第26話 落ち込んでいる場合ではないのだが!?
酒場の喧騒がどこか遠くに聞こえた気がした。
「……」
エルは顔を曇らせ、俯き加減に黄金色をした飲み物を僅かに飲み込む。
サイクロプスに大敗を期し、体力も魔力も尽きた俺とエルは早々に迷宮都市マグマライザまで引き上げていた。
「ライムちゃん、うっ……ひっく……」
エルは失った肩の上に感触に涙を流す。
片時も離れず、エルの肩に乗っていたシルバースライムのライム。
しかしライムは身を挺してエルをサイクロプスから守り、迷宮の中に消えた。
負けた悔しさ、ライムを失った喪失感はエルから元気をすっかり奪い去っていたのだった。
(ライムはまだ生きているのだろうか……)
そんな中俺は必死に迷宮中層へ向けて【探知】の力を行使していた。
距離はかなり離れているため、迷宮の中に居る時ほど、瞬時に探知ができない。
しかし俺は根気よく、魔力を探る。
そして俺の頭の中に浮かぶ迷宮中層の地図に、僅かだが探し求めていた魔力の反応が現われた。
「エル、ライムの反応を見つけたぞ! あいつは生きているぞ!」
「えっ……? 本当ですか?」
「ああ、本当だ。反応がある。あいつは迷宮の中で確かに生きているぞ」
「よかったぁ……」
エルは安堵の息を漏らした。しかし表情は以前、浮かないまま。
そんなエルへ小さな影が落ちる。
「あれ? エルちゃん、もう中層から戻ってきたの?」
顔を上げるとそこにはドワーフの鍛冶師ローリーが小首を傾げて佇んでいた。
「ローリーさん……うっ……ひっく……」
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!? 何かあったの!?」
エルはローリーへ嗚咽交じりに、今日の失敗と、そしてライムと離れ離れになってしまったことを告げた。
ローリーはその間、ただひたすらエルの肩を擦って、真剣に彼女の言葉に耳を傾け続けていたのだった。
「鎧、ライムちゃんは確かに生きてるのね?」
俺へ骨伝導スピーカーを接続したローリーが聞いてくる。
「ああ、間違いない。ライムは迷宮の中で健在だ」
「そう……」
「でも、ライムちゃんにとってはこれで良かったのかもしれませんね……」
ようやく泣き止んだエルは諦めたようにそう呟く。
「あの子は元々迷宮の子ですし、無事ならお家に帰ったってだけで……」
「悪いけどそうもいかないわ。だってあの子にはもう、エルちゃんの匂いが付いちゃってるもの」
ローリーの言葉に、エルの耳がピンと張り詰める。
「私の匂いが、ですか?」
「そうよ。野生のモンスターってのはね匂いに敏感なのよ。一度でもこっち側に飼われちゃ最後。もう二度と群れへは戻れないし、最悪の場合同族に襲われて死んでしまったりもするわ」
「うそっ……」
元気を取り戻しつつあったエルの顔が再びくしゃりと歪む。
さすがに見ていられなくなった俺は、
「ローリー、君は何を……!」
「鎧、あんたはちょっと黙ってて」
「む、むぅ……」
ローリーの静かな気迫に気おされ、俺は言葉を続けられなくなった。
「で、続きだけど、同族よりももっと怖いのは冒険者よ。あの子はシルバースライムだし、弱ってるなら冒険者達の格好の餌食……」
「ッ! そんなの駄目です! 絶対ダメです!」
エルは思い切り机を叩いて、真っ赤な顔で叫んだ。
酒場が一瞬シンと静まり返り、誰もが何事かと視線を寄せる。
そんな中、ローリーはフッとため息を着いた。
「なんだ、じゃあもう自分がどうしたいかって答え出てるじゃない」
「……」
「ほら、どうしたいか教えて? エルちゃんはこれからどうしたいの? それともここでずっとめそめそしてたいのかしら?」
「……」
「なんでライムちゃんが貴方のことを身を挺して助けたと思ってる? どうでも良い、しかもこっち側の存在になんて、モンスターがわざわざ助けると思う?」
「私は……!」
エルは勢いよくジョッキを掴む。
まだ半分以上あった中身を一気に飲み込んでゆく。
そして”ドンッ!”と音を立てて、空になったジョッキを置いた。
「ローリーさん! 私、やっぱりまたライムちゃんに会いたい! それで今日のことをごめんなさいして、もう一回一緒にいてくれるようお願いしたいです!」
「そうね、そうよね。貴方ならきっとそう言いだすと思っていたわ」
ローリーは優し気な笑顔を浮かべて、ロックグラスに入った、褐色の液体をちびりと舐める。
「はい! ありがとうございます、ローリーさん! 私、頑張ります!」
「その意気よ、エルちゃん」
