第23話 あんな仕打ちをされたローリーなのだが!?

「じゃあエルちゃん、探索許可おめでとう」


「ありがとうございます、ローリーさん!」


 酒場でローリーとエルは杯を合わせた。

甲高い音が酒場に響き、ローリーは褐色がかった物をちびりと舐めた。

エルは黄金色で白い泡をしゅわしゅわ上げる飲み物をグイっと飲みだす。


「ちゅる! ちゅる! ちゅる!」


 足元にいるライムは、ローリーが用意した沢山の鉄くずを夢中で取り込んで満足げに震えている。

 エルは試験官であったローリーに誘われて、迷宮中層探索許可のお祝いとして酒場で祝杯を挙げていたのだった。

 

(ローリーは見た目通り、さっぱりとした性格なのだな。これは非常に好感度が高いぞ!)


「あ、そうそう。ちょっと鎧に試したいことがあるんだけどいいかしら?」


 ローリーは腰の鞄から管の着いたヘアバンドのようなものを取り出す。

彼女のはヘアバンドを頭に装着すると、管の先端をエルの肩を覆う俺へ取り付けた。


「鎧、なんか喋ってみて」


「なんだこれは?」


「オッケー、テスト終了っと。これでエルちゃんに触ってなくても聞こえるわ」


 ローリーは満足そうにニカっと八重歯を覗かせる。


「聞こえるのか? 俺の声が?」


「もうバッチリね!」


「これは凄い!」


「ひっ!! ちょっと、いきなり大きな声出さないで! 頭に響くじゃない!」


「す、済まない……しかし、これはどういう原理なんだ?」


「骨伝導ってやつよ。この間アンタが喋っていた時、少し鎧が震えてたからもしかしたらと思ってね。その振動を音として拾えば声が聞こえるのよ。まっ、あんまし音は良くないけどね」


「ローリーさん凄い! 凄すぎですよ! もしかしてこんな凄いもの一晩で作ったんですか!?」


 少し酔いの回っているエルは、いつも以上に元気な声で身を乗り出す。


「まぁね。代わりに睡眠時間は破滅的だけど」


「良かったですね、鎧さん! これでローリーさんともゆっくりお話しできますね!」


「ああ、本当だ。ローリー、ありがとう。嬉しいよ」


 心からの感謝を述べる。

するとローリーは優しげな笑顔を浮かべながら、顔を真っ赤に染めた。


「ど、どうういたしまして。そう云ってもらえれば徹夜して作った甲斐があったわ」


「でも徹夜明けのその割には結構元気ですよね?」


 確かに許可試験で入場してきた時の負のオーラは一切なかった。

目元のクマもいつの間にか消えていて、心なしか肌にツヤと張りが戻っているように見える。


「さっき沢山ストレス解消させて貰ったからね」


「ですねー。ローリーさん、凄かったですもんねぇ」


 エルは横目でローリーを見てニタニタ笑う。

するとローリーの褐色がかった健康的な肌が更に朱に染まる。


「お、思いっきりた戦ったからよ! 別にあれは……!」


「えー、あれってなんのことですか? エル、良く覚えてませーん」


「あんっ!」


 エルがそっと素早くローリーの背中を撫でると、椅子の上で小さな体がビクンと跳ね、吐息が漏れた。

 酒場の男性陣の視線が一斉にローリーへ集まる。

しかしローリーがぎろりと睨み返すと、男どもはそそくさと、視線を逸らすのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……エ、エルちゃん、あんまり調子に乗ってると許可取り消すわよ?」


 その流れでローリーはエルを睨んだ。

鋭い刃物のようなオーラにエルは耳を緊張させ、背筋を伸ばした。


「ごめんなさいローリーさん。それだけは勘弁してください」


 エルはテーブルに手を突き、深く頭を下げる。

ローリーはフッとため息をついて、瞳を丸く戻した。


「冗談よ。頭上げて。飲み直しましょ?」


「はい! ありがとうございます!」


 エルとローリーは再び乾杯し、中身を飲み干すと、二杯目を頼んだ。

本当にローリーは良い娘だと思う。


「いやぁードワーフの人って、お母さんからとっても怖い人達だって聞いてましたけど、全然違うんですね?」


 エルは鼻髭のようにくっついたしゅわしゅわの白い泡を、舌で舐めとる。


「まぁ確かに昔は野蛮だったようね。エルフとも仲が悪かったみたいだし」


 嫌味な様子もなく、ローリーは答える。


「ですです。目を見れば言い合い、肩が触れ合えば即喧嘩。行くな坑道、触るなドワーフ。なんて唱が島の唱の鑑評会で優勝したことがあるんですよね」


「こっちもそんなものよ。でも今東方じゃ、魔族軍に対して人間・エルフ・ドワーフ、その他たくさんの種族が連合を組んで、戦ってるって聞くしね。もう、仲が悪いだなんて過去の話よ?」


「へぇーそうなんですか! 知らなかったです」


「これからも冒険者を続けてくなら、もっと情報を仕入れて、常に周りの状況変化に敏感になるのよ。わかった?」


「はい! 勉強になりました。ありがとうございます!」


 どうやらエルにも俺以外に導いてくれる人ができたようだった。


(これで俺が離れても心配はなさそうだな……)


 少し寂しい気がする。しかしいつか俺とエルには必ず別れがやってくる。

第一、俺はエルの傍に長い間いてはいけない存在なのだから。

 と、そんな感傷に浸っていた時、酒場の店員がどーんと、豪快な料理をテーブルへ置く。

 鉄板の上では分厚い肉がじゅわじゅわと油を上げていた。

こんがり旨そうに焼かれた表面は、嗅覚が無い俺にも、香ばしい肉の匂いを想像させる。



【ビスカッテ】

 T字の骨が付いたままのビーフステーキ。

 迷宮内都市マグマライザの名物料理である。


「うへぇーお肉ですかぁ……」


 しかし旨そうなビスカッテを前にしたエルは残念そうに肩を落とす。

あまり好きではない様子だった。

だが、しかし、冒険者足るもの、何でも食べねばならぬ。

第一エルは素早さはあるがスタミナが低いのはこれまでの経験から理解している。


「「肉を喰わないからすぐにへばるんだ! つべこべ言わず、肉を喰え!」」


「ひぃっ!?」


 どうやら俺とローリーは同意見だったらしく、声を揃えて叫び、気圧されたエルが肩を竦ませる。


「冒険者足るものなんでも喰わねばいざという時困るぞ!」


「鎧の言う通りよ! あなたほそっこいんだからちゃんと肉を食べて体力を付けなさい!」


「は、はいぃ! わかりました!」


 エルは慌ててナイフとフォークを手に取り、サッとビスカッテへナイフを過らせた。

赤い半生の断面から鉄板へじゅわっと肉汁があふれ出る。

控えめに小さく切った肉をフォークで突き刺し、パクリ。


「ッ!? うまー! なにこれ!? ちょっと金属みたいな味がするんですけど!?」


「ビスカッテの焼き方は基本的に”半生(レア)”だからね。肉に含まれてる鉄分を強く感じるのよ」


 妙なことを言い出すエルへ、ローリーは丁寧に答えた。


「脂っこく無くて、でもじゅわ~っと美味しいお汁が口の中いっぱいに溢れて! これなんですか!? 神様の食べ物ですか!?」


 味の分かった二口目ともなると、切り方は盛大で、エルは大口を開いてぱくりと口へ運ぶ。

終始頬は緩みっぱなしで、長耳は嬉しそうに何度もぴくぴく波打っていた。


「ふふ、気に入ってくれたなら光栄ね。エルちゃん、ワインも飲めたりする?」


「もぐもぐ、ごっくん! ……はい、飲めます! 実は私の家、ワイン造ってるんです!」


「あら、そうなの? 私、エルフが醸(かも)すエレガントなニュアンスのワインが好きなのよね」


 ローリーの意識が遠くに飛んでいるように見えた。そんな様子が頭のどこかでひっかかる。恐らく、俺の中にあるローリーが酒好きであるという記憶の断片がそうさせたのだと思った。


「そうだったんですね。じゃあ今度、島に帰った時にお土産に貰ってきますね!」


「ええ、楽しみにしてるわ。と、なると、こっちのワインはエルちゃんのお口には合わないかもね」


「そうなんですか?」


「ここ、例え外から空を魔法で持ってきていても火山のなかじゃん? だから照り返しが強くて、どうしてもブドウの糖度が高まっちゃうのよ。そんなブドウで作るからワインは必然的に、かなり力強くてインパクトのある味になっちゃうのよね。まぁ、ビスカッテとの相性はいいんだけど」


「興味あります! 是非!」


 エルの元気のいい返事に気を良くしたローリーは早速赤ワインをグラスで二つ注文した。

 ややグラスの淵に若い紫が入ったルビー色。

全体的に黒味を帯びていて、濃厚な雰囲気が見て取れる。


「うっ……相変わらずジャムみたいなワインねぇ……」


 ワインを一口含んだローリーは香りだけでもお腹いっぱいな顔をする。

対するエルはというと、


「う……」


「う?」


「う、うまーーーッ! なにこれなにこれ!? これワインなんですか!? 本当なんですか!? なんかほんのり甘くて、果物みたいな良い匂いがするんですけど!?」


「あら? こういうの好き?」


「実家のワインより美味しいです! がぶがぶ」


「お口に合ったのなら良かったわ。でも気を付けてね。その甘さってアルコール由来だから……」


「ん~~~! お肉との相性も最高! すみませーん、もう一杯くださぁーい! いや、ボトルでくださーい!」


 エルは立派ないかり肩のボトルを抱えつつ、肉をパクパク食べ、ワインでがぶがぶ流し込む。

さすがにこのペースはマズイ。


「お、おい、エル。あまり調子に乗っては……」


「うまー!」


(ダメだ、聞いてない!)


「くぅー……すぅ……」


 頼みのローリーもさすがに疲れが溜まっているのか、机に突っ伏して寝息を上げていた。

もはや誰もエルの暴飲暴食を止められない。

 一瞬、ソウルリンクを使って無理やりやめさせようと考えた。

しかしせっかく楽しんでいるところに、水を差すのは可哀そうだと思った。


(それに、そういう経験も必要か)


 俺はそのままエルを静観することにしたのだった。



……

……

……


「くぅー、かぁー……」


 エルは俺の中で盛大な鼾をかいていた。

酔いつぶれて、すっかり夢の中らしい。


「この部屋で良いの?」」


 小さな身体であっても流石はドワーフ。

エルはローリーに担がれて、宿へ戻されたのだった。


「ありがとう。助かったよローリー」


 そう礼を言い、僅かにソウルリンクを発動させ、ローリーから離れた。

エルは相変わらず俺の中で寝ている。

それでも立っている光景ははたから見れば凄く奇異に見えるかもしれない。


 さっさと寝かせてようと思った時、背中に何かが触れた。

 何故かローリーが、俺と話すための”骨伝導スピーカー”の先端を鎧の背中にくっつけ

ていた。


「ローリー?」


「あ、あのさ、鎧……また、その……」


「?」


「また……会ってくれるかな?」


 俯き加減にそう云うローリー。

どうして俯いているのかは分からない。

しかし断る理由も特にない。


「分かった。また会おう」


「ええ! 是非!」


 顔を上げたローリーは酔いで赤らんでいる顔で、満面の笑みを浮かべた。


(嘘にならんようにせねば。せめてエルから離れる前にもう一度でも……)


 既にエルはレベル8。

俺の呪いから解放されるまでもう少しだ。あと少しでエルを俺の呪縛から解放してやれる。

その後もどうするから既に決めている。

そうなる前にもう一度ローリーに会うのも悪くはない。


「お休みローリー、今日は本当にありがとう。そしてこれからもエルの事を頼む」


「わかったわ。それじゃお休み、鎧。またね!」


 俺とローリーは分かれ、そしてごろっと床に敷いたシーツの上へエルを寝転がすのだった。


……

……

……


「ううっ、あぁっ……うぷ……っ」


 爽やかな朝陽が部屋へ差し込み、エルが呻きを上げる。


「気持ち悪い……」


 顔は真っ青。案の定、二日酔いに陥っていた。


「エル、酒はほどほどにな」


「はい、反省します鎧さ……んっ!!」


 エルは慌てて洗面台へ駆けて行く。


「ちゅるん」


 そんなエルの背後に現れたのはシルバースライムのライム。

 エルは二日酔いの毒気をライムに吸い取ってもらい、たくさんの汗を掻くのだった。


「ちゅるちゅるん!」


「んっ、あっ! ああーっ!」


(しかし未だにこれには慣れんな。むぅ……)


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