第13話 いつの間にか100年も月日が流れていたのだが!?
「わぁ! 鉄だ! 金属だ! ここはパラダイス!」
エルは翡翠の瞳をキラキラと輝かせながら、”ヤタハ鍛造所”の見学コースを巡っていた。
「ちゅるん!」
エルの肩に乗るシルバースライムの”ライム”も、エルに影響されてか、嬉しそうに飛び跳ねている。
今いるのは展示コーナーらしく壁には多数の武器、縦長のガラスケースには鎧などが展示されていた。
その一角、鍛造所の発展と歴史を語る肖像画のディスプレイの数々。
そこで最初に提示されていた”古ぼけた店構え”の肖像に、俺は見覚えがあった。
石造り幾つもの煙突を生やした長屋。
金属の削り出しで作られた”ヤタハ工房”の文字。
(100年前のヤタハ工房か……)
ヤタハ工房の肖像と、現在のヤタハ鍛造所の模型に記された年号からそう計算した。
(知らないうちにとんでもない時間が経っていたのだな……)
人間だった頃の俺へ今の時間を加算すれば、優に100歳は超えている。
そう考えれば、知っている街なのに知らないことが溢れかえっていることに合点がいった。
恐らく当時時間を共にした人は殆ど生きてはいない。
居るとすれば、エルのようなエルフか、それに次ぐ長寿のドワーフ位なもの。
俺はいつの間にか時間に置いてけぼりにされていた。
そのことは俺に一抹の寂しさを感じさせる。
「鎧さん?」
「……」
「よーろーいーさん!」
「はっ! ど、どうした、エル? 何か問題があったか?」
慌てて意識を思考から戻し、エルへ向ける。
すると彼女はそっと胸の鎧に手を添えた。
「やっぱつまんないですよね。私ばっかり楽しんでごめんなさい……」
エルの稲穂のように美しい髪から除く、長耳が角度を落とした。
筋肉が硬直し、鼓動が強まる。
興奮のものではなく、不安の方が強いようだった。
「いや、楽しんでいる。むしろ楽しすぎて展示物に夢中になっていたのだ。こちらの方こそ、すまん」
「ホントですか!?」
「ああ。俺も先が見たい。進んでくれるか?」
「了解です、鎧さん!」
調子を取り戻したエルは足取りを軽くし、展示コーナーから、工場内見学コースの回廊へ進んでゆく。
(せっかくエルが楽しんでいるんだ。俺の個人的な事情で水を差すわけにはいかない)
俺は時間に置いてかれた寂しさをグッと飲み込み、気持ちを切り替える。
「ちゅるちゅるん……」
エルの肩に乗るシルバースライムが、僅かに体を揺らす。
まるでそれは鎧に転生してしまった俺を優しく撫でているように思える。
(もし慰めてくれているのならありがとう、ライム)
俺は小さなモンスターの大きな心遣いに内心感謝するのだった。
【ヤタハ鍛造所】
かつて迷宮都市マグマライザで随一の鍛冶集団であった”ヤタハ工房”急成長し誕生した巨大鍛造所、というのがここの概要だった。
「わー! マグマ! ひやぁー、すごい」
「ぶるぶるぷりん」
魔法障壁の向こうで勢いよく噴き出すマグマを見てエルは驚き、ライムはガクガクと震える。
この巨大なマグマ層と、これを供給するパイプラインができたことで、鍛造を容易にしヤタハ鍛造所の生産効率があがった。
このため大量生産が可能となったらしい。
「きらきら、ぴかぴかぁ~」
「ちゅるん~」
次の見学は”贋作製造工房”
障壁の向こうでは、腕のみのゴーレムが溶かしたアツアツの金属を叩いたり、流したりしていた。
疲れを知らないゴーレムの腕は次々と鎧パーツや、武器を生み出している。
できあがったそれらはすべて、工房内で自由に動けるほどサイズダウンされた、ゴーレムの手によって運び出され、ドワーフのおばちゃん達の検品を受けて、出庫されてゆく。
次々と武器や鎧を生み出す腕のみのゴーレム、【ゴーレムプレス】の開発と、それに伴う鎧や武器の大量生産が可能になったことは、ヤタハ鍛造所をここまで発展させた一翼を担っているらしい。