「はい、ローリーさん! あっ、すみません! お代わりくださーい!」
すっかり元気になったエルの声が酒場へ響く。
「しかしエル、決めたは良いがサイクロプスはどうする? 俺の【探知】ではライムは奴の傍に居るようだぞ?」
俺が懸念事項を口にすると、エルはちらりと舌を出し、
「そこは鎧さんにお願いしたいなと」
(やはりそうなるか)
だが仕方ない。エル自身では到底手に負えない相手だということは今日、サイクロプスに嫌というほど思い知らされたのだから。
「了解した」
「ちょっとタンマ二人とも」
ローリーの真剣な眼差しが、エルの翡翠の瞳を捉える。
「エルちゃん、もしかしてサイクロプスを鎧に任せる気?」
「え? あ、はい」
「鎧も?」
「エルよりも俺が戦った方が良いと思うが?」
「はぁー……あんた達、それで負けて帰って来たんでしょ? 再チャレンジしようっていう心意気は良いけど、それじゃ結果は変わんないって」
あきれ顔のローリーはロックグラスの中身を一気に飲み干し、刃物のような視線でエルをギロリと睨んだ。
「この間の試験の時感じたんだけどさ……エル、アンタいざって時”鎧がなんとかしてくれる”って思ってるでしょ? 逆に鎧は”いざって時自分がなんとかするって考えてるから、エルちゃんの無茶を見過ごしている節があるでしょ?」
「「ッ!?」」
エルはビクンと身体を反応させ、俺は何も言い返せない。
お互い図星のようだった。
「やっぱりねぇ……そんな二人の気持ちがバラバラの方向を向いてたから勝てなかったのよ。今のあなた達に必要なこと、それは……【人鋼一体】よ!」
「じんこういったい?」
エルは初めて聞くだろう言葉に首を傾げた。
「これは元々、あたしの鎧を買ってくれた人へ伝えてることなんだけど、
”鎧は貴方で、貴方は鎧。鎧を自分の身体と思って、大事に、そして深く理解して扱ってほしい”って意味よ。でも、今のあなた達は更に加えて!」
ローリーは椅子の上に立ち上がった。
そしてビシィッ、っとエルを強く指さす。
「剣士としてのエル! そして心を持つ鎧! 貴方たちは心を重ねて、一心同体となって戦うの! その必要があるの! そうすれば強敵サイクロプスに勝てる! ライムちゃんを取り戻せる、必ず!」
(確かにローリーの云う通りかもしれないな……)
もしもサイクロプスが収束光線を放とうとしていた時、エルの魔力感知が先んじて居れば、状況は今と変わっていたかもしれない。
ローリーの指摘通り”自分がなんとかすること”ばかり考えて、エルの力を借りようとはしていなかった。
(俺もまだまだ青二歳だったということだな……)
しかしそう思うのは嫌いじゃなかった。
未だ足りない。もっと上へ。更なる高みへ。
そう思い続けた結果、かつて俺は研鑽を積み【ソウルリンク】という偉大な力を手に入れられた。
ーーだが今の俺はどうか?
エルと云うと指導しがいのある娘が傍に居ることで、いつの間にか自分が上で、いざとなれば自分が何とかすれば良いという、傲りに溺れていた。
そんな自分が恥ずかしいと同時に、何か熱いものがこみ上げてくる。
今の身体に感覚はない。だが、このこみ上げる魂が燃えるような感覚ははっきりと分かる。
それは体温を上昇させるエルが傍にいて、より強く感じることができた。
「鎧さん、私……」
静かな、しかしはっきりとした意思の籠ったエルの声。
「皆まで云うな。分かっている。俺も同じ気持ちだ」
感じたままを正直に伝えた。
するとエルが眩しくはにかんだ。
「これが”人鋼一体”ってやつですよね?」
「だな。だが未だ足りない。これではまだまだだ!」
「そうですね!」
エルは宝石のように輝く翡翠の瞳で、熱い視線をローリーへぶつけた。
「ローリーさん、またまたアドバイスありがとうございます! 未だどうしたら良いかは分かりませんけど、でも、今、鎧さんと私が何をすべきかはわかりました! 人鋼一体! 頑張ります!」
「うんうん、その意気よ!」
「で、でも、そのぉ……私たちいったい何をすれば……?」
「うふ、何をすれば良いか、なんて決まってるじゃない」
エルを見下ろすローリーは邪悪な笑みを浮かべた。
「へっ?」
「明日特訓よ! 楽しい楽しい人鋼一体の特訓よ!」
少し酔っていて勢いが増していてるローリーの声が酒場中へ響く。
(あのローリーの笑顔……また妙なことにならなければ良いが……)
一抹の不安を抱く俺なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます