第四話 旅が始まったと思ったらケチつけられた件
時は翌日の朝。
現在、エナとカルラは森の中を通る一本道を歩いる最中だ——目的地は当然、おばあちゃん達から聞いた件の村。
(魔王軍の本体が居るのか、幹部のルクスが居るのかはわかりませんけど。とにかく、その街のさらに向こうには魔王軍が居るらしいというあの情報)
あの情報をさらにたしかなものにするためにも、街には是非とも行きたい。
もっとも、その街にも最近何かがあったようだが。
(街を素通りして、あの村に魔物が来たのはどう考えてもおかしいですからね。街には冒険者も居るでしょうし、正規の兵士も居るはずでしょうから)
などなど。
エナがそんなことを考えていると。
「なぁなぁエナ、カルラはエナに聞きたいことがあるんだ!」
くいくい。
と、エナの服の袖を引っ張りながらそんなことを言ってくるのはカルラだ。
彼女は可愛いらしく、可愛らしくない大斧をゴリゴリと音を立て引きずりながら、エナへと言葉を続けてくる。
「街に行って、ルクスの場所を突き止めてやっつけるのはわかるぞ! 魔王であるエナを無視して、勝手をしてるのは許せないからな!」
「それに私の友達であるカルラのことを、洗脳して記憶喪失にしたことも許せませんからね」
「ありがとだ! それでな、それは短期目標だろ? エナの長期目標はなんなんだ? カルラ、エナのこと好きだから最後まで手伝いたいんだ!」
ぴこぴこ。
ぴょこぴょこ。
と、ふりふり動くのはカルラの狐耳と狐尻尾。
可愛らしい、思わず狐尻尾をもふもふしたくなるが、まぁそれはともかくとして。
(長期目標、まぁ要するに最終的な目的のことですよね?)
エナは魔王だ。
そして、目が覚めた初日に脳裏に浮かんだあの全裸のおじさん——あれはおそらくエナの父とか、とりあえず家族に違いない。
つまり、現在エナは配下を心配させているだけでなく、家族をも心配させてしまっているのだ。
記憶を取り戻したいというのもあるが、エナの中でやはりもっとも優先したいのは。
「魔王城に帰ることです。私が居ないことでみんな心配しているでしょうし……それに私が居ないせいで、ルクスみたいに独断専行する輩が増えるかもしれません」
「だったらカルラも一緒に魔王城に帰るぞ! 魔王城なら、カルラのことを知っている人が沢山いるに違いないしな!」
「そうですね、そうしたらきっとカルラの記憶を取り戻す助けになるはずです! あ、もし魔王城に戻れたらカルラを私の親衛隊隊にしますよ!」
「本当か!?」
「もちろんです、カルラは私の大切な友達ですからね!」
「わーい、カルラは嬉しいぞ!」
言って、ふたたびピョコピョコと狐耳と狐尻尾を動かしているカルラ。
本当に可愛らしい、と思ったその瞬間。
「エナ、嫌な匂いがする!」
「え、私から嫌な匂いがするんですか!? そ、そんなバカな……今朝もお風呂に入りましたのに」
「違う! エナは優しくて甘いいい匂いのする! カルラが言ってるのは向こうだ!! このまま進むのは危険だ!!」
ズビシ!
と、やや坂になった道の向こうを指差すカルラ。
やがてそこから姿を現したのは。
子供だ。
女の子が必死な様子で走っている。
その女の子もこちらを目視したに違いない。彼女はそのままの様子で、エナ達の方へと走ってくると。
「た、助けてください! お願いします! 悪い人たちに追いかけられて——ひっ、魔物!?」
と、カルラに気が付いたのか、そんなことを言って驚く女の子。
エナはそんな彼女へと言う。
「大丈夫ですよ、カルラはいい魔物です。それより悪い人って、今どういう状況なんですか?」
「それは、あの人達が!」
と、カルラよろしく向こう側を指差す少女。
やがてそこから現れたのは二人の男だ——鎧を着ていることから、どこかの兵士ということがわかる。
(方向的に目的の街を守る兵士でしょうが、どうして女の子を追いかけているんでしょうか? ひょっとしてこの女の子、犯罪者たったり——)
「おいこら、クソガキ! 避難民達が逃げた先を教えやがれ! あいつらが持ってる食料は国のもの、要するに俺たちのものだからな!」
「そうそう、俺たちに守ってもらってるテメェらに生きる価値はねぇんだから、いいから隠れ家に連れてきてやがれ! 食料はしっかりといただいでやるからよ」
「でないと……ふひ、イタズラしちまうぞぉ?」
前言撤回。
どう見てもこいつらが犯罪者だ。
それにしても。
(この兵士と、兵士が言ってた避難民という言葉、目的地の街に関係ありそうですね。それにこの状況も放っておけませんし……とりあえず)
と、エナは女の子を庇って背後に下がらせる。
そして、彼女は杖を兵士へと向けて言う。
「いい大人が子供を虐めるのは見過ごせませんね」
「あ? なんだてめぇは! 俺たちが誰かわかってんのか?」
「犯罪者では?」
「この先の街にある守護を任された、王国軍の兵士様だぞ!? あんま偉そうな口を聞いてると、そこのガキと一緒にブチ◯すぞ!」
「……」
下品極まりない。
けれど、少しはいい情報を与えてくれた。
その王国軍の兵士とやらが、食料目当てでこんなところを彷徨いているということは、やはりこの先の街で何か大きな事態があったに違いない。
(もっとも、この犯罪者にそれを聞くのは嫌なので、聞いたりなんてしませんけど)
などなど。
エナがそんなことを考えていると。
「何黙ってんだよ女!」
「びびっちまったのかよ? てか、偉そうな服着てお前誰よ?」
と、そんなことを言ってくる犯罪者こと兵士たち。
