第37話 翔優の生活
獅堂から、引き続き勉強をみてくれないか、と頼まれた。
塾講のように偏差値で切り刻むような導きを求められるのはごめんだが、多少関わる分には構わないとこたえた。
翔優自身も考えて決めたとはいえ、きっかけは僕だ。
責任を感じるところはあった。
翔優は、両親が働いている間、屋敷内の部屋を使って勉強した。
母親が朝から夕方、父親が昼間から夜の勤務だった。
翔優は、昼間は自分で勉強し、夕方に学校から帰った僕のところへ来て勉強を教わる。
そして自宅の夕飯どきに自宅に帰るという時間割だ。
明治に建てられたこの屋敷は、ここだけ時が止まったように感じられる。
翔優の部屋は二階だ。
音楽を楽しみながら社交するための、明るく広い部屋があてがわれた。
調律をしているか怪しいグランドピアノが置いてある。
翔優は、窓辺近くに机を置いて、自分で淡々と勉強を進めていたようだ。
あっという間に教科書は終わりそうになっていた。
その頃には、あの半開きの口が閉じるようになっていた。
「僕は、勉強は教えないよ。その教科書は、この国の誇りをかけて作られたものだ。君の世代の平均的な子どもが自力で読めることを前提に作られているんだよ。だから、間違えたら、また読んで、直せばいい。勉強なんて、そんなものだ。」
僕は、市販のテストで達成度だけはかった。
結果をみて、翔優は勉強し直していた。
誰とも競わず、誰にも怒られない。
逆に、僕は褒めもしなかった。
勉強は、自分のためだからだ。
だから、不正や見栄を張る必要もない。
見た目こそ地味な毎日の繰り返しだが、翔優は心の自由を得ているように見えた。
ただ、翔優は笑わなかった。
無口で、何を考えているかわからない。
だが、自分にはそれで良かった。
僕は、自分の言葉に、人がいちいち反応するのが煩わしかった。
自分の考えを述べただけなのに、無理解と批判を寄越される。
ならば、何も聞かれない方がましだ。
円滑な人間関係のために、他愛ない話をしたり、迎合して人生の貴重な時間を無駄にするのが嫌だった。
翔優には、やはり何か障害があるかもしれないが、それが何だというのだ。
狂った大人はごまんといる。
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