第六話 地獄の街

 街に入った瞬間、エナが見たのは地獄の様な光景。

 至る所で呻き声を上げて倒れている魔物達、そして中にはもう動かなくなっているものすらいる。


 エナは現在記憶は失っているとはいえ、魔王だという自覚はある。

 故にこの魔物達は本来ならば、エナが守護するべき存在。それがこんな状態になっているのを見ると、どうしようもない気持ちで押しつぶされそうになる。


(兵士達が街の水に猛毒を撒いたと、たしか避難民達が言っていましたね。この状況は十中八九その影響に違いありませんが)


 ここまでやる必要はあるのか。

 これは魔物と人間の戦争、ひょっとしたらあるのかもしれない。

 けれどそれでも、エナはどうしても考えてしまうのだ。


(魔物が先に攻めて来たからといって、さすがにこれは……現に避難民達も魔物より、むしろ毒の方が問題だと言っていましたし)


 人間の目線で考えてみればわかる。

 魔物に占拠されたからといって、街がずっとそのままとは限らない。

 まともな兵士達が助けに来たり、冒険者ギルドが連合を組んで助けに来たりもしてくれるのだから。

 しかし毒は終わりだ——街の水源が死んだとなれば、それすなわち街の死に近い。


 くいくい。

 くいくいくい。


 と、引っ張られるエナの袖。

 見ればいつの間にやら隣に居たのはカルラだ。

 彼女は悲しそうに狐耳をぺたんと倒し、そのまま元気のない声でエナへと言ってくる。


「このままじゃみんな死んじゃう……カルラ、みんなを助けたい」


 それはエナだってそうだ。

 出来ることなら助けてあげたい。

 なんせ、この魔物達は望んで街を襲ったわけではない。

 ルクスに『魔王からの命令』と騙されて、仕方なく街を襲い占拠したのだから。


 などなど。

 エナがそんなことを考えていると。


「カルラ隊長!」


 と、こちらに走ってくるのは件のリザードマンだ。

 彼はチラッとエナの方を見たのち、再びカルラへと言う。


「隊長、こちらの人間は?」


「エナは人間じゃない! 魔王だ!」


「は、え? しかし——」


「無礼な態度を取るな! 魔王エナは今、みんなを助けるために色々と考えてくれているんだ!」


「っ……は、はい!! 申し訳ありませんでした!」


「カルラに謝るな! エナに謝るんだ!」


「も、申し訳ありません魔王様!!」


 ビシッと、綺麗に頭を下げてくるリザードマン。

 その態度は魔王としてかなり嬉しいものだが、現状は少し困る……なぜならば。


(いや、助ける手段なんて考えてませんからね!? だって私、記憶喪失ですし! 記憶があった頃ならいけたかもしれませんけど、毒の知識なんて皆無! 魔物達の身体を治療する方法なんて——)


 待て。

 ならば知識のある奴に聞けばいいのではないか。

 例えばこの毒を撒いた兵士たちに。

 というか毒を持っているのならば、解毒薬を持っているのが相場なのではないか。

 これだ、これしかない。


「そこのリザードマンさん、この街を守っていた兵士達がどこに行ったのかはご存知ですか?」


「え、あ……いえ。俺たちがここに来た時には、奴らはすでに逃げたあとだったんで」


「そうですか……」


「ただこれは予想になってしまうんですが、それでもいいですか?」


「もちろん、それでいいから言ってみて下さい! 私は魔王ですが、すぐに部下を叱責したりしないいい魔王ですからね! ほら、遠慮なくどうぞ!」


「は、はぁ」


 と、なぜか困惑した表情のリザードマン。

 きっと未だエナに対し『どうして魔王様がここにいるのか』と、困惑しているに違いない。


(まぁ、下っ端すぎて魔王である私の顔を知らなかったみたいですし。そりゃあ生で私を見たら困惑しますよね……ふむ、そう考えたらなんだかほんわかして来ました)


 先ほどは少しイラッとしてしまったが、おおいに反省しよう。

 魔王エナは優しい魔王を目指しているのだから。

 と、エナがそんなことを考えていると。


「それで兵士たちの居場所なんですが、街から少し離れた所にある砦に居ると思います」


 と、そんなことを言ってくるリザードマン。

 彼は身振り手振りを交えながら、さらにエナへと言葉を続けてくる。

 それをまとめるとこんな感じだ。



 なんでもこの街のそばには砦——王国軍が緊急時に備えて建造した砦があるそうなのだ。

 普段は訓練時などに使われており、半ば巨大な武器庫として使われているらしい。

 兵士達が何も持たず急いで逃げたのを見るに、あまり遠くへは行っていないことを加味すると、この砦にいる可能性が高い。



「なるほど、たしかにそこに居る可能性は高そうですね。というか現状、そこに全てを賭けるしかないわけですが」


「ひょっとしてエナ、この街を救う手を思いついたのか?」


 と、そんなことを言ってくるのはカルラだ。

 エナはそんな彼女へと言う。


「はい。今からその砦とやらに言って、この街の魔物達を回復させる解毒薬を探そうかと」


「そんなのがあるのか!?」


「賭けです。それでもやる価値はあると思います」


「か、カルラも賭けたい! カルラ、ルクスは嫌いだけどこの街の魔物は好きだ! 今のカルラはこいつらのことは忘れてるけど、こいつらはきっとカルラと同じだ! ルクスに洗脳されてる仲間だ! だから——」


「大丈夫ですよ、カルラ。言わなくてもわかっています、助けてあげましょう」


 そのためにも。

 と、エナはリザードマンの方へと視線を向ける。

 そして、彼女はそのまま彼へと言うのだった。


「砦への道はわかりますか? わかるのならば教えて欲しいのですが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る