第六話・たまには勉強。ときどき進展

パソコンが直るまでの日々はとても辛くて長く、絵を描く時間が有り余っているのになにも出来ない。

それがどれほど辛いだろうか。

この前イベントも終わってしまったし、七月になるまでは参加するイベントもない。

六月の中間テスト対策にみんなは阿鼻叫喚しているが、俺にとってはいい暇潰しになるわけだ。

この機会に勉強を頑張って、次のお小遣いが増えるように親と交渉する。

ダラダラとパソコンが直るまで虚無期間を作るくらいなら、学生としての本分を全うすべきだ。

放課後の図書室で勉強してもいいのかも知れない。

そう思いつつ鞄を持ち、帰る準備ができた。

「勉強できるよね。勉強教えて」

小日向だった。

くっそ純粋な目で見てくる。

「ああ、多分赤点は回避出来ないから諦めろ」

振りほどいて帰ろうとするが、鞄を掴んで離さない。

「やめろ! なんで俺が勉強見てやらないといけないんだよ!」

「赤点取ると、一発で補習なんだよ? 仕事出来ないし、二回もテストするなんて嫌だよ!」

「そもそも赤点のボーダー何点だよ」

「四十点くらいだったかな?」

「そうか、頑張れ」

「だから助けてよ」

俺の鞄まで壊すつもりかこいつ。

なにやっても鞄から手を離さない。

第一に、小日向に四十点以上を取らせるのは無謀だ。

勉強が出来る出来ないだけじゃなく、どれくらい勉強が続けられるかによる。

元々頭からネジがハジケ飛んでいるようなやつが、勉強会を開いて成績が上がるとは到底思えなかった。

どっからどう見ても勉強せずに遊ぶタイプだ。

「勉強するとか言って、どうせ遊ぶだろう?」

「勉強頑張るよ?」

「ちなみに、小日向だけだよな……」

嫌な予感がした。

そもそも小日向一人だけならば、昼休みに勉強すればいい。

「やっぱ帰るわ」

「なんでよ。みんなで勉強すると楽しいじゃんじゃん。ほら見て」

お前の友達、秋月麗奈の顔が死んでる。

白鷺冬華と子守萌花に挟まれていた。

あ、察し。

この四人で勉強とか、胃に穴が空くレベルだ。

「あ、うん。まあ、秋月さんを助けてあげないとな」

正直帰りたいけど。

見捨てたと思われたくないしな。



勉強できる順としては、俺含めて白鷺と秋月さんはかなり優秀であり、子守さんも赤点一つレベル。

それに対して、小日向は赤点三つは確定だ。

数学と化学と英語が壊滅的で、秋月さんの頭痛の種であった。

「あ、いや、他の教科は得意なんだよ?」

恥ずかしがっている。

読者モデルがお馬鹿キャラなのは世の常であり、そこは別に何とも思っていない。

ただ、机を寄せ合って勉強するのはどうかと思う。

視線が集中してやりづらいわ。

「東山くんは風夏をよろしくお願いね。私は萌花の勉強を見るから」

「私は?」

「冬華は一人で勉強してね。まあこの中で一番優秀だから勉強いらないかも知れないけど」

「一人で勉強……」

みんなで勉強会が出来ることに、わくわくしていたお嬢様であった。

すまない、白鷺。

お前と楽しく勉強会が出来るほど、今の俺達には余裕がないのだ。

赤点を取らせないために、如何に効率的に勉強を教えていかなければならず。

能力値のほとんどを外見に極振りしているような、アホの子の小日向が相手なのだ。

いつも口を開いている子なのだ。

この勉強会には少しの余裕もない。

秋月さんに至っては、表情がヒモ男に依存している女性みたいな極限状態になっていた。

「私が頑張らなきゃ……私が頑張らなきゃ……」

こっわ。

近付かんとこ。

「東っちって陰キャなのに、女子とは普通に話せるんだね」

不意に子守萌花が話しかけてくる。

いきなりあだ名なのは、彼女のキャラなのか?

グイグイ来るタイプか。

「ああ、そういえばそうだな」

陽キャの女性は苦手だが、小日向は珍獣みたいなもんだし。

白鷺はオタク仲間だから別に気にならないんだよな。

そこそこ付き合いがあり、中身が分かっているからだろうか。取り繕う必要がない間柄っていうのが安心するのかも知れない。

「東っちめっちゃ、おっふとか言うイメージだったけど。ふうとか、ふゆがいるのに緊張しないやつとか居るんだね」

「別に緊張していないわけではないけどね」

「でも、他のやつとかだと、ふうやふゆと話したいとか、付き合いたいとかあるけど、東っちにはなくない?」

二人に関しては教室では交流はないが、ラインとかで話したい時に話すし、雑談なら昼休みの部室やメイド喫茶で話せる。

いい奴等だし、楽しいことは多いが、付き合いたいとかは正直分からない。

恋愛になると時間がない。

土日は絵を描き、イベントに向けて頑張らなきゃ間に合わず遊びに行く暇がない。

そんなやつの彼女など、我慢するばかりで悲しませるだけだ。

それに、真面目な性格を知っている分、恋愛対象として捉えるのは難しい。

「なるほど。そこまで考えていなかった」

「だよねー。狙ってるウザい感あったら、一緒に勉強したくなかったし」

「あははは」

普通に牽制された。

ギャルである子守萌花が妙に静かだった理由はそういうことか。

敵かどうか見極めていたらしい。

無害だと認識されているようだけど、ボーッとしているだけだ。

暇だなぁと思っているやつを見極めても何も出てこない。

陰キャだから、人付き合い苦手だしな。

「気にさわったらめんご。あーし、ダチを大切にする系だからさ」

「いや、友達の為なら正しい判断だと思う。こちらこそすまない。もっと遊んでいる人かと勘違いしていた」

「謝らなくて別にいいよ。痛み分けだし?」

「そうか。子守さん、ありがとう」

「もえでいいよ。こっちも適当に呼ぶし」

仲良くなれたらしい。

とはいえ、勉強会の参加を許してもらったに過ぎないし、雑談をするようなものなら直ぐに好感度は下がるだろう。

まあ普通に勉強していたら文句は云われない。

それだけ分かれば充分だ。

「萌花、話が終わったら勉強してね」

「はーい。すいませーん」

「東山くんもね?」

「すみません……」

秋月さんからの好感度はさがった。

小日向、白鷺からの好感度はさがった。


いや、なんで?



それからは普通に勉強を始める。

学校のテストなので、あくまで教科書やノートの範囲までを復習しながら理解を含めていく。

小日向は赤点が多いとはいえど、国語や社会などの暗記科目は何とかなっているので、地頭は悪くない。

どちらかというと、こいつの欠点は勉強への苦手意識の方である。

一人で勉強するより、みんなで学んだ方が伸びるタイプだ。

「これはどうやるの?」

「ああそれは……」

疑問点があれば聞いてくるので、基本的にはそれに答えていけば勝手に理解していく。

勉強だと思うと難しく感じるのだ。

興味を示して上げれば、やれば出来る子である。

テストまでにどれだけ頑張れるか分からないが、少しずつ詰め込むしかない。

頑張って赤点回避までいけるかは、小日向次第だ。

テストまでの時間は少ないが、毎日コツコツやっていけば何とかなりそうか?

