第27話 人鋼一体を成さねばならないのだが!?

「フォースゲートオープン!」


 スタンド席ががらんとした、ギルド集会場裏手にある闘技場に、ローリーの詠唱が響いた。

 息を飲むエルの目の前で地面が塔のように隆起し、ローリーを押し上げる。


「防衛軍(ディフェンスフォース)、発進(テイクオフ)!」


 ゴーレム槌を肩に担いだローリーの宣言が高らかに響き渡る。

塔の天辺からは翼を持った鉱石【ホーク】が飛来し、足元には車輪と鉄筒を抱えた【タンク】が姿を現す。


 中層探索許可試験の際、苦労させられたローリーの鍛造魔法の化身。

ホークは空を埋め尽くさんばかりに次々と飛び上がり、地面からキノコのように無数のタンクが姿を現す。

 圧倒的な物量と戦力差だった。


「エルちゃん! あなたは一人の力でこれを全部倒しなさい! ただし、この間みたいに私を直接攻撃するのはダメだからね!」


「はい! わかりました!」


「鎧! アンタは少しだけ【ソウルリンク】を発動させなさい。そうすれば僅かに体が動かせるはずよ!」


 ローリーの言葉に従って、弱めにソウルリンクを意識する。

エルの意識は下がらず、まるでぼんやりとだが、身体があるような感覚を得た。

何故かエルの耳が真っ赤に染まっている。

心臓の鼓動も早く、緊張している様子だった。


「どうかしたか?」


「あ、いえ、なんかちょっと恥ずかしいかもです……誰かが本当にくっついてるみたいな?」


「そ、そうだな」


 エルの熱を感じ、俺も久々に”恥ずかしい”という感情を抱いた。

今の状況を身体があると仮定して例えるならば、”背中から俺が抱き着いている”と表現するのが正しい気がする。


「でも鎧さんだから嫌じゃないですよ? えへへ」


「そ、そうか……」


きっと体があったら俺の心臓は破裂していたのは間違いない。

なにせ、俺は人間の頃、生涯童貞であったわけで……


「ちょっとそこ! にやにやしない! いちゃいちゃいない! 真剣に!」


 っと、そこで崖の上のローリーが怒りの叫びを上げた。


「す、すみません!」


「まったくもう……この訓練の目的は一つ! エルちゃんと鎧が【人鋼一体】を成すことよ。だから鎧は基本変わっちゃダメ! エルちゃんは自分一人で何とかしようとすること! 良いわね!?」


