第19話 受験の算段は整ったのだが!?
(俺の記憶と現状が一緒ならば、頻度の少ない許可試験の受験には沢山の冒険者が押しかける筈だ)
試験内容は”試験官”に任じられた格上の冒険者と直接対決を行う形で行われる。
担当試験官が受験者に対して、より深い階層へ潜る技量があるかどうかを図る。
もちろん勝利することに越したことは無いが、無理をする必要はない。
だからこそ、冒険者歴一か月未満のエルでも十分に許可を取り付ける可能性はあった。
(だが枠が埋まってしまえば、それまでだ)
試験官との直接対決というスタイルを取っている以上、一回の試験で受験できる人数は数十人と少ない。
そしてできるだけ早く許可を取り付けて、身入りを大きくしたいのは誰もが同じ。
そのため、俺の経験上、いかに早く受付を済ませるかが重要だった。
「急げ、エル! 枠が埋まってしまうぞ!」
「は、はい!」
エルは慌ててギルド集会場へ飛び込む。
昼夜問わず営業しているここは、例え早朝であっても冒険者でごった返している。
そんな中、100年前と変わらず、集会場の隅に”許可試験受付”の特設デスクが設けられていた。
「す、すみませぇーん! 許可試験、まだ大丈夫ですか!?」
エルが受付けでそう叫ぶと、急に集会場が静まり返った。
「ああ、良かった受験者さんが来てくれた! うえぇ~ん。誰も来なかったらどうしようかと……ぐすん」
何故か受付けの女は涙と鼻水を垂らしながら、エルへ握手をして何度も「ありがとうございます。ありがとうございます」とお礼を繰り返す。
「い、いやぁ、試験を受けるぐらいで大げさな……」
流石のエルも苦笑いを浮かべる。
「いえいえ、誰か受けて貰わなきゃ困るんです。じゃないと観戦チケットが売れませんし!」
受付嬢は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をぐわっと上げ、そう叫ぶ。
「チ、チケットですか?」
「だって試験試合そのものが無ければチケットの売りようがないじゃないですかぁ! でも売れなかったら売れなかったでその分給料から天引きだなんて……なんでよりによって、こんな時に私の当番……ああ、でも良かった、本当に良かった! これでチケットの販売ができます! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「は、はぁ……」
(なんたることか、ギルドにそんな収入源があったとは。しかも売れなければ自爆買い……むぅ……)
100年の間にギルドが随分とブラックな組織になったと思い、複雑な心境になる俺だった。
「まさか、あの子が?」
「ひゅー、勇気あるな」
「今日は確か徹夜明けってきいてるぜ。なんまんだぶ」
(なんだ、この妙な空気は……?)
気の毒そうなため息、奇異の視線、良く聞こえない噂話。
ただ試験を受けるだけのエルへ物珍しそうな視線が注がれている。
「あ、えっと……」
そんな視線を気にしてか、エルはたどたどしく受付を進める。
(試験前にこんな妙なプレッシャーをかけられてはたまらん。第一、エルが可哀そうだ)
「ちゅるん、ぷりん……」
するとエルの肩に乗るライムもぷるぷると震えていた。
(君はもしかしてエルの事を?)
「ぷりん!」
どうやら俺とライムの気持ちは同じだったらしい。
(よしならばみせてやろうじゃないか。我々モンスターの恐ろしさをな!)
俺はこっそり魔力を発した。
できるだけ黒く、できるだけ邪悪に。
(喰らえ、テラーオブフォグ!)
「ぢゅりゅぅぅぅーん」
悍ましい食虫植物のような形に変態したライムは、俺の発した黒い魔力を霧のように吐き出す。
本来この技は、魔力で脅しの意思を低レベルモンスターを流し込んで怯ませ、無用な戦闘をさけるためのものだ。
「あのエルフの子今日の試験官が誰か知って……ひぃっ!?」
(これ以上余計なことを喋ったら貴様へ死よりも恐ろしい罰を与えるようぞ……)
ライムが吐き出した魔力を通じて、噂話をする冒険者へ脅しをかけた。
邪悪な声音と、雰囲気は冒険者どもを一発で黙らせる。
「ぢゅるん!」
「ひっ!?」
ライムも身体を蛇のように伸ばし、悍ましい口をパクパクさせて、エルへ好奇の視線を寄せていた連中を黙らせる。
(貴様等、これ以上この娘にプレッシャーをかけるな。良いか!)
トドメ一喝。
集会場に広がった魔力は俺の声なき声を行き渡らせ、一様に黙らせた。
以後、誰もエルに見向きもしなくなったのだった。
「はい、ではこれで受け付けは終了です。試験は一時間後に開始しますので、控室で待っていてください」
「はーい」
すっかり周りのプレッシャーを感じなくなり、いつもの調子に戻ったエルは、控室のある廊下へ入ってゆく。
(観戦チケットを購入しろ。そして皆でエルを応援するのだ。分かったか!)
ついでに一喝すると、集会場に集まっていた冒険者は挙って観戦チケットを求めて、受付に殺到する。
さっきまで泣き叫んでいた受付嬢は一転、ほくほく笑顔で殺到する冒険者へ観戦チケットを売りに売り捌いていた。
(これで少しはエルも心強くなるだろうし、受付嬢も喜ぶことだろう)
「ちゅるん!」
一仕事終え、俺とライムは晴れ晴れしい気持ちでエルと共に、控室へ入ってゆくのだった。
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