第3話

 わたしと血がつながっていない祐樹ゆうきは、 金野家の初孫であり長男だ。未だに旧態依然の価値を引きずっている、義理親は浮気程度で離婚することを許さず、孝彦たかひこさんも離婚に難色をしめしている。


 だからわたしは、別居して育児の実績を積みあげるのだ。

 父と母にも祐樹ゆうきが血のつながらない孫だと知っても、手放さないように仕向けるのだ。

 いつまでも 金野の家が、良き隣人でいてくれる可能性なんてないのなら――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 三年前のあの時、防犯カメラの映像から、わたしが祐樹ゆうきを車に乗せて家を出る場面が記録されていた。続いて、勢いよく玄関から飛び出して、人気のない住宅地を走り去った女性の姿。彼女があわてて包丁をバックにしまい、走り去る場面が記録されている。


 その後、浮気相手の消息が途絶えて、彼女の親から捜索願が出された。捜査協力として連絡を受けたわたしは、その時のことを警察に証言し、証言を裏付けるために提出された防犯カメラの映像を見せられて、こみあげてくる感情が顔に出ないように、一生懸命うつむいてみたいな嗚咽を零した。


 だれも、わたしを疑っていなかった。

 そう、だれも。


 彼女の行動を先読みして、見事に彼女の背後にまわり込んだわたしは、なるべくスピードを落としながら車体を彼女の身体にぶつけた。


――ゴッ。


 マンガのように浮気相手の身体は吹っ飛ばなかった。

 前のめりに道路へ倒れて、頭を思いっきり打ったにもかかわらず、頭よりも鼻から血を出していたのを覚えている。鼻の骨が折れて、豚のようにひしゃげた顔がなんだか滑稽だった。


 わたしは周囲に人がいないのを確認して、車のトランクに彼女を詰め込み、その場を走り去った。


「一応確認だけど、車に乗って実家に帰るまで、一日時間があいているねぇ。どこでなにをしていたのかな?」


 型通りの質問をしてきた警察官は、かなりめんどくさそうな態度で言った。わたしを疑っていないのは明白だった。

 わたしは生粋の詐欺師になりきって、堂々と嘘をつく。


「冷静になりたかったですし、幼い息子もいましたから落ち着ける場所を探していました。そこで実家に帰る途中で、いつも立ち寄っている道の駅が宿泊施設を併設していることを思い出して、そこで一泊してから実家に帰ることを決めたのです」


 いかにも母親然とした答えに、警官の顔からけんがとれる。

 てっきり、なぜ通報しなかったのかとか、不可抗力とはいえ、家のカギが孝彦たかひこさん帰ってくるまで、ずっと開いていた状態なのを責められるかと思っていたから拍子抜けだ。


「そうですよねー。ご協力ありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」


 非力なわたしは、山の中で浮気相手の身体を念入りに何度も轢いた。

 雨が降り始めることで、血で汚れた車体が洗い流されるのもありがたかった。

 わたしはゆーくんに、ジブリやアンパンマンやドラえもんの主題顔を歌いながら、女の身体を何度も轢いた。

 たくさんの血が流れて、骨が砕けて、皮膚が紙のように破れて、わたしでも持ち運べるくらい死体が軽くなるまで、何度も何度も。


 我ながら行き当たりばったりだ。一歳になった祐樹ゆうきを背負いながら、軽くなった死体を埋める場所を探していて、何年も放置されていたぼっとん便所を見つけて死体をそこに捨ててきた。

 車に戻る途中で雨が降ってきて、わたしと車体についた血が洗い流された。さらに雨で濡れガラスになったわたしたちが、さして怪しまれることなく、宿泊施設を利用できたのも大きい。

 なにせ三年前は、コロナ禍によって客足が遠のき、全国の宿泊施設が赤字経営に陥っていた時期なのだ。

 どんなにあやしい人間だろうとも、確実にお金を落としてくれる客なら大歓迎の状態だったのだろう。


 様々な状況と要因が絡み合って、わたしは完全犯罪を遂行した。

 あとは姿が見えない敵を作り出して、実家と 金野の家に対して脅威を煽り、わたしは健気な被害者としてふるまうことで、祐樹ゆうきに対して有利な条件を引き出してきた。


――だが、人間は喉元を過ぎれば恐怖を忘れる。


 そろそろ次のフェーズに移った方が良いのだろう。

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