赤点のボーダーラインは四十点なので、最低ラインの基礎固めが出来れば大丈夫だと思うが。

「なあ、暇なんだが」

寂しそうにしている白鷺だった。

白鷺は喋ることなく黙々と勉強をしていた。俺達よりも勉強のペースも早く、気を遣って待っている状態である。

すまない。

無駄に優秀だと相手をしてあげられないのだ。

問題児の生徒が可愛いのと一緒である。

白鷺は手間がかからないから、後回しにされやすい。

「休憩まで待ってて」

「わかった」

「すまない、助かる」



それから一時間くらい勉強を続けていくと、みんなの集中力がなくなってくる。

勉強しながら机に突っ伏して行儀が悪くなる者もいれば、好きな音楽を流している者もいる。

良い意味でマイペースな奴等ばかりだ。

飽きたら投げ出せば一番楽なのに、それをせずに勉強する。

やり方は荒いけど、俺より真面目な人間だな。

「つらぴっぴ」

「暗くなってきたし、終了しましょうか。みんなキリがよくなったら終わりにしてね」

「はーい」

小日向は全身を放り投げ、脱力している。

秋月さんや子守さんも、疲れを隠さずに大きく溜め息を吐いていた。

「あー、つかれた。飲み物買ってこよ!」

「なら私も付き合うぞ。暇だったからな」

小日向と白鷺はまだまだ元気みたいだ。流石、体力お化けなだけある。

二人で人数分の飲み物を買いに走っていく。

いや、学校だし走っちゃ駄目だけどな。

俺の方も一息付く。

あまり勉強を教える機会がないため、気疲れしていたみたいだ。

「東山くん、今日はありがとう。自分勝手な子ばかりでごめんね」

「いや、慣れてるから大丈夫」

「そう言ってもらえると有難いかな」

「子守さんは勉強大丈夫そう?」

「もえでいいって」

圧力掛けてくる。

「めっちゃ言いづらい……」

「子守って呼ばれるのも同じだし?」

「それもそうだな。わかった。もえって呼ばせてもらうよ」

「よろよろ!」


二人が戻ってきて、紙パックの飲み物を受け取る。

「ありがとう。百円でいいか?」

「勉強教えてもらったし、いいよ」

「そうか」

「コーヒー微糖だけどよかった?」

「うん。気遣いありがとう」

小日向には俺がコーヒー好きって教えた覚えはない。

ああ、白鷺は知っていたか。

「白鷺もすまない」

「うむ……」

学校の自販機のラインナップなので、ブラックコーヒーは置いてないみたいだ。

キャラメルマキアート、いちごミルク、アップルジュース、ブルガリアヨーグルト。

凄い。

誰が好きなものなのか、分かりやすいな。

俺の予想は的中していた。

「とりま、ライングループ作っておこうよ。東っちもいいっしょ?」

「次も誘ってくれるなら有難い」

「萌花、ナイス! みんな東山くんのライン知らないし、連絡先知っておかないとね」

二人は知っているけど、ややこしくなりそうだから話さないでおく。

根掘り葉掘り聞かれても嫌だから黙っていた。

如何わしいことはしていないが、白鷺はオタク趣味を隠しているっぽいからな。

小日向はまあいいや。

「東っち、グループ名何がいい?」

「それ重要なのか?」

「えー重要だよ。バイブス上がるじゃん? 何か案ない?」

「放課後勉強会とかどうだ?」

「しょぼい。陰キャでももっと頭を捻ってがんばるよ」

ボロクソやめろ。


小日向は机を叩く。

「はい! 放課後ティータイム!」

女の子でバンドやってそうだな。

「放課後スターズ!」

ただのアイカツ!やん。

「点アゲマジ勉全集中心燃やせ部!!」

文字にしないと分かんない。

「えっと、かるてっととか?」

五人だからカルテットじゃないけど。


「陽よん+陰いち部!」

二週目やるんかい。

「ロイヤルメイド部?!」

俺のサークル名暴露すんな。

「教えて、ご主人さまっ!」

連想ゲームになっているやん。

「メイドさんが家事をしてくれる本⑧」

お前ら俺に詳しすぎんだろ。



翌日の放課後。

「小日向も白鷺も不在なのか?」

「うん。風夏は仕事。冬華はテニス部に行ってるよ。二人ともいないし、勉強はやめとく?」

「いや、俺も参加するよ。一人でやるよりも集中できるからさ」

「東っちも参加おっけ! でわ、いこ」

萌花は気合いが入っている。

テンアゲで先頭を歩く。

「どこ行くんだ?」

「今日は図書室に行こうかなって。ほら、教室だとみんな帰るまで集中出来ないでしょ?」

彼女達は陽キャとはいえ、クラスメートは三十人以上はいるし、ヒエラルキーの頂点として威張っているわけではない。

雑談したい人の邪魔にならない程度には気を遣っている。

「とうちゃく!」

ででん。

萌花はジャンプして図書室に入るが、めちゃくちゃ人が居た。

もちろん席は全て埋まっていた。

「めっちゃ混んでいるみたいだな」

「テスト前だからか、みんな勉強しているね。そうだ、図書館でも行ってみない? 広いから三人なら席は取れると思うよ」

