第20話 試験官がとてもご機嫌斜めなのだが!?
「行こうか、エル」
「はい」
「いざという時は俺がなんとかする。だから君は君のベストを尽くせ。良いな?」
「はい、鎧さん!」
意思を確認し合った俺とエルは控室を出た。
鎧を響かせながら回廊を抜る。
「「「「ワァァァ―!」」」
ギルド集会場の後ろへ設けられた闘技場(スタジアム)から割れんばかりの歓声が上がる。スタンド席は超満員だった。
(これだけの歓声だ。きっとエルは心強く感じ……むぅ?)
「あわ、あわわ……な、なんなんですか、これ……?」
当のエルは膝をガクガク、身体をブルブル震わせている。
どうやら会場の異様な熱気と歓声に気おされているようだった。
(歓声があれば張り切ると思ったが、まさか逆効果だったとは……)
しかし後悔しても始まらないし、今更この状態を解消できるはずもない。
「すまないエル、君が少しでも声援を受けて頑張れるようにしてみたのだが逆効果だったようだ。本当に申し訳ない」
「これを鎧さんが?」
「ああ。余計なプレッシャーを与えてすまん……」
エルは鎧の胸当てに手を添え、大きく深呼吸をする。
すると、彼女の震えがぴたりと止まった。
観衆の声援に怯えていたエルの綺麗な翡翠色の瞳にいつもの力強さが戻る。
「せっかく鎧さんが私のために用意してくれたんです……私、頑張ります! これじゃあ不合格なんてカッコ悪い姿見せられませんね!」
全く、この子はどこまで優しくていい子なんだ……エルも前向きに捉えてくれたんだ。ここで俺が反省ばかりしているわけには行かないと強く思う。
「ああ、その通りだ。探索許可を勝ち取ろう、絶対に!」
「はい、鎧さん! ライムちゃんも見守っててね!」
エルが膝を突いてライムをそっと下ろす。
「ちゅるんちゅるん!」
ライムもエルを応援するかのようにぴょんぴょん飛び跳ねた。
元気を取り戻したエルはすくっと立ち上がる。
瞬間、それまで響いていた歓声が一斉に止み、しんと静まり返った。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
静まり返る試験会場に、獣のような荒い息遣いが響く。
エルの真正面にある、担当試験が現われる通用口。
そこには真っ赤な二つの光がゆらゆらと揺れていた。
圧倒的なプレッシャーと、恐怖心。
エルを始め、会場に詰め掛けた観衆でさえ、奥歯をカタカタと震わせる。
(どうやら皆がエルを奇異な目で見ていたのはコイツが原因か)
恐らく、今日の試験官はとんでもない奴に違いない。
だがエルはそもそも勝つ必要は無い。
「エル、君は勝つ必要は無い。ただ試験官に君の実力を見せて、許可さえ取り付ければいいんだ。分かったな?」
「は、はいぃっ!」
「あら……その声、もしかしてエルちゃんかしら……?」
聞き覚えのある声が聞こえ、俺とエルは正面に現れた試験官へ意識を移した。
ほぼ無いに等しい胸を鎧で覆い、腕にはスパイクの生えたガントレットを装着している試験官。
細い括れの下に皮のスカートを履き、膝上からつま先までが鋼の鎧で覆われていた。
「ローリーさん!? その顔、どうしたんですか!?」
思わずエルがそう聞くのも無理はない。
ローリーの真っ赤な髪はボサボサで、目の下には深いクマが刻まれていた。
背中は猫のように丸まり、腕をだらんとたらしているローリーは、長柄の重そうな武器をずるずると引きずって歩く。
その姿はまるでゾンビさながらだった。
「こんばんは、あれ? おはようの時間だったかしらね……?」
「ローリーさん、一体何が……?」
エルの問いに答えることなくローリーはにやりと口元に笑みを浮かべた。
「でも丁度良いわ。私が打った最高傑作の鎧ならそうそうに壊れる筈はないわね……うひ……!」
突然ローリーはしゃきっと背筋を伸ばし、引きづっていた長柄の武器の底を勢いよく地面へ突き立てた。
巻き起こる砂埃と、激しい風圧。
それが捌けた先に、異様なローリーの武器が確認できた。
(あの先端に手のようなものがついている槍はなんだ!? ローリーの新作か!?)
長さは槍程度。穂先は無く、代わりにグッと握りしめられたゴーレムの腕のようなものが付いている。
言うならばゴーレムの腕を付けたハンマー、”ゴーレム槌”と表現するのが妥当だった。
ローリーは自分よりの長い、ゴーレム槌を軽々と振り回し、ゴーレムの腕を勢いよくエルへ突きつける。
その目は真っ赤に血走っていた。
「こちとら徹夜明けで、しかも急で理不尽なオーダーのせいでイライラしているのよ! 悪いけど、あたしの傑作武器、【機工槌ジャンケン】の餌食になってもらうわぁ!」
鬼のような形相のローリーが迫り、エルは怯え竦む。
(だがここで不合格になって機会を逃してしまえば離れるのが大幅に遅れてしまう。このチャンス、逃すわけにはいかない!)
「大丈夫だ、俺が付いてい居る。行くぞ、エル!」
「は、はいぃ!」
「始めるわよぉぉぉぉ!!!」
ローリーが機工槌ジャンケンとやらを掲げ、まっすぐ突っ込んでくる。
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