「分かりました、ローリーさん! 鎧さん、言われた通りにしましょうね?」


「分かった」


「ローリーさん、早速お願いします!」


 エルは腰からサーベルを抜き、中段に構え、腰を落とした。


「良いわ! 防衛軍の魔法から殺傷力は抜いてあるけど、弾に当たると凄く痛いからね! 覚悟して!」」


 崖の上のローリーがゴーレム槌を思い切り薙いだ。

空を埋め尽くさんばかりのホークが翼で空気を裂き、地上のタンクが砂埃を巻き上げながら前進を開始する。


 エルは注意深くホークとタンクを交互に観察し、そして飛んだ。

 タンクの一斉砲撃が始まり、先ほどまでエルのいたところへ、無数の砲弾が撃ち込まれていた。


「あっ!?」


 だが飛び上がったエルの目前には既に、三体のホークが綺麗な編隊を組んで迫っていた。

ホークの翼から火矢が切り離され、飛翔する。

それは無慈悲にも空中で無防備を晒していたエルへ全弾命中した。

エルはそのまま地面へ背中から叩きつけられる。


「いったぁ……!」


「だ、大丈夫か!?」


「まだまだこれくらい大丈夫……」


「危ない!」


「わわっ!」


 起き上がろうとしたエルの身体を、俺が支配して、思い切り横へ転がる。

俺とエルの脇へタンクからの砲撃が加えられ、いくつもの大きな砂柱を上げていた。


「鎧! あんた今エルちゃんと入れ替わったでしょ!? そういうことしちゃ意味ないって!」


 崖の上のローリーは、怒りに満ちた声を響かせる。


「しかし!」


「鎧さん、ローリーさんの言うこと聞きましょう」


 砂ぼこりで煤けたエルは立ち上がり、再びサーベルを構えなおす。


「ローリーさんごめんなさい! 鎧さんへは私から言って聞かせました! だからもう一度お願いします!」


「良いわ。もし次、鎧が同じようなことをしたらこの訓練は即中止よ! 私だってせっかくの連休を使ってんるだからそこのところ分かってよね!」


 ローリーが腕を凪ぎ、再度ホークが飛行を開始し、タンクが前進を始めた。

エルは耳をしきりに動かして音を探り、翡翠の瞳で、天と地の防衛軍を注意深く観察する。そして思い切り後ろへ飛んだ。

 ホークから火矢が飛来するも、それは後ろへ飛んだエルの目の前で爆発するだけ。


(なかなかの反応速度だ。良い調子だぞ、エル!)


「きゃっ!」



 だが、そんな彼女の着地点へは既に、タンクの砲筒が狙いを定めていた。

タンクの砲筒から、パラララッ! と音を立て、無数で細かな石礫がエルへ向けて放たれる。


「くぅっ……!」


 すかさずエルは腕を掲げて、顔への攻撃を防いだ。

放たれる礫の威力は、地面を穿つ砲弾とソレを比べても明らかに低い。


(圧倒的な発射速度の前に、エルはその場で踏ん張るのが精一杯な様子だな……手を貸せないのが非常にもどかしい……!)


すると必死に踏ん張るエルの頭上へ、ホークの編隊が飛来した。


 ホークは翼から次々と火矢を切り離して放つ。

それは動けずにいるエルの周囲で何度も爆発を起こし、衝撃波によって細身の彼女へ激しい揺さぶりをかけてくる。


「ほらほら、エルちゃんさっきの元気はどうしたの! 次は遠慮なく当てるわよ!」


「くっ……わぁぁぁぁーッ!」


 ローリーの煽りに触発されたエルは防御を解除し、無数の弾の中へ飛び込んでゆく。


「たぁぁぁっ!」


 遮二無二サーベルを空中で薙ぐ。

幸いにもサーベルはホークを一体切り裂き、空の藻屑へと変える。

 すると地上のタンクが一斉に砲筒を空中のエルへ向け、今度は鈍重な砲弾を放ち始めた。


「あっ! きゃっ!?」


 無数の砲弾がエルの腕を、腹を、太腿を激しく打ち付け、無理やり防御姿勢を打ち砕く。

そんな無防備なエルへ、急降下していたホークの編隊が正面から接近し、激しい体当たりを仕掛けた。

エルは地面の上を球のようにを跳ね、転がり、やがてうつ伏せに倒れ込んだ。


「うっ、ううっ……」


 エルは苦しそうな呻きを上げながら、それでも立ち上がろうと地面へ爪を突き立てる。

だが力が入らないのか、身体はなかなか起き上がらなかった。


「もう止めろ! こんなことをして何の意味があるんだ!」


 ボロボロのエルを感じ、俺は思わず叫ぶ。


「サイクロプスくらい俺が何とかしてやる。だから……」


「す、すみません、鎧さん。少し黙っててください……!」


 サーベルを杖のように地面へ突き立て、エルはよろよろと立ち上がった。


「私、思うんです。これはきっと超えなきゃいけないことなんだって……そうじゃないとまたライムちゃんに会えない気がするんです」


「エル、君は……」


 静かだが、それでも確かな熱のこもったエルの声に、並々ならぬ気迫を感じた俺は押し黙ってしまった。

 エルは地面をグッと踏みしめ、サーベルを構えなおした。


「まだまだぁ! もう一本ッ!」


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