四 遺言

 私は由美子の事が気になった。

「お母さんを何処に埋葬するんですか?」

「その事もあって、大学の同じ科だった小田さんに頼んで、あなたを探してもらいました。

 母は大学時代の知り合いとはつきあいがありませんでした。

 卒業生名簿を見て、自宅に住んでいると思われる小田さんに、あなたを探してもらったんです」


「お母さんの埋葬に私が関係するんですか?」

「母の位牌や遺産は全て私が管理します。

 本当は母の遺言で、管理者は私とあなたです」

「いったいどういう事ですか?」

「私とあなたが管理者ということです」

 由美は私を見て微笑んでいる。この微笑みは愛想笑いではない。心からの笑いだ。


「母の遺言は、私があなたの妻になることです。

 私の体型と顔立ちが母と同じように、私の性格や趣味は母と同じです。

 でも、そのように母に育てられたのではありません」

「どういう事ですか?」

「生まれた時から私は母と同じでした。そして、何かが足りない事に気づいて母に相談しました。

 母はあなたの話をして、私は足りないものが満たされるのを感じました。

 母はあなたに関する事を全て話してくれました。

 その事は、私の記憶を埋めてくれました」


「高校と大学は?」

「母と同じように、地元の高校と、あなたと同じM大です。

 母ができなかった事、あなたと同じように修士課程に在籍してます。高分子物性論を・・・」

 由美の容姿からは想像できない学術テーマを、由美が語った。


「由美さんは私の妻になってどうする気ですか?」

「あなたとともに暮したい。今はそこまでです」

「今後、変わる可能性があるということですか?」

「ないと思います」

「理由は?」

「私の記憶の大部分をあなたが占めているからです。

 私とあなたです。母とあなたではありません」


「あなたは本来の私を知らない。お母さんも、本来の私を知らない」

「いえ、知っていましたよ

 あなたは優しい、ちょっと心配性の人で、まだ、真の好きな愛する人がいない。それは、仕事の面にも現れていたけど、やっと安定した仕事を得ておちついた。

 あなた自身は性欲が強くて、それなりの相手でないと不満になるはず。

 だけど、私ならあなたの不満を満たしてあげられる。その理由を、体型も私に似ている母が説明してくれました」

 由美はそう言って顔を赤らめた。


「母は口にしませんでしたが、離婚の原因の一つにそれがあったのは確かです。

 単に性欲が強いんじゃないんです。相手によるんです」

 由美はじっと私を見つめた。


「私に対して、欲が強かったと?」

 私は由美の話に唖然としたが問いただした。

「はい、そうです。あなたは衣服の上からでも、母の胸を想像できたでしょう?」

「ええ、まあ・・・」

「母の胸はどんなだったか訊くより、私の胸の形をスケッチするように説明して下さい。私の胸をどう思いますか?」

 由美は真顔で私を見ている。


「その事、お母さんから聞いたんですか?」

「はい。説明してください」

「わかりました。大きさは外見からわかります。形は・・・」

 私は感じたままを説明した。


「その通りです。黒子の位置もその通りです。

 あなたは母の様子は知っていたんですね?」

「ええ、まあ・・・。

 鈍い人は嫌い、と言われましたよ」

 私はそう言って笑った。


「感覚的にわかっても、対処するのは母です。

 若い頃の母は、あなたにどう対応して良いか、わからなかったのでしょうね。

 私を見てどう感じますか?」

「とても、うれしいですよ。そんなに思ってもらえて」

 私は、由美が私をどう思って、どのように感じているかわかった。

「とっても恥ずかしいです。でも、とっても、うれしいです。

 きょうはここに泊ってください」

「はい、喜んで」

「私、とっても、うれしいです」

 由美は笑顔でそう言った。

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