第36話 教育

僕は、獅堂を呼び出した。

屋敷の中庭、薔薇園のベンチに腰掛ける。



「翔優を学校に行かせるべきじゃないよ。」


「どうしてそう思うんだい?」



「教科書を読んで、勉強できる。教師の下手な授業に付き合わなくていい。彼が、教師のくだらなさを明らかにするからといって、烙印を押されてはたまらない。」



獅堂は、いかにも研究者といった丸メガネをかけている。

メガネが彼を鈍臭そうに見せるが、実際のところ顔立ちはよく整っている。

そのメガネが、堕落にいざなう恋愛情事から彼を守っているのだ。



「まあ、勉強面はそうかもしれないけど、学校は、それだけじゃないだろう?」


「学校行事も大した価値はないよ。世の中に出たら、同世代が固まるなんて異常な事態はないんだ。学校が決めた日にち、学校が決めた内容、いじめがある学級。そんなんで何を学ぶんだい。会社や研究や文化が、“誰かに決められたこと”をやって、発展してきた試しがあるか?」



「そうだけど。社会は暴力的な面もあるじゃないか。学校で色々練習をする必要もあるさ。」


「僕はね、教師という存在が一番危ない種類の人間だと思っているんだよ。自分の劣等を他人になすりつけて、なお偉そうに語る。裸の王様だ。人間性を高めるなら、雑多なコミュニティが一番健全だ。そこには、詭弁じゃなくて生き様があるからね。学校は動物園のように”結果”が見えないのに階級が支配している異常な世界なんだよ?そこで情操教育なんてできるわけがない。」


獅堂は複雑な表情をしている。


「もう、戦後じゃないんだ。平均的な知識の習得だけなら集団での学習には一理ある。でも、今はそうじゃない。教育が国を動かしていると勘違いした結果、学校現場は崩壊して、教師もぶっ壊れてるじゃないか。誰が子どもを守るんだ?もう、親しかいないだろう。」



力説したのは翔優のためじゃなかった。

僕は、教師だった父親が嫌いだった。


資産家で実業家の多い藤波家の血筋で、平の公務員は負け組だ。

確かに僕から見ても、父は教育界で名を馳せるような大人物には見えなかった。


父は、その劣等感を乗り越えられず、僕に当たってくる。

その小心っぷりが、また僕を苛立たせた。

何年もまともに父とは話してない。

父親がわりに獅堂と話すようになった。



獅堂は僕の話を、翔優の両親に話した。

翔優は、やはり教師からバカにされ、友達からいじめられていたらしい。

本人も行きたがらないので、本当に翔優を学校に行かせないことにした。


義務教育だから黙っていても卒業はできるが、学力の証明に、国が定めた通信教育で単位をとる制度を利用することにした。


これが、僕と翔優の関わりの始まりだった。

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