第38話 坂上
藤波は、BARヒュッゲに久しぶりに行った。
開店15分前。
坂上と話すための時間だ。
店に入ると、坂上がカウンターで酒瓶を拭いていた。
「お待ちしてました。」
「そう畏って言われると緊張するよ。橘君のことは、すまなかったね。」
坂上が藤波のコートを脱がし、ハンガーにかけた。
「いいよ。元々、ヘルプなんだから。まさか、橘君のおかげで角田さんのことが丸く収まるとは思ってなかったけど。」
「角田はスケベだが、単純で一途な男だ。他の客を追ったことはない。まず、落ち着くんじゃないか。」
「それだと助かる。俺も角田さんのことは嫌いじゃないから。」
坂上は、ウイスキーを出した。
「そういう言い方を、自分のいいように解釈するのが角田という男だ。気をつけた方がいい。」
「はは。気をつけます。」
二人は乾杯した。
「橘君との同棲バイトは解消したんだね。」
「ああ。やはり彼は獅堂の息子だった。間に合って良かった。」
「治療がうまくいってないのか?」
「今のところは大丈夫とは聞いている。できれば、獅堂ジュニアが一人前の研究者になるところを見てから逝ってほしいね。」
「そんな、不謹慎な。」
二人は笑った。
「と、いうことは、翔優君が復帰したんだね。」
「ああ。休んでいた一週間は、真面目に箏の練習をしていたらしい。一曲、仕上げていた。」
「前にパーティーにおよばれしたときに久々に聴いたけど、もうプロみたいなもんじゃないか。何か、仕事に結びつけられないの?」
「彼は対人スキルが破綻しているからね。やり始めるなら、僕がマネージャーをしなくてはならない。それは迷惑だ。」
「立場が逆転だ。」
「僕も対人スキルが長けているわけではないのにな。」
「よく、二人でやっていけるね。」
「閉ざされた世界にいるからね。」
「もう、付き合っちゃいなよ。」
「三十路すぎた男に使う言葉じゃない。」
藤波は苦笑した。
「いまだに僕はあいつの考えていることはわからない。なんとも言えない怖さがあるんだ。娼婦なり男娼を家に呼ぶと、翔優が翌日必ず演奏する曲があるんだ。愛しい人が新妻を抱いているのを想像しながら、枕を濡らして寝るという曲だよ。」
「それは……要芽の躾の結果だよ。因果応報。」
坂上は意地悪そうな目を向けてきた。
「人を育てるというのは難しいね。巷のお父さん、お母さんはよくやってるよ。」
藤波はウイスキーに口をつけた。
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