第14話 魔法の夜

気がつくと、那央はアンプデモアの前にいた。

時計を見ると、24日の帰宅時間に戻っていた。

お店も閉まっていたので、バイトをちゃんと終えたところなのだろう。


那央は家に向かって歩き始めた。

華やかな街並みを横目に歩く。

オシャレをした楽しそうなカップルとすれ違う。

仕事帰りのサラリーマンもいるのが救いだ。



どこからか、女の怒ってる声が聞こえた。

周りの人も声がする方を見る。

女は一緒にいた男を平手打ちし、スタスタと行ってしまった。

クリスマスイブにケンカなんて、お気の毒に……と思ってみると、取り残された男は橘だった。



「先輩!」


ギョッとして急いで駆け寄った。


「那央……! ま、まさか、見られちゃった……?」


橘がぶたれた頬を押さえながら言う。


「見ちゃいました……。ドラマの撮影かと思いましたよ……」


「やぁ……本当に、恥ずかしい……。こんなところを見られてしまうとは……」


橘はため息をついた。


「あの、とりあえず、どっかお店入りませんか?」


♢♢♢


橘を保護するかのごとく、適当な近くの居酒屋に入った。

適当に注文するとすぐにビールが来た。

乾杯すると、橘は珍しく一気にビールを飲み干した。


「まあ、見ての通りなんだけど、さっき振られたんだ」


「そうなんですか……。なんで……」


「去年からすれ違いが多かったからね。ダメならダメで、俺もけじめをつければ良かったんだけど。ケンカするのが嫌で、ちゃんと話をしなかったんだ」


すぐ手が出る人とはそりゃ怖くて話し合いなんてできないよ……と思ったが、言わなかった。


「なんか、イイ人ができたみたいなんだ。元々モテるから、不思議なことじゃないんだけど。徹底的に比べられたよ。その彼はすごく活動的で、起業も考えてるんだって。正直、パワフルなカップルでお似合いだと思ったよ」


「比べられるのは……さすがに辛くないですか……?」


「そこで俺がどう出るか、最後に確かめたかったんだろうね。俺は2人がお似合いなことに妙に納得して、引いちゃったんだ」


束縛すらできない、先輩らしい反応だった。


「黙って別れてもいいのに、わざわざそれを言ったのは、彼女の親切心でもあったんだと思う。俺が、人とぶつかり合えなくて、決められない人間だから。もう少し、俺に変わって欲しかったんだろうね」


彼女とはいえ散々言われて、それでもそれを親切心といえる先輩はホント神だな……と思った。


「激しい人なんですね……。俺だったら、ついていけないです。」


「まあ……比べられて、一番キツかったのは……」


こんな神レベルで寛容な先輩でもキツイ話って、なんなんだろう。


「セックスを比べられたことかな。ずっと不満だったのかと思うと、堪えたよ」


思わず笑ってしまった。


「それも、親切心からですかね。」


「彼女的にはそうだね。お勉強ができるだけじゃダメなんだと反省したよ。ちゃんと、一回一回真剣に、向上心をもって、研鑽を積まないと」


ひときしり笑ってから聞いた。


「でも、それって……浮気したってことですよね……。それは、腹が立たないんですか?」


「彼女だって迷ってたんだと思うから、仕方ないかな、って。人間の感情なんて、タイミングよく割り切れるもんじよないよね」



今日の橘はお酒のペースが早かった。

お酒に強いから見た目は変わらないが、やっぱり振られたショックはあるのだろう。


ふと、魔法のことを思い出した。

このイベントは魔法のせいかもしれない。

明日には何ごともないように元通りになって、また先輩は彼女と付き合っているかもしれない。

そう考えたら、勝手に胸が痛くなった。



「俺も注文お願いします」


「もう頼むの?今日はペース早いね」


「先輩の失恋記念日なんで、とことん付き合いますよ」


「はは。明日、俺もバイト行くよ。もう、無給でも行く」


「カップルで予約満席なんで、よろしくお願いします。小さな恋のお店に、彼女にぶたれて振られたウエイターが給仕するクリスマスですよ」


「そこで人の幸せを願えるようになったら、オレは天国に行けると思う」


久しぶりに楽しい飲み会だった。

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