第五話 なんだか感謝されてみる

「娘を助けてもらったみたいで、本当にありがとうございます!!」


「何か困ってることがあったら、俺になんでも言ってくれ! 娘の恩人だ、なんでもするよ!」


「お姉ちゃんありがとう!」


 と、めちゃくちゃ頭を下げてくる三人。

 彼等は先ほど助けた女の子と、その両親の二人だ。

 そう、現在エナとカルラは女の子から道を聞き出し、その避難民とやらがいる場所へとやってきた。


(外から見ると入り口からして狭そうでしたけど、こうして中に入ってみるとかなり広いですね)


 実際、見まわしただけでも相当の人数がいる。

 これが奥にも続いているとなると、それこそ街一人分くらいいくかもしれない。


 さてさて。

 それはともかくとして、女の子とお父さんが『なんでもする』と言ってくれているのなら、エナ的には是非ともしてほしいことがある……それは。


「あなた達はこの先にある街の住民ですよね? どうしてここに避難しているので? あとあの兵士たちについても教えて欲しいのですが」


「そんなことで良ければ、長くなるかもしれないけど俺から話すよ」


 と、そんなことを言ってくる女の子とお父さん。

 そうして彼から聞いた話をまとめるとこんな感じだ。



 村で得た情報通り、件の街は魔王軍幹部であるルクスとバチバチにやり合っていたそうなのだ。

 冒険者ギルドと王国軍が協力して守っていたこともあり、戦況は長年互角だったそう。

 しかし、そこで事件が起きた。


 王国軍のトップが入れ替わったのだ。


 新しくやってきたのは第十王位継承者のフォルトンという男。

 この男と部下が相当酷く、戦いでは周りとの協調性を見せず連戦連敗。

 街では強盗の様な有様——終いには冒険者ギルドと対立して、彼等を街から追い出してしまったそうなのだ。


 結果何が起きたかというと。

 長年の均衡が崩れて、街に魔物達が押し寄せた。

 住民達は薄々こうなることを察していたため、近隣に作っていた避難場所に食料を持って避難したというわけだ。


 なおフォルトンおよびその部下も、住民が避難するのとほぼ同じタイミングで、街の近くにある砦に逃げ込んだそう。

 おまけにその際、魔物達への嫌がらせとして街の水に猛毒を大量に流し込んで。



「兵士たちは自分たちがやったことで、食糧難に陥ったんだ。水も飲めないからな……だから食糧を持ってる俺たちを探してる。くそっ! 魔物達よりもむしろ、あいつらの毒のせいでもう街は終わりだ!」


 と、説明を締め括ろうしているお父さん。

 彼はさらにエナへと言葉を続けてくる。


「娘は医者に憧れていてな。今日も病気の住民に効く薬を取りに抜け出したところ、運悪く兵士達に見つかってしまったんだろう」


「なるほど、それは助けられてよかったです。間接的にあなた達の役にも立てたみたいですし!」


「それどころじゃない、本当に重ねて感謝する。キミ達は娘と俺たちの命を、あの兵士達から守ってくれたんだ……そうだよな、みんな!?」


 と、大声を出すお父さん。

 そしてそれに呼応して、洞窟に響くのは多くの住民の声。彼等は皆同じく、エナとカルラへの感謝を叫んでいる。


(う、うぅ……なんかこういうのは照れくさいですね、それにはなんか変な気分です。正体を明かしてないとはいえ、人間からこんなに感謝されるとは)


 見ればカルラももじもじしている。

 きっとここの人達は根本的に人がいいに違いない。

 エナと違い、一目で魔物と分かるカルラにも分け隔てなくお礼を言っているのだから。

 そう考えると、俄然もう少し面倒を見てあげたくなってくる。

 要するに魔物に占拠された街をだ。


(そもそもその街にいる魔物達は、ある意味私の部下の様なもの。となると、この人達がこうなっているのは私のせいでもありますし)


 その街の魔物ならば、ほぼ確実にルクスの居場所を知っているに違いない。

 避難民を助けることは、彼等にとっても……そしてエナにとっても利益があるのだ。

 となれば善は急げだ。


「それでは私達はこの辺りで失礼します」


「もう行ってしまうのか? こんなところだが、キミ達のもてなしをしようと思ってたんだが」


「街に用があるので」


「まさか! 街を魔物から取り戻してくれる気なのか!?」


 ざわ。

 ざわざわ。

 と、再び騒がしくなる洞窟内。

 そして次の瞬間、まるで泡が弾けたかのうにそれは起きた。


「救世主だ!」


「お嬢ちゃんに万歳!!」


「成功したら街の広場に銅像を建ててやるからな!!」


「ありがとう、ありがとぉおおおおおお!!」


 避難民達大合唱。

 洞窟に響き渡るエナへの感謝と期待の声。

 ダメだもう照れ臭恥ずかしすぎる。

 などなど。

 エナはそんなことを考えながら、カルラの手を引っ張り早々に洞窟を後にするのだった。



 ⚫︎⚫︎⚫︎



 そうして時は少しのち。

 場所は件の街——大きな門の前。


「門……閉まってますね」


「閉まってるな!」


「これ、どうやって入りましょうか? さっきから反応もないですし」


「カルラ、押してみるぞ!」


 ぐ〜と、必死な様子で門を押しているカルラ。

 しかし、当然こんな巨大な門が動くわけもない。

 結果。


「うぅ、ダメだ……カルラはエナの役にたてなかった!」


「大丈夫です。その気持ちだけで嬉しいですよ、とりあえず別の入り口を探して見せましょう」


「侵入するんだな!」


 まぁ要するにそういうことだ。

 これだけの大きさの街なのだから、どこか別の場所に小さな門——もしくは壊れた外壁や、水路などから入れる可能性がある。


(街の様子を確かめるにしても、入らないことには始まりませんからね)


 などなど。

 エナがそんなこと考えながら、カルラと共に歩き出そうとしたまさにその瞬間。


「隊長? カルラ隊長が戻ったぞ!」


 と、聞こえてくる男性の声。

 見れば門の上——見張り台の上に立っているのはトカゲと人間が混じった様な魔物、リザードマンだ。

 彼はそのまま、カルラへと言葉を続ける。


「連れて行った部下達はどうしたんですか? その隣の人間は?」


「え、えっと……」


 チラッと、エナの方を見てくるカルラ。

 その表情からは露骨に『どうしよう! カルラ何にも覚えてない!』という感情が見て取れる。

 カルラは記憶喪失なのだから当然だ。


(あのリザードマンも私のことを知らないのは、ちょっとばかしイラっとしますが……これは好機です。上手いこと立ち回れば門を開いてもらえるかもしれません!)


 となれば今は己の感情は封殺。

 そしてカルラに対するアドバイスなど決まっている。

 故にエナはカルラにこしょこしょと、手短に言うべき言葉や作戦を伝えてい——。


「食糧や薬は手に入ったんですか?」


 と、エナの思考を断ち切る様に聞こえてくるリザードマンの声。

 当然、想定外の言葉だ。

 せっかく作戦考えたのだから、こちらを置いてけぼりにして話を進めないでほしい。

 と、エナがそんなことを考えている間にもまたしても。


「いえ……その様子、手に入らなかったんですよね? いいんです! カルラ隊長が帰ってきてくれただけでも、みんなの励みになりますから!」


「あ、えっと……カルラはその」


 チラ。

 チラチラ、チラと、リザードマンの言葉に対して超高速で何度もエナを見てくるカルラ。

 安心してほしい、ぶっちゃけエナもテンパっている。

 まさかこんなにリザードマンの方から、一方的に会話が飛んでくるとは思わなかったからだ。


(とりあえず作戦を、何か会話に合った作戦を立てなければ! そうしてこの門を開けてもらわなければ!)


 と、エナがそんなことを考えたその直後。

 ゴゴゴッ、と聞こえてくる大きな音。

 そして周囲に響き渡る振動。


 開いたのだ。

 門が何もしてないのに開いたのだ。

 というか、このタイミングで開いたのならば、誰が開いたのかは決まっている。


「隊長、入ってください! 今、門を部下に開けさせたんで!」


 リザードマンの門番だ。

 なんかよくわからないが、とりあえずナイス。

 そして結果カルラさんオーライだ。

 あとでいっぱい褒めてあげよう。


「それじゃあお言葉に甘えて入りますか?」


「……」


「どうかしたんですか、カルラ?」


「死にとっても近い匂いがする……この街、とっても嫌で怖い匂いがする」


「はて、私にはしませんけど……」


 エナはとりあえずカルラをその場に残し、偵察の意味も兼ねて一人先に門を潜ってみる。

 そうして見えてきたのは——否、聞こえてきたのは。


「っ!」


 苦しげな呻き声。

 至る所で嘔吐を繰り返しながら倒れる魔物達、中にはのたうち回ってる者もいる。

 そして当然、もう動かなくなっている者も。


 カルラが言っていたことがわかった。

 なるほどこれは。


「地獄みたいな光景、ですね」

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