「れーな、そこって遠くない?」

「たまにはいいでしょ? 図書館なんてこういう機会しか利用しないし」

「もえ、絵本しか見たことないかなぁ」

「何年間行ってないのよ……」

話を聞く限り、十年以上行ってなさそうだな。

俺もずっと行ってないな。

中学生の時は漫画やライトノベル借りる為に利用していたが、最近は忙しいし。

そう考えると誰かと勉強する機会がないと、図書館は利用しなくなったんだな。

「最近は、漫画とかファッション雑誌もあるんだよ?」

「でも、勉強するには誘惑多過ぎじゃね?」

「萌花。それは自制するんだよ」

「無理っしょ」

そんなことを話ながら、三人で学校を出て、図書館まで向かう。



程なくして到着する。

図書館の中は涼しくて案外快適であった。

涼しい場所でまったりと勉強出来るのは有難いし、静かにするのがルールなので口数も自ずと少なくなる。

秋月さんは大人しいし、萌花に関してもオンオフ出来るタイプだ。

テンアゲ状態はうるさいけど、勉強に集中している時は普通の女子と変わらない。

黙々とノートとにらめっこしている。

俺の周りには、喋らないと美人が多いのは何なんだろうな。

問題児枠の小日向も白鷺も頑張っているはずだ。

夜にでもラインで文句言われそうだが。

こっちも集中して勉強する。

頑張っている人間を見ていると、多少は危機感を覚えるものだ。

陰キャだし、テストの点数くらいはマウント取っておきたい。それでも白鷺とか秋月さんの方が頭はいいんだよな。

「東山くん。一時間くらい経つから、キリがいいところで休憩しましょう?」

「了解」

「萌花もよろしくね」

「ほーい」


少し休憩をはさみ、再度勉強を続ける。

秋月さんが全体を励ましつつモチベーションを高めてくれているおかげで、かなり勉強が捗る。

「もえって天才かも~」

「あはは、その感じで頑張ってくれれば赤点は大丈夫そうね」

「めっちゃ点数上がったらママ喜んでくれるかも。おこづかい増えるかもね!」

「そうね。二年生だと受験の評価にも繋がるから、頑張りましょ」

「それはマジ卍」

二人は仲良く雑談しながら、勉強していく。

萌花は不意にこちらを見て聞いてくる。

「んで、東っちは誰が好きなん?」

「ん?何が?」

「風夏や冬華と仲がいいっしょ?」

じっとこちらを見ている。

色々考えたが、目の前の女性は嘘を付いても簡単に見抜く人間であり、適当な言葉を吐けばバレる。

まあ、ギクシャクしたり喧嘩した相手なら、ある程度の交遊関係があるのは誰でも気付くものだ。

特に親友のことなら気に掛けているはずだ。

「すまない。好きとかは分からないが、趣味では世話になっているし、そういう意味では大切に思っているよ」

「えっちした?」

ーーーーーー

ーーーー

ーー

「ーーは? いや、してねえよ。そこまでいったら態度で分かるだろ」

「まーねー」

あと、秋月さんが普通に引いている。

俺は別にサークル活動でエロ同人の話をするから耐性はあるけど。

「れーなは潜在的エロ娘だから気にしないで」

「いや、気にするわ」

「……私を巻き込まないでよ」

顔真っ赤にしているのが恥ずかしいのか、顔を隠していた。

耳まで赤くなっているぞ。

「まあ、陰キャくんだからそんなこと出来ないかも知れないけどね」

「もえって、やばいやつだな」

「もえは友達思いだからね」

「どう考えても直球過ぎるんだよ。濁して話せばこちらもびっくりしなかったのに」

「もえは、バカだから許してね。全力投球キャラなんでよろ!」

絶対に馬鹿じゃないだろう。

幾つか探り入れてきているじゃん。

でもこれ以上墓穴を掘るのは嫌だし、秋月さんが恥ずかしさの限界で倒れそうなので、あまり言わないことにした。



夜になる前に解散して、萌花を駅前まで見送った。

「秋月さんは地元ここなんだ? 夜遅いと危ないから送るよ?」

「ううん。大丈夫。私は晩御飯買ってから帰るし」

妙に俺達の物理的な距離が遠くなったのは、萌花のせいであろうか。

変態扱いされていそうだった。

「なるほどね。一人暮らしなの?」

「両親は海外転勤だから、今は一人なだけで……」

「そうだ。勉強のお礼も兼ねて、ウチん家で晩御飯食べていってよ。帰りはちゃんと送るし」

親のことを話す秋月さんは、なんだか寂しそうにしていた。

このまま帰ったら土日なのに、ずっと一人でいるのは寂しいと思う。

俺だって家族がうざいと感じる思春期だけど、食卓は全員で囲むのが好きだ。

お節介かも知れないが、秋月さんはいい人だし放ってはおけなかった。

「でも悪いと思うし」

「そうか。すまない」

「あ、でも、ご厚意に甘えないのも失礼だし、一時間くらいなら……」

「本当か!? 親に伝えておくよ」

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