第二話 魔王エナの実力
「婆様! 大変じゃ魔王軍じゃ! 魔王軍が攻めてきた!! 今すぐその子を連れて逃げるんじゃ!」
と、入ってきたのは慌てた様子のおじいちゃん。
この人こそがおばあちゃんの旦那に違いない。
エナは何を思うよりも先に、考えることが一つ。
(ひょっとして、私を探しに来たのでしょうか?)
魔王ことエナが行方不明になってから、どれくらいが経っているのかはわからない。
しかし、魔王だって一国の主。
そんな存在が行方不明になれば、国を挙げての捜索が始まるに決まっている。
(やれやれ、王様思いのいい配下たちじゃないですか。でも、この村の人達を怖がらせるのはいただけませんね)
なんせエナはこの村の人に救われたのだ。
万が一、気絶しているエナを見つけたのが勇者だったとしたら、すでにエナの命はなかったに違いない。
(となると、いくら人間の敵たる魔王でも、ここは筋を通すべきですね)
などなど。
エナがそんなことを考えている間にも、慌てた様子で逃げ出す準備をしている老夫婦。
「ほら、立ってないで逃げる準備をしないと! 魔王軍に捕まったら、何をされるかわからないよ!」
「そうじゃ! 婆様の言う通りじゃ! 米は惜しいがこの村から一刻も早く逃げなければ!」
と、言ってくるおばあちゃんとおじいちゃん。
やれやれ、エナが考えている間にかなり心配させてしまった違いない。
だがしかし。
これは要らぬ心配だ——その理由は一つ。
「魔王軍のことは私に任せてください。彼等の目的は私です……私が行って話せば、彼等もすぐに退いてくれますから」
「それってどういうことだい?」
と、おばあちゃん。
困惑しているといった様子だ。
魔王だという正体は明かさずに、もう少しハッキリ言おう。
「私が魔王軍を止めます。彼等はこの村に何の害も成さないので大丈夫、このまま落ち着いて——そうですね、この家の中に居て大丈夫ですよ」
「でも……あんたは大丈夫なのかい?」
優しい人だ。
エナを信じる信じないの前に、まずエナを心配してくれるおばあちゃん。
俄然、この人を助けてあげたくなった。
故に。
「安心してください。私はこう見えても凄まじい強さなんですよ(記憶はないですけど)」
エナがそう言った瞬間。
外では再び大きな雷が鳴る。
しかも今度は割と近くに落ちた音がする。
(天候も盛り上がってきましたね。これは完全に魔王である私の再起を祝福しいる!)
懸念点はエナの記憶が失われているため、本来の魔王たる実力が出せないかもしれない所だが。
まぁ問題ないに違いない。
なんせエナの勝利条件は、魔王軍にエナの無事を知らせこの村から退かせること。
戦いになる要素がない。
仮に何かあったとしても、魔王の力は絶大——記憶を失っていても、余裕で場を抑えられるに違いない。
「それでは行ってきます。おじいちゃんは動けるよう出したら、他の村人に『逃げる必要はない』と伝えてきてください……それでは」
⚫︎⚫︎⚫︎
そうして場所は変わって村の前。
エナの視界の前にいるのは魔王軍……というより、その一部隊と言った感じだ。
そして中でも目を引くのは、その先頭にいる少女。
エナと同じくらいの身長。
そして、何かの動物の皮で作られた巻き布で、必要最低限の箇所だけを隠したバランスの取れた身体。
銀髪ツーサイドアップに、綺麗な赤眼が目立つ狐娘な少女。
そんな少女は身の丈ほどの大斧を担ぎ——。
「カルラは優しいんだ! せっかく村の人間には逃げる猶予をやったのに、いったい何の用でカルラ達の前に来たんだ!」
と、そんなことを言ってくる。
全く意味がわからない。
だって、カルラは魔王であるエナを捜索しに来たに違いないのだ。
なのにどうしてもこんなことを言ってくるのか。
とりあえず対話だ。
「あなたの発言の意図がわからないんですが、私の顔をよく見てからもう一度言ってみては?」
「見た! カルラはおまえなんで知らない!!」
「はぁ……上司を呼んできてくださいよ! 下っ端じゃ話にならないんですよ! 私の顔を見たら普通、一目瞭然でしょうが!!」
「知らないったら知らない! それにカルラはこの部隊で1番偉いんだ!! 魔王軍幹部、ルクス様直轄部隊——フォックスの隊長だ!!」
「だったら何で私の顔を知らないですか!?」
「何でカルラがおまえの顔を知らないといけないんだ!!」
「何でって……私を探すのがあなたの任務なのに、私の顔を知らないと探しようがないでしょうが!!」
「カルラはおまえなんて探してない!!」
ぷいっと、そっぽ向いてしまうカルラ。
