第4話

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 大切な話があると、義両親が好みそうな料亭に、孝彦たかひこさんたちを呼び出した。


「本日は、お時間をとらせてしまって申し訳ございません。どうしても、息子の将来ために、話し合いをしなければならないと思いまして、この場をお借りしました」


 わたしは綺麗な角度でお辞儀をして、彼らが余計なくちばしをつっこむ前にテーブルに書類を並べる。医療に携わる者なら、この書類の真贋しんがんが分かるはずだ。


「ずっと引っ掛かっていたのです。なんで、あの浮気相手はわざわざわ家に乗り込んできたのか。この時点で、わたしは托卵されていると気づいていない、知らない振りをしたまま孝彦たかひこさんと付き合えばいいのに、どうして彼女は自分から平穏を壊そうとしたのか……息子の成長から疑問が確信に変わりました」


 あくまでわたしは、最近になって托卵に気づいたていを装う。


「彼女はあなたじゃなくて、息子を取り返したかったのですね」


 おそらく女性側に、なにかしらの事情の変化があったのだろうけど、詳しいことは確かめようがない。


「う、うそだ。知らない。オレは知らないぞ。それに、それ以前に、オレは毛髪なんて提出してない」

「別居の際に、わたしの私物を送ってくれたでしょう。確認したら、夫婦で共有していた日用品まで入っていたじゃない。使う気にならないから、箱に入れっぱなしになっていたのが、かえって良かったわ。わたしたちが使っていたブラシを提出したら、三人分の毛髪のサンプルが取れたのよ。……浮気相手も、あのブラシを使っていたのね」


 わたしが説明すると、孝彦たかひこさんは、今思い出したかのような顔をする。観念して、書類に目を通すと――。


「……あの、女ぁっ」


 書類を黙読した孝彦たかひこさんは、怒りで顔を赤くして義両親も不愉快そうに顔を歪ませた。


「――つまり、DNA鑑定の結果、私達が孫だと思っていた祐樹ゆうきは、君の子供でもなければ、 金野家の血も引いていないということか。こういう事態を招いたということは」


 ぎろりと義父は、鷹の一睨みのごとく不詳の息子に向けられる。

 孝彦たかひこさんの方は、顔を青くしたり赤くしたりして取り乱し、隣にいる母親に救いを求めるが、義母の顔は能面のように白くなり、感情そのものが抜け落ちていた。


「はい。ですが経緯はどうあれ、わたしは祐樹ゆうきを我が子として愛しています。もうわたしにはこの子しかいないんです」


 わたしはバックから離婚届を取り出して、土下座した。


「どうかっ! どうかっ! お願いします、離婚してください。祐樹ゆうきのこれからのためにも、どうかお願いしますっ!!!」


 畳に額をこすりつけて、なんどもなんども懇願する。

 義両親はプライドの高い人間だ。自分たちが赤の他人を孫と思い込み、嫁に来た女性を自分たちの不手際に巻き込んだうえで、息子は浮気相手にいいように利用されたのだ。


 面子めんつをつぶされて顔に泥どころか、全身が汚泥おでいまみれであり、泥をすすいで名誉を回復させるためには、身を切る荒療治が必要だということを彼らは知っている。


「これが、君の選択だとするのなら尊重しよう。慰謝料・教育費は祐樹ゆうきが成人するまで援助する」

「あなたっ!」


 声を荒げる義母を制して、義父は同情をこめた目でわたしを見た。


「感謝します。孝彦たかひこさんも良い人を見つけてください」


 勝った。

 まさか、援助まで約束してもらえるとは思わなかったから大収穫だ。


「お、おまえは、それでいいのか? 自分の人生なんだぞ?」


 戸惑う孝彦たかひこさんは、血のつながらない我が子を愛しむ、わたしの気持ちが分からないのだろう。

 そして、ゆーくんが「うまれちゃ、ダメだった?」と問いかけたとしても、めんどくさそうにやり過ごそうとするのが想像できて、わたしは平静ではいられなくなる。


「だとしたら、孝彦たかひこさん。あなたは自分の人生を大切にするあまりに、わたしに托卵をして多くの人たちに迷惑をかけたわけですね。そんな人生に、なんの価値があるのでしょう。わたしはゆーくんの母親になる人生を歩みます。だから、放っておいてください!!!」


 淡々と反論するつもりが、次第に感情が昂って両目に涙があふれてくる。一応は感謝しているのだ、祐樹ゆうきが生まれてきた背景には、この男の我が身可愛さがあるのだから。


「おい、そんな言い方っ……」


――パシッ。


「あなたっ! なんてことをっ!」

「申し訳ない! あなたにそこまで言わせるなんて我が家の汚点であり、それ以前に人間のクズだ。どうか愚かな私たちを許してほしいっ!!!」


 それは一瞬だった。義父が孝彦たかひこさんをはり倒して、頭をひっつかんで無理やり土下座させる。息子に並ぶ形で義父も土下座して、空気を読むかのように義母も不本意ながら土下座した。


 畳に並べられたそれぞれの三つの頭を見て、彼らは本当に家族だったのだと、わたしは妙に納得してしまった。

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