第5話 親
私の娘が死んだ。電話でそう告げられた時、意味が分からなかった。音だけが素通りして言葉は意味を持たなかった。
テレビで連日連夜、娘の名前が「死」という言葉とともに過去形で表される。娘の輝くような笑顔の写真と共に、素晴らしい業績が読み上げられ、コメンテーターは悲しみの定型文を垂れ流す。若かったのに。何があったんでしょうか。以前、共演させて頂いたとき、笑顔で挨拶してくれて、これからもっと頑張りたいです。そういっていたのに、と言葉をとぎらせ、涙ぐむ。
どうしてこんなことになってしまったのか。どうして娘は死んでしまったのか。
娘は生来おとなしい性格で、友達もできにくく、家にひきこもってばかりいた。本を読むわけでもなく、ゲームやテレビを見るわけでもない。ずっと、ぼんやりと白い壁を見つめるような子で、他の家の子のように元気に外を走り回ったり、何かに熱中するということがなかったので、心配だった。小学三年生の時、刺激が良い方向に働けばと思って、あるテレビドラマのオーディションに連れて行った。
笑顔ではきはきと物をいう子供のなかに加わってオーディションを受ける娘はかなりぼんやりして見えた。大人に何か言われてから、行動に移すまでがすべてワンテンポ遅かった。だけど、その姿が審査員には大人に媚びない自然体の演技と評価され、オーディションに合格した。オーディションに合格したことを伝えても娘はさして喜びはしなかった。
最初はドラマをとることに嫌がりもしないが嬉しそうでもなかった。しかし、ドラマの話を重ねるにつれて、娘は楽しそうな笑顔を見せることが増えていった。できあがったドラマはたいして人気にならなかったが、娘の表情は豊かになったため、それだけでよかったと思った。芸能界の空気が肌に合っていたようだ。少しずつではあるが、ドラマやバラエティ、モデルなどの仕事をもらうようになり、活動の場が広がっていった。
通常の生活。いわば学校に行って友達と話し、宿題をして、家族団欒をすごす。そんな普通はうちの家から消え去ってしまった。娘は学校を嫌い、芸能の世界にいることを好んだ。ろくに勉強もせず、芸能界の大人ばかりと話をして、子供にして大人さながらにお金を稼ぐ。そんな娘は、表面ばかりが美しくなって中身が伴っていないような気がしてならなかった。
娘は勉強放って、芸能活動に熱心に取り組んでいた。一種の狂気ともいえるような目をして、誰かになりきり、バラエティでは馬鹿みたいに手をたたいて笑った。年齢に合わず、大金を手に入れた娘はそのお金でブランド品を買いあさっていた。
娘が高校一年生の冬を迎えるある日、いきなり学校を辞めると言い出した。
「私、高校辞めるから」娘は携帯に目を落としたまま言った。
「どうして」
「芸能界に集中したいから」娘は私の目を見ようとしない。
「芸能活動は一回セーブして、普通の女の子らしく青春を謳歌してみたら」娘には、平穏な日常が必要だと思った。
「は?」
「お母さん、心配なの。あなたが外見ばかり綺麗になっていくのが。日常生活の経験や知識も人生には必要なのよ」私は、娘のことが本当に心配だった。
「お母さんは美しい私に嫉妬しているんでしょ。ってか普通ってなに?普通の女の子ってなんなの?私はもう普通じゃないんだよ。何かあったらネットでさらされて炎上して、たたかれてしまう芸能人。もう元には戻れないんだよ」娘は大声を荒げ、自分の部屋に戻った。こんなに声を荒げる娘は始めてだった。
私は、何とか高校中退を止めたけど、娘は結局死んでしまった。
私は母として、このときに娘を抱きしめてあげるべきだったのかもしれません。そして、大丈夫だよ、よく頑張ったねと耳元でささやいてあげるべきだったのかもしれません。
でも、いまさらそんなこと思ったって遅いのはわかっています。
死んだ娘はもう二度と戻ってきません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます