第九話・授業参観とイベントと夏休みの予定
放課後の教室。
俺は一人で悩んでいた。
授業参観。
その単語だけで、今後の展開が読めてしまうのがとても恐ろしくあり、どうすれば被害を最小限に抑えることが出来るのだろうか。
母親にプリントを渡さないのは、確実なる死が待っているため無理である。
仮病を使い休むにせよ、あの母親に通用するとは思えない。
ピット器官(熱センサー)持ってそうだし、目視で体温計りそう。
いっそ、心を無にして授業参観を耐えていた方が、一番ダメージが少なく乗り切れる気がした。
「東山か、まだ居たのか?」
白鷺が教室に戻ってきた。
「白鷺じゃん」
「ああ、なるほど。授業参観か」
「白鷺ん家は来るのか?」
「お母様は来るとは思うが、平日には習い事もあるから聞いてみないと分からないな」
白鷺のお母さんか。
どんな人かは知らないが、白鷺と同じタイプの美人ならば、着物もドレスも似合いそうだな。
「白鷺の母親なら会ってみたいな」
「そうか?」
「なんか、似てそうだしな。気になる」
「そう言ってもらえると有り難い。私は何よりもお母様を尊敬しているからな」
白鷺は口調こそ独特な変わり者だが、勉強も運動もかなり優秀であり、テニスやバイオリンもこなす多才なやつだ。
もっとも、メイドが好きだったり、詩を読む趣味があったりとぶっ飛んでいる一面もあって、そこら辺は母親譲りの性格なのかも知れない。
「授業参観には、東山のお母様も来るのだろう? 私も会ってみたいものだ」
「いや、それはやめてほしいかな」
「どうしてだ?」
「人に会わせるタイプの人間じゃないからな。ろくなこと言わないし」
「肉親を悪く言うのは、よくないぞ」
「そうだよな、すまない。ただ、はあ、難しいものだよな……」
貶したくはないが、誉める部分もないからなぁ。
授業参観なんて何であるのか。
それさえ無ければ、ここまで悩んでいないはずなのに。
中学生までなら義務教育だから、親が子供の勉強風景を見に来るのも義務だとは思う。
でも、高校生になったら、授業参観はいらないはずだ。
でも、いじめとかもあるから学校外にオープンにして保護者へのアピールもしないといけないし、意味合いとしては結構重要なのかも。
「去年はどうしていたんだ?」
「ああ、去年は知り合い少なかったから気にならなかったんだがな」
「それもそうか。六月だから、私も風夏と知り合ったくらいだな」
そういえば、こいつらの交遊関係よく分からない。
陽キャの小日向経由なのは確かだろうが、高校からの付き合いにしては妙に仲がいい。
「へー、小日向と白鷺の出会いか。めっちゃ気になるな」
「帰りながら話すか」
「ああ、もうそんな時間か。そうだな、駅前まで送ってくよ」
暗くなってきたので、帰りながら話すことにする。
七月のイベントの予定も決めないとな。
そういえば白鷺と直接会話するの久しぶりだった。
変わらず元気そうで何よりだな。
「あらあら、お帰りなさい。ママに何かあるでしょ?」
帰宅して秒でプリントを催促してくる。
「いや、何で知ってるの?」
「麗奈ちゃんから聞いたわよ」
秋月さんか。
「尋問した?」
「違いますぅ。そんなことしてません。ラインで教えてくれたのよ」
「いや、しれっと若い女の子とラインするなよ。絶対に迷惑だろ」
ただでさえ、秋月さんは断れない性格なんだから、こちらが気を遣ってあげないといけない。
母親は実の娘のように可愛がっているが、内心は可愛い女の子と絡みたいだけだ。
「ハジメちゃん、そういえば、今週の土日に麗奈ちゃんくるからよろしくね」
「毎週のように家に呼ぶなよ」
「ママだって、麗奈ちゃんと一緒に料理作りたいんだもの」
「子供か」
単純な理由過ぎる。
実の子供が料理好きじゃないから、キッチンで一緒に料理作れるのが嬉しいらしい。
