃。

 天帝が着る服も、好物のステーキも貧相なものになってしまい、周囲はかわいそうなものを見る目で天帝を見る。


 その結果が、


「いやああああああ。ダーリンっ!?」

「ハ、ハニーッ!!!」


 恋人たちを引き裂く天の川。

 天帝によって生み出された川は、絶対的な力で、織姫と彦星を隔てる自然の壁となった。しかも、この川には天帝の意思が働いており、織姫と彦星が単体で向こう岸まで渡ることは不可能というチートである。


 これで一件落着かと思ったら、


「さみしい、死にたい」


 織姫は鬱になった。


貴女あなたのいない人生なんて」


 彦星も鬱になった。


 理不尽に引き離された織姫と彦星は鬱になり、ますます仕事をしなくなるという悪循環に陥った。


 だから天帝は条件を出す。


 真面目に働いたら、七夕の日に会うことを許す。


 しかし、その日に雨が降ったら、天の川が氾濫はんらんして会えなくなるという鬼畜の仕様しようである。


 だったら、なんで自分たちを引き合わせた!


 織姫と彦星――天帝によって結ばれ、そして、理不尽に引き裂かれた、悲劇の運命にじゅんじるカップル。

 天帝は気づいていない。

 おのれ全知全能ぜんちぜんのうではなく、全恥全膿ぜんちぜんのうの毒親であり、天界の惨事を招いた元凶であることを。


【シン・織姫と彦星】


「天帝、お逃げください」

「ぎゃあああああああっ!!!」

「鬼、鬼の大群が」

「一体、なにが起こっているんだぁっ!」


 天帝の屋敷を襲撃する、頭部に二本の角を生やした異形の集団。

 彼らは無双ゲームのように天帝の屋敷を荒らしまわって、そして去っていった。

 幸い死傷者は出なかったものの、残されたのは、無残にも破壊された屋敷のみ。

 台風一過の惨状の中で、織姫の姿がいないことに気づいた天帝は、いやな予感を覚えて、屋敷の敷地内にある娘の職場へ駆け込んだ。


「!!!」


 職場である工房では、神力じんりきによる3Dプリンターによって、完全オートメーション化された織機システムが残されており、娘の姿はどこにもいない。


「織姫はさらわれたのではなく、テロの混乱に乗じて逃げたのではないでしょうか。鬼たちを手引きしたのも、もしや織姫では?」

「ばかなっ! 娘は天の川を渡れないのだぞ。駆け落ちなんて出来るはずがない」

 

 それ、フラグです。


 家臣の言葉に激怒して唾を飛ばす天帝は、兵士を集めて屋敷を襲った鬼たちテロリストの調査と、消えた織姫の行方を捜すように命を下し、


 これはあくまで、駆け落ちの可能性を打ち消すためであり、この時点においては、織姫はすぐに見つかり、事態はすぐに収拾されるかと思われたのだ。


 天帝の意思が働いている天の川――その向こう岸。

 詰めている牛舎には、すでに彦星の姿はなく、代わりに牛たちが働いて仕事をまわしている。


「こ、これは、なんと奇怪な」


 派遣された兵士たちは絶句した。

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