「す、凄い……鎧はああやって作ってるんだ、ふぅーむぅー」
「ちゅるぅーん……」
そしてヤタハ工房を【ヤタハ鍛造所】に急成長させたもう一つの要因、それが”真作製造工房”だった。
障壁の向こうにいたのは屈強なドワーフの鍛冶職人たち。彼らが槌を振るえば甲高い音が鳴り響く。昔ながらの手作業と、ゴーレムプレスでは成せない、細かな調整と、職人の技の数々。
ようやく目にできた見知った光景に、俺は喜びを感じた。
そんな技の数々を用いて作られる”真作”は高価だが大変人気だそうだ。
ここでの作成物の取引金額が、ヤタハ鍛造所の大きな収入源になり、加えて名声を確固たるものにしているのだという。
「おっ? 嬢ちゃん、随分と立派なマクシミリアン式の鎧を装備してるじゃねぇか!」
威勢の良い声が聞こえ振り返ると、そこには”ヤタハ鍛造所”の文字が入った、厚手のエプロンを着けたドワーフの男が、エルを見下ろしていた。どうやらここの関係者のようだ。
「マクシミリアン式? この鎧のことですか?」
「おうよ!この畝(うね)の一本一本を打ち出すのが名工ローリー=マクシミリアンが発案した鎧の特徴なんだよ。こいつのおかげで鎧の美しさと同時に薄い装甲版でも防刃性を高めてるって訳よ」
「へぇー」
「にしても随分珍しいマクシミリアン式だな。こんな全身くまなく綺麗に畝が渡ってるもんなんて見たことないぜ。もしかして総工場長の知り合いなのか?」
「ちょっとアンタ! この鎧どこで手に入れたのよ!」
子供のように甲高く、しかし怒りに満ちた声が聞こえた。
エルが振り返ると、そこには身長が彼女の半分ほどしかない少女が仁王立ちしていた。
真っ赤な長い髪を左右で二本に結い、やや褐色がかった肌を持つ少女の種族はおそらくドワーフ。
容姿は健康的に整っていて、綺麗と云うよりは可愛らしい。
身長のせいもうあろうが、エルよりも更に若く見えるが……いや、しかし長寿のドワーフにも人間の年齢換算など意味はない。
「黙ってないで答えなさい!」
ドワーフの少女はぶかぶかの厚手の手袋でエルを指し、皮のエプロンで覆ったほぼふくらみのない胸を突き出す。
その勢いで腰のベルトへ重そうにぶら下がっていた鍛冶道具がガシャリと揺れた。
エルの体温が少し上昇した気がした。
エルはわざとらしく腰を屈めて、ドワーフの少女と視線を合わせる。
「お嬢ちゃん、年上の人をいきなりアンタ呼ばわりするなんて駄目だよ? お家の人にそう習わなかった?」
「うっさいわね! じゃあアンタ幾つよ!」
「えっ、私は117歳だけど?」
「ふん、だったらあんたの方がガキね。私、123歳。私の方が大人よ!」
(子供同士の言い争い……いや、エルフにもドワーフにも人間換算は意味がないか……。精神的にはドワーフの方が年上のようだが)
「あ、あれ、お知り合いじゃなかったんですかい?」
苦笑い気味に男性鍛冶師がエルと少女の間へ割って入った。
「すみません、お嬢さん。こちらの方は”ヤタハ鍛造所”の総工場長のローリー・マクシミリアンさんで、お嬢さんの着ているマクシミリアン式甲冑の考案者です」
(このドワーフの女、どこかで見た気が……?)
目前のローリーというドワーフへ既視感を覚える。
だがそれだけで、具体的な内容が全く思い出せない。
そんな中、ローリーは勢いよくエルの腕を掴んだ。
「ちょっとこっちへ来なさい! 話があるわ!」
「わわ、ちょっと!?」
力で優れているのがドワーフの特徴の一つ。
たとえ小さな体で合っても、エル程度の細身ならば簡単に引きずることができた。
「工場長、ミーティングどうするですかい!」
「んなもん適当にやっておいて! どーせ、くっだらないんだし! 任せたわよ!」
ローリーは甲高い声で叫び、エルをどこかへ連れて行くのだった。
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