第12話 迷宮内都市マグマライザがすごいことになっているのだが!?

 集会場は相変わらず様々な種族が犇めき、熱気に包まれていた。

 そんな集会場の壁際に長蛇の列ができている。

列の先には石のような、金属のような不思議な質感をしたオブジェがあった。

 エルの番が回ってきて、彼女は鎧の内側に履いてるショートパンツのポケットから、オブジェと同じような形をした小さな板を取り出し、翳す。


 オブジェ同士が輝き、エルの手に持っている方に、”10,000G”と文字が浮かぶ。そしてエルは受付に見向きもせず、出口へ歩き出す。


「まてまてまて! 清算はしないのか!?」


「えっ? もう済ませましたけど?」


 あっけらかんとしたエルが回答する。

すると彼女の耳がぴくんと跳ねた。


「鎧さん、もしかして【スマジ】知らないんですか?」


「【スマジ】? なんだそれは? 新しい食べ物か何かか?」


「あーそっか、鎧さん、モンスターだからこっちのこと知らないんですね。ごめんなさい」


「いや……」


「【スマートマジック】略して【スマジ】! これのことですよ」


 エルは再びショートパンツのポケットから銀のオブジェを取出し見せる。


「清算ぐらいでした、あそこの端末を使えば簡単にできるんですよ。分かりましたか?」


「いや、おおざっぱすぎて全然良くわからん」


「お財布代わりにもなるものなんですよ。例えば……」


 エルは手前に見えたガラスケースへ駆けて行く。

内側は細かく仕切られていて、その中には薬草や、回復薬といったアイテムが並べられている。


「こうしてスマジを掲げると、」


 オブジェに文字が浮かび、10,000G程あった文字列から、25G引かれた。

 ガラスケースが独りでに開き、エルは薬草を一束手にする。


「これで25Gでお買い物したことになるんです。で、大体一か月使った分だけ、組合の口座から自動的に引き落とさるんですよ……あ、口座って、お金を預けるところでしてね」


「それぐらいは知っている」


「変なの。スマジは知らないのに、口座は知ってるだなんて」


「まぁ、色々とな。もしかすると、さっき門が勝手に開いたのも、そいつのお陰か?」


「大正解! これギルドの登録証にもなってるんですよ。で、これの中にある情報と、門の魔方陣がお互いに認識し合って入場可能な人かどうか判断してるらしいんですよ」


「ふうぅむ……」


(財布であり、登録証でもある。いつの間にこんな便利なものが普及したんだ?)


「あとこれってもう一つ便利な機能がありましてね。おっきい街の中でしたら遠くの家族とも話せ……あ、丁度いいタイミング」


 震えるスマジとやらを、エルは軽く撫でる。


『やっと繋がった……ちょっと姉さん! 聞こえる!? 聞こえたら返事して!』


 スマジから怒り気味の女の声が聞こえて来た。


「はいはい、こちらエル。聞こえているよ、可愛い妹よ」


『一週間も連絡をしないなんてどういうつもり!? お父さんもお母さんも姉さんに何かあったんじゃないかって凄く心配してたんだよ!?』


スマジの向こうから聞こえた女の声に、エルは苦笑いを浮かべる。


「めんごめんご。いやぁ、迷宮の中はスマジ通じないからさぁ」


『はぁ!? 一週間も迷宮の中に!? 姉さん、初心者でしょ!? 危ないでしょ!? バカなんじゃないの!?』


「あはは、いやぁ、これには色々と深い事情があってね、ルーフくん……」


 楽しげに誰かと会話をしているエル。

良く見てみれば周りには同じようなことをしている冒険者が多数いた。


(なんだこれは。これは一体なんなんだ……?)


 確かにここは迷宮内都市マグマライザだ。かつて俺が拠点としていた街だ。

だがたった一か月でここは知ってるが、知らないことが溢れかえっている場所へと変わってしまっていた。


「じゃ、お父さんとお母さんに、お姉ちゃんは元気で楽しく冒険ライフを楽しんでいるって伝えてねー」


『あ、ちょっと、姉さ――……』


 エルがスマジに触れると、女の声がプツリと途切れた。


「すみませんでした。じゃあそろそろ”ヤタハ鍛造所”行きましょうか?」


「あ、ああ。そうしてくれ」


 エルにくっついたままの俺はマグマライザの街並みへ視線を漂わせる。

 ところどころ記憶と街並みは一致する。

だが俺の知っているマグマライザはもっと雑多で、煤に塗れているところだ。

しかし今はどうか。

 建物は整然としていて、煤けたものなど何一つないほど、清潔だった。


(町の人間も清潔感のあるものばかりだ。やはりスマジとやらで、ある程度の身分のものしか入れないよう制限しているからか?)


 仮説を立て、状況を分析する。別に今するべきことはないと重々承知している。

しかしなにかを考えて居なければ、この動揺が収まらない気がした。

 周りに置いてけぼりにされたような焦燥感。


(だがここがあの迷宮都市マグマライザなら、あそこだけは変わらず有るはずだ)


 火山の中に迷宮が発見され、そこの恩恵を預かるべく迷宮都市マグマライザは建設された。

絶えることなく湧き上がるこ溶岩、そして迷宮や山から大量に産出される鉱物資源。

そこに目を付けたドワーフの名工達が集い、一級品の武器と防具を作り上げる。

それこそがマグマライザの基幹産業である。

 その点は変わらないようで、軒を連ねる商店はみな、金鉱細工や武器防具の類ばかり。


(だったらマグマライザ随一に名工が集う”ヤタハ工房”はどんなに世界が変わってもあるはずだ。ここの角を曲がれば、そこには”ヤタハ工房”が――!?)


 そこに俺の知っているりっぱな佇まいだったヤタハ工房は無かった。

 代わりにシックな建物が立ち、カフェとして営業されている。


(そんなヤタハ工房はどこへ……?)


 俺の額然など汁知らず、エルは足取り軽くカフェを横切る。

そしてはたりと足を止めた。


「着きました! ここはヤタハ鍛造所です」


 視界の隅に移ったのは懐かしい”ヤタハ工房”の立て看板。

しかしその店構えは俺の記憶と大きく異なる。


(まさかこれがヤタハ工房だと? 一体、この一か月の間に何があったんだ……?)


 城塞のような佇まい。

何本も生えている煙突。

 マグマライザへ入場した際、最初に目に留まった巨大な建物こそ、エルの目的地である【ヤタハ鍛造所】なのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る