第39話 大人

「学校の情操教育を否定するなら、お前なりに考えがあるんだろうな。」


いつもの薔薇園で、獅堂が言った。



「音楽でもやれば?彼は人の話が音楽的に聞こえるらしいよ。それに、翔優の親を見てると、スポーツに有利な遺伝子があるようには感じないね。」


「へえ。そんな能力があるんだね。音楽はいいかもしれない。まあ、スポーツだって、興味を持ってもいいじゃないか。プロになるわけじゃないし。」



「好きでやるならなんでもいいさ。問題は、周りの大人だよ。遊びで始めたのに、欲が出てくる。コンクールだ、大会だ、とね。」


「目標があるから頑張れるだろ?」



「結果にこだわりながら上達できる人間は一握りだよ。大勢の比較対象、踏み台となった凡人の骸の上に立てる奴しかその方法は効果をもたない。」


「そうかなぁ。俺もテニスをやってたけど、やっぱり大会に向けて頑張った時は、燃えたよ。楽しかったし。」



「獅堂のように、自然と取り組みの過程を自己肯定に繋げられる奴はいいんだよ。大抵は、苦しみながら練習している。仲間内ですら、足を引っ張れば刺される。プロ選手が清々しくテレビに映っているのは、入れ替え可能な世界の、生き残った強い人間だけを映しているからさ。それを教育に繋げるのは危険だよ。」


「わかった、わかったよ。翔優には、音楽もスポーツも勧めてみる。慎重に、大人を選んでね。」


僕は獅堂を改めて見て言った。



「導く大人なんかは要らない。邪魔にならない大人を選びなよ。」


「手厳しいな。」



「人を変えられると自負する大人ほど信用ならないよ。」


「そうか……まあ、わからないわけではないが。ただ、みんながみんな、立派な大人になるわけじゃない。理不尽な人もいるけど、そういう不条理の中で磨かれるものもあるだろう?」


「磨かれる前に砕け散ったら、意味が無い。」



苛々していた。

獅堂にじゃない。

父から言われてきた、幼少期のあれやこれやだ。

何気ない一言がいつも僕を苛立たせる。

父の言葉を受け入れれば、自分は自分じゃなくなる。

だが、自分を保とうとすれば、父に反発するしかない。

どうして、親子なのにこんなに違うのか。



「要芽も翔優と一緒に何か始めたら?」


「冗談言うな。僕と翔優が並んで何か仲良くやっているイメージなんて、ないだろ。」


獅堂は苦笑した。

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