秋月さんには今度ちゃんと謝らないとな。
「俺は晩御飯まで絵を描いてるから、よろしく」
「ハジメちゃん、流れ的に料理を手伝ってくれるやつだと思うな」
「いや、手伝うと蹴り入れられるし、作るのより食べる方が好きだからさ」
「ーーッ! そうやって、私のことなんだと思っているんですかっ!」
「母さん」
これ以上話していても不毛だから、早々に自分の部屋に行く。
はあ、授業参観マジだるぴっぴだわ。
授業参観当日。
教室では、そわそわしているやつと、そうではないやつに分かれていた。
クラスメートは大体半々くらいで、平日の午前から来れる保護者は多くはないのだろう。
両親共に仕事している家庭は来ないようだ。
出席率が低いのは有り難い。
二教科だけなので、二時間耐えればいい。
「そわそわ」
アホの子は落ち着きなくしていた。
辺りを見回しながらも、ちゃんと椅子に座っているあたり、昔よりも成長している。
席が遠いために見守ることしか出来ないが、授業中に答えを間違えないように祈っておこう。
「ねえねえ、誰のお母さんか当てゲームしよ!」
やっぱあいつアホだ。
小日向サイド。
一限目の授業が終わり、一息吐く。
小日向風夏の後ろの席には、秋月麗奈がいるため、意気揚々と答える。
「ねえねえ、麗奈のママはあの人でしょ」
「いや、私のお母さんは海外だから……」
「でも手を振ってるよ?」
細目の穏やかそうな美人のお母様が居た。
一瞬、白鷺冬華の母親かと思ったが、着物の女性が入ってきてその線は消えた。
後は美人で似ていそうなクラスメートとなると、秋月か西野さんくらいだった。
「あ、うん。本当だ……。でも、私のお母さんじゃないから」
東山舞桜。
魔王ではなく舞桜だが、知っている人からしたら対して違いはない。
「じゃあ、西野さんとか?」
「それも違うかな……」
「えー、誰だろ。直接聞いてみようよ。あんなに美人のお母さんが誰か気になるじゃん」
小日向風夏はわくわくしながらそう言い出すが、秋月麗奈からすれば知っている人であり、どうなるか分からない展開に恐怖していた。
二次災害は避けたい。
あと、立場上、東山ハジメの反感を買うのは控えたい。
何で止めなかったのかと言われそうだ。
「駄目だよ。知らない人に図々しく話し掛けるなんて」
「怒られないようにするし、怒られたら謝るから大丈夫だよ」
どこから来る自信かは分からないが、美人であれば大概許されると思っていそうな顔をしていた。
イラッとしたが、放置はしない。
友達が粗相をしないように努める使命があったため、諭すように話す。
「風夏、駄目だよ。男子のお母さんかも知れないでしょ?」
「それはそれでめっちゃ気になる」
ハジメに助けを求めようとするが、普通に教室から居なくなっていた。
(逃げてる……!)
絡まれる前に居なくなる。
当然の選択だった。
「冬華、萌花助けて」
その呼び掛けより早く、小日向は後ろの黒板まで駆け寄る。
「あら、どうしたの?」
目が合うと、独特な雰囲気に気圧されていた。
「えへへ。えっと美人なお母様ですね」
「あらあら、ありがとう。貴女も可愛いわよ」
頭をなでなでされていた。
「お名前は?」
「小日向風夏です」
「風夏ちゃんね、よろしくね」
犬を撫でるみたいにわしゃわしゃされている。
「私は東山舞桜。東山ハジメちゃんって知っているかしら? 陰キャだし知らないかしら」
「ふぇ?! えっと、あの、東山くんとは仲良くさせて頂いております」
「あらあら、まあまあ」
三人も合流して、小日向がヘマをしないようにフォローする。
「わざわざ挨拶してくれてありがとう。麗奈ちゃんと、冬華ちゃんと、萌花ちゃんね。よろしくね」
空気を察してか、秋月麗奈のことは初対面の体で距離感を取ってくれていた。
「みんな可愛いわね。ハジメちゃんが絶賛するわけだわ」
「そうなんですか?」
「ええ、とても可愛い四人組がいて、一緒に勉強会しているって言っていたから。本当だったみたいね」
東山ハジメは、直接可愛いなど言ってくるタイプではないため、言われ慣れない言葉を聞き、三者三様な表情をしていた。
麗奈は疑問点をぶつける。
「東山くんがそんなことを言いますでしょうか?」
彼女の性格をよく知っている分、弄られているだけな気がした。
「うふふ」
笑って誤魔化していた。
東山くんの母親だけあってか切り返しが強い。
和気あいあいとした話し合いに見えるが、その実では高度な情報戦が発生している。
相手から有益な情報を引き出すためにブラフを容赦なく使ってくるので、魔王と称される由縁を再確認していた。
結婚でもよくある、母親を敵に回したらやばい。
その理由がよく分かるものだった。
「あら、休憩時間も終わりみたいね。また後でお話しましょ?」
予鈴が鳴り、ハジメが教室に戻って来る。
「ん?」
入ってすぐに空気感を察してか、母親の方を見る。
こちらに気付いたらしく、可愛く手を振っている。
「何かやりやがったな」
二限目が終わると、母親達は親睦会を兼ねて軽くお茶会をすることになっていた。
知らないところで親同士が仲良くするのは正直気味が悪かった。
ありもしない話をする確率が高いからだ。
俺は母親に呼ばれ、素直に従う。
「どうしたんだ?」
「ハジメちゃん、こちらは小日向さんと白鷺さんと子守さんのお母様方だから、挨拶しなさい」
「東山ハジメです。ご挨拶が遅れまして大変申し訳ありません。娘さん方とは勉強会含めてお世話になっております。愛らしい我が子と男が一緒にいることは嫌だとは思いますが、節度を持って交友関係を結ばせて頂いておりますので、どうか許してください」
何に対して陳謝しているのか分からんが、年頃の娘を持つ親御さんだから、死ぬほど謝っておくのがいい。
特に白鷺のお母様とかだと、確認するまでもなく厳格な家庭だからな。
「こちらこそよろしくお願いしますね。風夏は馬鹿な子だから、迷惑掛けているでしょう?」
はい。
とはいえない状況である。
「いえ、小日向さんは仕事熱心ですしクラスのムードメーカーですよ」
「そうかしら。顔くらいしか取り柄がない子だから心配していたのよ」
小日向の親御さん辛辣過ぎる。
「いえ、愛嬌があって友達とも仲良くしていますし、ちゃんと小日向さんしか持っていない取り柄もありますから心配する必要はないですよ」
我が子を誉められるのは嬉しいらしく、笑顔であった。
笑っている顔も小日向に似ている。
「東山さん、学校での冬華さんはどうですか?」
「えっと、全員分答えるの……?」
答えたら解放されそうな感じだった。
まあ、あと数分でこの地獄が終わるのであれば、誉めちぎってやろう。
イベント当日。
サークルスペースでの準備をおえて時間になると、会場が慌ただしくなってきた。
思いの外、プライベートや絵を描くのが忙しく、資金的にも心許ないため、新刊を出すのは見送った。
イベントに参加しているのに、十ページくらいのコピー本でお茶を濁すかたちになってしまったのは申し訳ない。
それでも文句言わずに貰っていってくれるファンには頭が上がらない。
コピー本だからと少ししか刷らなかったのは失敗だったか。
白鷺の知り合いのレイヤーさんも持っていくため、無くなるペースがかなり早かった。
白鷺のところも直ぐ無くなりそうだ。
「ハジメさん、夏コミも参加しますよね?」
「ええ、二日目予定ですね」
メイド服のレイヤーさんが普通に聞いてきた。
さっきまで白鷺と話していたのに、不意に話を振られたからびっくりする。
白鷺と話終えて、列からズレたのか。
「夏コミですし、ふゆお嬢様はコスプレスペース来ますかね?」
「あ~、夏コミでメイド服ってやばいですよね」
「薄手の夏用のメイド服に冷却剤仕込んで何とかなるって感じですね」
「ですよね。すみません、あとで詳しく教えて貰ってもいいですか?」
「構いませんよ。連絡はDMでいいですか?」
「はい。ありがとうございます」
親切な人でよかった。
ベテランのレイヤーさんなら、夏コミも詳しいだろうからな。
白鷺が知らない分、俺が知っておいて夏コミに備えないと。
「新刊ください」
「はい。あ、この前の」
渋谷に居た女の子だ。
ツイで今日来るって教えてくれていた。
「えっと財布……」
「今日のはコピー本だから無料だよ」
「そうなんですね。すみません」
初心者あるあるだなっと思いつつ、二年前とかだと俺もあんな感じだったな。
もっとキモいけどさ。
「あのこれ差し入れです。グミとか好きですか?」
「ありがとう。好きだよ」
「わぁ、よかったです。お仕事頑張ってください」
そそくさと退散しようとするので、引き留める。
ちょっと待ってもらい、色紙を出す。
「来るの分かっていたから、どうぞ」
時間を掛けた分だけ、前のサインよりも丁寧に描けている。
リアルが忙しいことばかりだったが、如何に疲れていてもファンサービスには手を抜けないのがオタクの性分なのかも知れない。
「家宝にします!」
「いや、それはやめてほしいかな」
何度も繰り返すやり取りだった。
他にも伝えておいた方がいいことがあったので、今のうちに話しておこう。
わざわざ現地まで挨拶きてくれたし。
「夏コミの二日目に小日向のイラスト本出せるかも知れないから、もし良かったらよろしくね」
「ホントですか?! めっちゃ買いに行きます!!」
「予定だから、どうなるかは分からないけど。既存絵ばかりかも知れないし」
「大丈夫です。物として手元に置きたいんで、かたちは何であれ、すごく楽しみです!」
「そうか。そう言ってもらえると有り難いかな。出来る限り頑張ってみるよ」
「はい! 楽しみにしてますね!」
スキップしながら、抱き抱えて帰っていく。
中学生くらいの子に認めてられるのは、何だかんだ嬉しいものだ。
自分自身を重ねてしまう。
手を振って見送ってあげるべきなんだがな。
流石にそれは出来なかった。
「ご主人様、中学生を口説いていましたね」
やばいやつがきた。
「いや、ファンだから」
「シルフィードには遊びに来てくれないのに。私はずっと待っていましたのに」
メイド喫茶シルフィードのメイド長。
またの名を、
駄目イド。
メイドというか冥土。
俺をご主人様と思い込んでいる精神異常者だ。
「今、ぜったい変なこと考えていました!」
「そんなことはないですよ。イベント会場で毎回エンカウントするのはやっぱ辛いわって思ってたくらいで」
「やっぱり酷い! 今回は新作のカチューシャなど出していますので、ちゃんと挨拶に来てくださいよ」
「うーん。最後の最後でいいなら」
「最初に来て下さい!」
それはちょっとな。
疲れるから最後にしてほしいものだ。
「ちゃんと来てくださいね。お嬢様にもご挨拶してきます」
「十人待ちですけど大丈夫ですか?」
「えっ? 前より増えてませんか? 私よりもメイド力高い……毎日メイドとして働いているのに……?」
うっせぇな。
何で俺のサークルスペースでコントみたいなことしているんだろうか。
軽くでも触れると破裂する爆弾なので、無視しておくけど。
「自分で頑張って宣伝して、ちゃんと努力してましたよ」
「入れ知恵ではなく? ちゃんと合法ですか? 純粋さに漬け込んでいませんか?」
「そんなするわけないだろ」
「お嬢様なら、世界一綺麗なメイドさんとして売り出せば天下取れそうですね」
「悪目立ちすると立場が危うくなるから、それは無理だな。俺達からすれば、細々と活動するので充分だよ」
「それは、お嬢様の意見ですか? 自身の固定観念で動いてませんか?」
メイドさんは続けて話す。
「楽しいことがあるのならば、どんな結果になったとしても、お嬢様に挑戦させるべきです。学生が後悔することは何よりも罪深いことです。みんな大人になってそれが身に染みて分かっているから、楽しそうにしているお嬢様が好きで、推しているのでしょう。ですから、後悔はさせないであげてくださいね」
「そうですね。ありがとうございます」
「それで地獄に落ちてもメイド好きなら、冥土ギャグで済みますし」
恥ずかしくてもボケないでくれ。
顔真っ赤にしていた。
「何で綺麗に締めなかったんですか」
「そっちこそ、何でイケメン風に優しく微笑むんですか」
そんなことしてないわ。
正直、笑ってすらいない。
「気のせいだろ」
「私の中の女が目覚めてしまいました」
ポッ。
「あ、コピー本無料なんでどうぞ」
「なんで無視するんですか!」
いや、普通に仕事させてくれよ。
会話しているから暇みたいに思われているが、受け答えしながらちゃんと捌いている。
隣のサークルの人も迷惑しているし。
「そもそも年上なんだから、年下の俺に甘えてくるの何なんですかね。彼氏いないんですか?」
「いません!(切実)」
まじでサークルスペース帰ってくれよ。
それからちょっとして、無事に完売した。
「ハジメさん、ふゆお嬢様お借りしますね」
会場も落ち着いてきたところで、レイヤーさん達が白鷺を回収しにきた。
「すまない。席を外させてもらう」
「ああ、楽しんでこい」
午前中だけでも白鷺は充分働いたし、自分の作品が完売したのであれば、好きに遊べばいいと思う。
手を振って見送ると、入れ違いで高橋が戻ってきた。
「おかえり。白鷺なら今行ったぞ」
「え、入れ違いか、残念。東山くんはずっと売り子してたし、代わるから一緒に行ってきたら?」
「いや、俺が行って邪魔したら悪いからサークルスペースに居るわ。高橋には悪いが、写真撮ってきてやってくれないか?」
高橋が撮ってやれば、写真として白鷺に渡しやすいし、撮影出来ない俺が行くよりかはいいだろう。
「分かった。誰よりも綺麗に撮ってくるよ。期待しておいて」
「ん? ああ……」
歴戦のカメラマンは再度戦場に舞い戻るのであった。
まあ、時間ギリギリまで一人で店番しているのも悪くない。
二人とも楽しんでくれているみたいだし。
もう少しくらい自由に遊んでいて欲しい。
同人活動の最初は自分一人だったことを思い出しながら、いつも来てくれる男性ファンと会話して楽しむことにする。
「そういえば薔薇の髪飾りしてたな。あとで褒めておかないとな……」
七月末に近付くにつれて徐々に皆は重い空気を纏っていた。
期末テスト前でピリピリしていたが、俺にはそれ以上にピリピリしていた。
「やほ、放課後に勉強会しよ!」
部室に小日向が来る。
いつもならば少しばかし雑談する余裕もあるが、今日は無理だった。
「頼む。新刊の印刷期限が後二日しかないんだ。二日後に話掛けてくれ」
「そんなに? めっちゃ目の隈やばいよ、寝てる?」
「本当にすまない」
「そっか。頑張ってね。飲み物買ってくる」
それから二日後。
夏コミの準備が終了した。
メイド本と小日向のイラスト本も何とか納期に収まった。
カラー本の勝手が分からなかったせいで、無駄に時間が掛かったし、ギリギリまで粘って何とか間に合った。
それもこれも、色々な人に教えてもらって望むような製本になりそうだ。
メイドリスト達に感謝。
かなりの変態達だが、その変態的な探求心がなければいいイラスト本にならなかっただろう。
ボロボロ過ぎて、パソコンは家に置いてきた。
何とか学校まで足を運ぶが、眠すぎてやばい。
「げっ!」
「よう。小日向」
「漂白されたみたいに顔が真っ白だよ」
「まじ?」
「あ、そうだ。渋谷でエナジードリンク貰ったから飲む?」
めっちゃカフェイン入ってるけど。
小日向は飲まなそうだし、もらっておいた方がいいのか?
「ありがとう」
「ちゃんと休むんだよ。ちょっとでも寝るとスッキリするからね。体調悪くなったら保健室で寝るんだよ?」
昼休みは保健室で眠らせてもらい、体力を回復させる。
まだまだ体調は完全ではないが、放課後には勉強会に合流する。
よんいち組。
陽キャ四人の陰キャ一人でよんいち組。
勉強教えてもらう立場の人間が決める名前じゃないが、呼び方とかそんなに気にしない。
悩んだ挙げ句、メイド部とかになるよりマシだし。
「すまない。今日から参加出来るようになった。勉強どう?」
「もえは完璧っぽい!」
「マジか。凄いじゃん。赤点は大丈夫そうか?」
「あたぼーよ」
子守萌花は自慢げにガッツポーズをする。
まあ、彼女に至っては地頭はいいため、勉強していれば特に問題ないだろう。
何かあれば秋月さんが手助けしてくれるから心配はない。
「よお、問題児」
「問題児!?」
「プライベートが忙しかったから後回しにしていただけで、授業参観の問題行動を許したわけじゃないからな」
「あ、いや、その……」
「まあ、今は期末テストまで勉強を頑張ろう」
エナジードリンク分くらいは優しくしてあげてもいいだろう。
「はい、お疲れ様。休憩してね」
秋月さんが合図をして、みんなペンを机に置いた。
前回の教訓を活かし、慣れた手つきで勉強をしていたので効率はよくなっていたが、疲れるものは疲れる。
「テスト終わったら八月だし、そろそろ夏休みの予定決めないとね」
「今必要か?」
「みんなと予定を決めるから、話すんですぅ。勉強ばかりは楽しくないですぅ」
小日向の行動原理を知ろうとするのも嫌なのでスルーしておく。
「はいはい! 行きたい場所!」
何故か俺が書記役になる。
ノートに書き出していく。
「花火大会」
「カラオケ」
「ボーリング」
「お祭り」
「海」
「プール」
「遊園地」
「水族館」
「アウトレットモール」
「猫カフェ」
「温泉」
「映画館」
「肝だめし」
「浴衣着付け」
「原宿」
「渋谷」
「池袋」
「スイーツバイキング」
「キャンプ」
「バーベキュー」
「カフェ巡り」
「ネイルサロン」
「メイド喫茶」
「バスツアー」
「美術館」
「お好み焼き、道とん堀」
「すたみな太郎」
「あえてのマック!」
「おい、お前ら。好きな単語出すゲームじゃないんだぞ」
小日向はふざけているし、単語だけでも誰が発言したか分かりやすい。
「え~、自分だってメイド喫茶入れてるじゃん」
「俺じゃねえよ! ずっと書いてただろ!」
いくら好きとは言えど、女子と一緒に行きたい場所にメイド喫茶入れていたら、かなりやばいやつだ。
「夏だから海かプールは確定だね」
「え? 俺入っているのか?」
「もちろん」
小日向よ、みんなの反応芳しくないぞ。
「いや、よく考えてみろよ。このメンバーで水着姿になるのはやばいだろ。付き合い一ヶ月くらいの人がいるんだぞ?」
「友達になるのに、付き合いの長さは関係なくない?」
確かにそうだけれども。
なんでか知らないが、頑なな態度である。
「小日向はいいかも知れないが、みんな可愛いわけだし海やプールだとナンパされたり、悪い思いだってするかも知れないだろ?」
「あ、貸し切りプールで遊ぶから大丈夫だよ。事務所で借りたことあるから、めっちゃ安いしバーベキューも出来るよ」
「だからなんで、頑なな態度なんだよ」
「私だって水着で遊びたい! 読者モデルなのに水着で遊べないなんて、ピクルスの入っていないハンバーガーだよ!!」
いや、わかんねぇよ。
「月見シーズンに、月見バーガーと三角チョコパイ食べないお月見だよ!」
もっとわかんねぇって。
「ふう? 東っちは、ピュア男子だから、水着は刺激が強すぎるっしょ。ふうの水着姿とか見たら、ガチホレしちゃうっしょ」
萌花が笑いながら貶してくるが、ナイスフォローだ。
そのまま話を頓挫させてくれ。
「え、そうかな……」
「女子だけで女性専用プール行こうって。東っちには悪いけど、ナンパは嫌だし」
萌花は上手く誘導してくれている。
元から男性嫌いだけあり、小日向も多少は萌花に譲歩してくれているし、いい流れである。
「ま、でも! 水着選びは全員で行くっしょ! 東っち選ぶのよろ!」
「もえ、何でだよ! ハードル上がってるじゃん!」
水着の流れを断ち切ってくれよ。
お前の実力なら自然に流せたじゃん。
俺が参加しても誰も得しないし、争いしか生み出さない。
「えー、いいじゃん。ゆーて買い物だけだし、下着屋よりかは全然マシっしょ? あ、でも水着姿の生れーなは激やばれーなかも!」
「えっ、私に振らないで……。私の名前を単位にしないで……」
白鷺に至っては、水着を人前で見せる人種ではないので、流れが分からずに困惑していた。
すまない。
またお前の出番は少なくなりそうだ。
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