仕方ないからそれくらいは教えてやってもいい。
エナは魔王のオーラを放出しながら、兵士たちへと言う。
「私の名前はエナ。あらゆる魔物達の頂点、魔王エナです」
「なっ!?」
「お前が魔王!?」
と、驚いた様子の兵士たち。
しかしそんな彼等はすぐに——。
「ぷ……くはははははははははははははははっ! おいおい冗談やめろよ! お前みたいのが魔王のわけねぇだろバァカ! だろ、相棒?」
「あぁ、どう考えても嘘だな。こいつからは何の魔力も感じねぇよ草」
「ってことだ。俺の相棒はこう見えて魔法をかじっていてな、相手がどれくらいの使い手かくらいなら、流れ出る魔力からわかるんだよ!」
「そういうこと! てめぇからは何の魔力も感じねぇってわけ! 才能なし!! 雑魚!! なんならお前が庇ってるクソガキの方が魔力あるぞwww」
「だってよ! ってか相棒、そっちの斧持ってる魔物の方にこそ注意した方がいいぜ。あいつからはそこそこのモノを感じるぜ! 戦士の俺が言うんだから間違いねぇ」
「おうよ。ま、食料の在処を聞き出す前に、あいつら三人で少し楽しませてもらうとしようぜ!」
「そりゃあいいわ!」
ゲラゲラゲラ。
と、下品な会話を続けている二人。
とりあえず、彼等が言ったことは間違っている点があるそれは——。
「エナは雑魚じゃない! 本物の魔王様だ! エナの悪口を言うおまえ達は許さない……カルラが殺す!」
と、エナの思考を断ち切るように聞こえてくるカルラの声。
彼女は斧を構えて戦闘モードに入りかけている。
けれど、エナはそんな彼女を手でステイさせたのち、件の兵士たちへと言う。
「間違っていますね、二人とも」
「あ?」
「何が間違っているって言うだよ、クソ女!」
「私の魔力がない? 否——私の魔力が見えないのは逆、莫大すぎるからこそ見えないのです」
「何言ってんだテメェ? 相棒、実際あいつの魔力はねぇんだろ?」
「おう、皆無だよ皆無。なんなら、あいつが持っている杖も見かけ倒しのハリボテだな」
仕方ない。
そろそろ答えを教えてあげよう。
エナは魔王たるポーズをし、兵士たちへと言う。
「私の魔力はこの世界を包むをほどに大きい……そう、そこの魔法をかじってるにわか魔法使いのあなた」
「?」
「あなたは私の魔力が見えないのではなく、大きすぎる私の魔力に気がついていないだけです」
「ば、バカな! そんなわけが——」
「カルラも、そこの女の子も。そして、あなたたち二人も……私の魔力に包まれているからこそ見えない。気がつかないけれど、私の魔力は常にこの世界の空気の様に広く、重力のように重く確かに存在しているのです」
「何言ってんだこいつ、何言ってんのか全くわからねぇ!」
「相棒! 無視しろ! さっさっとやっちまうぞ! そんで縛り上げてお楽しみだ!」
「お、おう!!」
と、剣を引き抜いてくる二人。
どうあってもやる気に違いない。
やれやれ、エナとしてはあまり無駄な殺生はしたくないのだが、こうなった以上は仕方ない。
「魔王の力を見せてあげましょう」
「うるせぇだまれ!」
「死なねぇ程度に斬り裂いてやるよ!」
ダッ!
と、失踪してくる兵士たち。
エナはそんな二人に杖を向けて——。
「覚醒せよ、我に宿る魔王の力よ!!」
直後。
巻き起こったのは空気と大地する揺るがす振動。
まるで地震のようなそれは、だんだん激しさを増してゆきやがて姿を現した。
牛だ。
牛の大群が森から現れたのだ。
「な、なんだこいつら!? ど、どこら現れ——うがっ!?」
「あ、相棒! あ、ぎゃあああああああああっ!!」
直撃。
兵士たちの真横から牛の大群が直撃。
牛達は兵士たちを引っ掛けたまま走り去っていく。
説明しよう。
ここは牛達が通る獣道だったのである!
先ほどカルラが感じた『嫌な匂い』とは、すなわちこのこと!
だからこそ、彼女は安易に進むのは危険と判断したのだ!
要するにそう。
牛達が兵士に攻撃したのではないし、エナが牛を操ったわけでもない。
偶然。
ただの偶然!!
兵士たちが運悪く、牛の通り道に立ってしまっただけ!
ただそれだけ!!
だがしかし。
ここにはそれを勘違いするものが居た。
それは——。
「魔王の力は動物をも手懐けてしまうのですね、我がことながら恐ろしいです」
「すごい! カルラ、牛が近づいて来てるのはわかってた! でもその牛達を魔力で誘導して、兵士たちにぶつけるなんてとってもすごいんだ! とってもとってもクールだ!!」
「いえ、カルラこそ私があいつらに暴言を吐かれた時、庇ってくれてありがとうございます」
「そんなこと気にしなくていいんだ! カルラはエナの友達だからな!」
さてさて。
うるさいのが消えたところで、エナには確認することがある。
「遅れましたね、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
と、エナは振り返り件の女の子へと手を差し出す。
彼女はしばらくポケーとしたのち。
「う、ぐす……うぇええんっ!」
相当怖かったに違いない。
ひしっと、エナに抱きついてくる女の子。
エナはそんな彼女へと言う。
「よしよし、かける言葉を間違ってしまいましたね。あなたはもう大丈夫です。この魔王であるエナが、あなたの安全を保証しましょう」
とりあえず、この女の子が泣き止んだら親のところまで送ってあげよう。
街に行くのはそれからでも遅くない。
エナはそんなことを考えるのだった。
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