第15話 那央のアパート

お店を出てからは、那央のアパートで飲み直すことになった。


「片付いてなくてすみません」


そういいながらコートをかけたり、冷蔵庫から飲み物をとってくると、


「もう那央の家に来ると、自分の家みたいに落ち着くよ」


と、橘が言った。



缶を開けて、軽く乾杯をする。

橘は、あんなに飲んだ割に酔っているようには見えなかった。

一方、那央はいつになくハイペースで飲んでしまい、少しぼんやりしていた。


「昨日、不思議な夢を見たんだ」


「夢ですか?」


「宇宙飛行士になる夢だった。」


橘はつまみのナッツをいじりなから言った。


「両親が離婚してたから、母親の実家に住んでいたんだ。沿岸の小さな村で、俺は毎日浜辺で星空を見た。田舎の星空はすごいんだ。まさに言葉通り、満天の星空なんだよ。初めてみたとき、感動して涙が出た。それだけじゃなくて、これだけの星がいつも輝いていたことに気づかなかったのが悔しかったんだ。だから宇宙の本を読み始めた。もっと知らない宇宙に近づいて、見てみたかったんだよ」


俺は語る先輩の横顔をじっと見つめていた。

先輩は、少年の時もそんな綺麗な横顔で星を眺めていたのだろう。


「来年、改めて宇宙開発技術機構に挑戦することにしたんだ」


「え……ホントですか?!」


「他の研究室に行って話をするとね、みんなとんでもなく頭が良くて、経験値も桁ちがいなんだ。俺じゃ全然及ばなかった。だから、簡単に言えば、諦めてたんだ。彼女の気持ちを隠れ蓑にして……。そりゃ、キレるよな」


橘は苦笑した。


「でも、もう一度、自分の夢を思い出したんだ。あの時も、星空を眺めて寂しさを乗り越えられた。きっと、今回も俺はがんばれる。そう思えたんだよ」


サンタとのプレゼント配りで、次々に見た子どもたちの夢を思い出した。

橘少年も昔、サンタに魔法をかけられていたのかもしれない。



「那央……なんでお前が泣いてるんだよ……」


「だって……俺は……先輩が頑張ってるの知ってたから……」


大粒の涙が止まらなかった。

今まで、こんなに人前で泣いたことはなかった。

なんで泣いているか、自分でもわからなかった。


「俺の勝手な気持ちですけど……。先輩に……夢を……諦めてほしくなかった……」


他人の人生に踏み込むのが怖かった。

それでウザがられたら嫌だったからだ。

でも、先輩が本当に大事なものを、自分で捨ててしまうのはもっと嫌だった。



橘は、那央の頬に手を添え、涙を親指で拭った。


「那央のおかげなんだ、決意できたのは。那央が、あの学園の教員に挑戦するって聞いて、お前がすごくかっこよく見えたんだよ。入学して初々しくて可愛いかった那央が、いつの間にか本当の先生になろうとしてるんだ。それに比べて、自分はこのままでいいのか、って考えさせられた」


橘は那央を抱き寄せた。


「今までありがとう。もし、那央が俺を応援してくれるなら、俺はもっとがんばれる」


先輩からほんのり甘い香りがする。


「俺と……付き合ってくれないか?」


那央は涙でうまく声が出ず、代わりに橘を強く抱きしめ返した。


「那央……好きだよ。」


橘のすらりとした長い指が、ゆっくりと耳をなぞり、那央の頬に触れた。

そっと、二人の唇が重なった。

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