いよいよ本当に意味がわからない。
「じゃあ、あなたはどうしてこの村に来たんですか?」
「この村が王都に食料である米を供給してるからだ!! 米の供給を断つと同時に、この村の食料を全部いただくんだ!!」
「え……それ、誰が命令したんですか?」
「ルクス様だ!! でもルクス様は魔王様から命令されたんだ!!」
「いや、私はそんな命令してないですけど?」
「おまえの命令なんて関係ない!」
「関係ありますよ! だって私が魔王なんですから! 不在なのにどうやって命令するんです? っていうかそれ、そのルクスとか言うやつの独断専行では?」
「っ! ルクス様を馬鹿にするだじゃなくて、魔王様を語るなんて……カルラ、おまえみたいな無礼者は初めて見た!」
「いや、だから……」
「絶対に許せないんだ!!」
だめだこれ。
話が全く噛み合わない。
(というか、雨も雷も強くなってきましたし、このままでは風邪をひいてしまいそうですね)
よく考えたら、エナはまだ気絶から回復したばかり。
雨に打たれながら、下っ端と会話している暇はない。
「へくちっ!」
ほら、くしゃみ出た。
もう面倒くさいから家の中に入ろう。
「カルラちゃんとやら。あなたに下されている任務は、魔王である私が撤回します。なのでUターンして早く元いた場所に帰ってください」
「魔王様をバカにするな!! おまえなんか魔王様じゃない! それに……カルラのこともバカにするな!!」
ダッ!
と、地面を蹴ってエナの方へと疾走してくるカルラ。
巨大な斧を持っているとは思えない速度。
そして彼女はそのままエナに接近すると。
「死ね、偽物!!」
横凪に斧を振るってくる。
瞬間。
「へくちっ!!」
「なっ!? カルラの横凪を頭を下げることによって、紙一重で躱した!? こいつ、見た目より強い!」
と、目の前から聞こえてくるカルラの声。
エナがくしゃみにより下げていた視線を、彼女の方へ向けると。
(斧を振り上げている! まさかこの私を攻撃する気ですか!? 私は魔王なのに!?)
許せない。
カルラはさっきエナのことを無礼者と言った。
しかし、本当の無礼者はどちらか。
教えてやる必要がある——魔王の力を持ってして。
バッ!
と、エナは瞬時に杖を持っえない方をカルラへと向ける……そして。
「今こそ目覚めろ、そして受けてみるといい……魔王の力!!」
直後。
鳴り響く雷鳴。
天から降り注ぐ閃光。
それは、目視すら不可能。
回避すら不可能な速度でカルラへと直撃し。
「あばばばばばばばばばばばっ」
バタンッ。
と、カルラはそんな声を上げながら気絶してしまう。
いったい何が起きたのか。
説明しよう——カルラが斧を振り上げたせいで、そこに避雷針よろしく雷が落ちたのだ。
単なる自然現象。
エナが何かしたわけではない。
ただの運、カルラの運が圧倒的に悪かったため、雷が直撃しただけ。
ただそれだけ!
だがしかし。
この場にはそれを勘違いする人物が一人いた。
それは——。
「こ、これが私の……魔王の力?」
と、エナは手を見下ろしながら震える。
恐ろしいのではない。
これは高揚感だ。
今なら何でもできる気がする。
「さぁ、フォックス部隊とやらの残党。あなた達の隊長はこの通り、私に瞬殺されましたけど……どうします? まだやりますか?」
言って、エナは再び手をフォックス部隊へと向ける。
するとエナの魔力が迸ったからに違いない。
ゴロゴロッ!
と、稲光が天を奔る。
それが後押しになったに違いない。
フォックス部隊の心は見てわかるほどに決壊した。
「俺たちが束になっても勝てないカルラ隊長が、一撃でやられた! 逃げろ!!」
「アイツ、ヤバイ! バケモノ、ニゲロ!!」
敗走。
フォックス部隊は全力の敗走。
それこそあっという間に、エナの前から消え失せる。
「懸命ですね……おや? 天が私を祝福しているようですね」
雷が止み、雨も止み。
エナを包むように、優しい太陽の光が降り注ぐ。
本当ならばこの完全勝利に酔いしれながら、早々に家の中に入りたいところだが。
「置いて行かれてしまったあの子——カルラをあのまま放置するわけにも行きませんね」
などなど。
エナがそんなことを考えながら、カルラの方へと近づいていくと。
「う、ぁ……」
と、倒れたままゆっくりと目を開くカルラ。
彼女はエナの方をじっと見た後。
「こ、ここは……どこ? カルラは……誰?」
そんなこと言った後、再びパタリと倒れて気を失うのだった。
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