第2話 サークルオリエンテーション

入学式が終わり、那央はサークルオリエンテーションを回っていた。

大学のサークルが一同に集まり、当てがわれた教室を使って勧誘をしている。

音楽サークルの演奏が廊下に響いて、場を盛り上げていた。


サークルには何か入ろうと思っていたが、取り立てて希望はなかった。

教育学部は実習もあるし、教員採用試験もある。

要領がよくない自分は、忙しいサークルは難しいと思っていた。



なんとなくサークルを見回っていると、あのアンプデモアの橘が教室の入り口にいた。

見学の二人組の女の子の相手をしている。

もう一人男がいるが、女の子たちはあからさまに橘にばかり話かけている。

そんなことを知ってか知らずか、橘は女の子たちに相変わらず優しい笑顔を向けていた。



お店で見た笑顔が他の女の子にも振り撒かれているのを見て、複雑な気持ちがした。


生きてる次元が違うんだよなぁ……。


橘の無敵な陽キャオーラと自分の真面目だけが取り柄の地味キャラを比べてしまう。

一瞬、あのお店では同じ次元にいれたけど、それは店員とお客さんだからだ。



なんとなく気まずくなって、帰ろうと踵をかえしたときだった。


「あの! この間、お店に来てくれましたよね!」


後ろから声をかけられ、振り向くと橘が駆け寄ってきた。


自分は中身も容姿も平凡だ。

サーオリでは、高校生あがりの似たり寄ったりな見栄えの学生がわんさかいる。

そんな中でよく見分けがついたなと思った。


「あの時は、どうも」


当たり障りない挨拶をした。


「良かった、人間違いじゃなくて。一回しか会ってないから、ちょっと自信なかったよ。あの時、これ忘れて行かなかった?」


橘がシャーペンを取り出した。


「あ! それオレのです!」


大学受験の時にずっと使っていたシャーペンだった。

合格祈念にちょっと奮発して買ったシャーペンで、思い入れがあったのだ。


「座席の下に落ちてて…。これ、なかなか手に入らないやつでしょ?」


そうなのだ。

人気動画配信者が紹介してからというもの、予約をしてもいつ入荷されるかわからないシャーペンだったのだ。

2年の秋に予約して、3年の春にようやく手に入れた。


「ありがとうございます! わざわざ大学にまで持ってきてくれて……!」


「もしかしたら、お店は女性が多いから、なかなか来れないかなと思って…。大学で会えたらいいなと思ってたんだ」


ずっと気にかけてくれたんだ……。

諦めてたシャーペンが戻ってきたのと、橘の気遣いにちょっとうるっときた。


ペンを受け取ろうと右手を出すと、橘は左手をオレの右手に添えて渡してくれた。


おい、お前!おつりを渡す時全員にそれをやってるんじゃないだろうな!

と、思わずツッコんでしまった。


「良かったら、サークル見学もしていかない?」


橘に真っ直ぐに見つめられてそう言われたら、断れる人間はいないだろう。

流されるように教室に入った。

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